第19話「真実」

 恵一は、警察庁に着いてから査問委員会のメンバーが集まるまで十二時間もの間、取調室で内部調査班の捜査官に、発砲の経緯を繰り返し説明させられた。

 そして発砲から翌日の昼前になって、ようやく恵一は、警察庁最上階にある幹部会議室に通された。

 入口から見て正面の壁面は、全面ガラス張りであり、首都ドラゴニアのビル群が目に飛び込んでくる。


 部屋の中央には二十五人が一度に座れる幹部用の巨大な楕円形の会議テーブルが置かれ、椅子も革張りの上質な物が人数分設置されている。

 部屋全体は、白い壁紙で統一されており、床にはグレーの絨毯が敷き詰められている。

 十二時間待たされたのにも拘らず、会議テーブルの椅子は三つしか埋まっていなかったが、その上座に見覚えのある男が座っていた。


「ラルフ長官……」


 河内の元相棒であり、現在の警察組織のトップであるラルフ・カートマンが、恵一の査問会を訪れている。

 異例中の異例だ。


「警察庁長官自ら、警部補の取り調べですか?」


 わざわざ一介の警部補の査問会をやるほどラルフは、余暇を持て余している人物ではない。

 わざわざ自分のために来てくれたのか、と恵一はそう考えた。


「私も結構暇でね。来たまえ」


 ラルフは、眼鏡を掛けて書類を広げると手招きして来た。

 こうした場所で見るラルフの威圧感は、伊達に警察庁長官を名乗っている訳ではないと実感させる。


「今回の射殺は正当な物だったかね」


 ラルフの問いに、これで何度目の証言だろうかと、辟易しながら恵一は、答えた。


「相手から発砲を受け、リーンベイル巡査が負傷しました。その後私も魔法攻撃を受け、あの状況での発砲はベストかと思います」


 ラルフは、頷きながら聞いていたが、突然眼鏡を外すと眉間を指で揉み出した。


「だがおかしい。建築現場からは残留魔力が検出されていない」


「どういう事ですか?」


 恵一は思わず聞き返していた。


「君の取り調べ中に建築現場へ調査班を送ったんだよ。そこで見つかったのは君が撃った魔法弾の残留魔力だけだった。これについてはどう説明するのかね?」


 ビルの建築現場で確かに恵一は魔法弾を撃った。

 だがそれは、マイク・ラッシュが魔法攻撃を仕掛けて来た為、やむなく発砲した物。

 見落としたという可能性も、あれだけ派手な魔法戦闘の痕があるのにあり得る筈がない。


「何かの間違いです! 対象から魔法による攻撃を受けたのは事実です」


 恵一の反論にラルフの語気が強くなる。


「そもそもマイク・ラッシュは魔導師などではない。彼は魔導師登録されていなかった。彼はウォーマンに家族を殺された被害者だったんだよ」


「そんな……」


「どうした新巻?」


「長官、うそでしょ」


 恵一の中に生まれたある疑惑。

 恵一をよく知るラルフが報告書の内容を額面通りに受け止めるとは到底考えられない。

 だが今恵一の前に居るのは、恵一の知るラルフ・カートマンとは、まるで別人の様な冷たい眼をしていた。

 感情をどこかに置き忘れたかのようにも見える。

 だからこそ疑惑が生まれたのだ。

 警察内の証拠の抹消を最も楽に行える人物は――。


「そういう事なんですか」


 ライリー・カーマインが軽率な行動に出たと考えていたが、的外れな推測だった。

 全てはこの為に、恵一自身を嵌める為に仕組まれていたのだとしたら。


「どうしてあなたが、こんな事を」


 信じたくなかった。

 しかし状況を見れば確信せざるを得ない。

 警察庁長官ラルフ・カートマンこそが、ライリーの協力者である可能性。


 ――嘘か、間違いであってほしい。


 そう願う恵一の思いとは裏腹に、ラルフの唇が嘲笑に歪み、テーブルに置いてある資料を閉じた。


「聞けば君は、解決した事件を捜査しているそうだな」


「この事件は未解決ですよ! 犯人は、ウォーマン医師ではなくライリー・カーマインです!」


「君は、自分の推理が外れた事に納得が行かず、マイク・ラッシュに再度事情を聞こうとした。いやライリー・カーマインが犯人だと証言させようとした」


「違う!」


 恵一が否定しても、ラルフは勿論の事、同席している幹部二名も聞いている素振りさえ見せなかった。

 恐らくこの場に居る全員がラルフの息が掛っている。

 ラルフは立ち上がると、恵一を見据えて踊る様に言葉を紡いだ。


「だがマイクは、証言を変えようとはしない。彼は、善良な市民にして、今回の被害者であるからだ。だから君は、冷酷にも命を奪った。警察官として許される行為ではない」


「全てあなたの仕組んだ事だ!」


「フェイト・リーンベイル巡査の腕から摘出された弾は、君の銃から撃たれた弾だったよ。線条痕が一致したんだ」


「僕の?」


 フェイトを撃ったのは自動小銃である。

 当然腕から摘出されるのは拳銃弾であるはずがない。

 摘出された弾を調査班が受け取りに行った際、すり替えてしまったのだろう。 


 ――そんな事はどうでもいい。


 事件解決の糸口をつかむため、命を賭した相棒フェイトの覚悟を利用された事で恵一の理性が切断された。


「どこまで、どこまで腐ってるんだあんたは!!」


 恵一は、ラルフの胸倉を掴み上げ、怒号を放って詰め寄るが、ラルフの余裕が崩れなかった。


「新巻恵一警部補は、本日付けで更迭。さらに殺人の容疑で逮捕する」


 ラルフが告げると同時に、恵一を連行してきた黒服の捜査官達が会議室に雪崩れ込み、両肩を掴まれた。

 彼等を一瞥してから恵一は、ラルフを突き放した。


「あなただけは許さない。絶対に逮捕してやる」


「連れていけ」


 ラルフは、制服の襟を直しながら恵一の背中を見送った。

 その瞳に渦巻いていたのは、底なしの虚だった。

  • Twitterで共有
  • Facebookで共有
  • はてなブックマークでブックマーク

作者を応援しよう!

ハートをクリックで、簡単に応援の気持ちを伝えられます。(ログインが必要です)

応援したユーザー

応援すると応援コメントも書けます

新規登録で充実の読書を

マイページ
読書の状況から作品を自動で分類して簡単に管理できる
小説の未読話数がひと目でわかり前回の続きから読める
フォローしたユーザーの活動を追える
通知
小説の更新や作者の新作の情報を受け取れる
閲覧履歴
以前読んだ小説が一覧で見つけやすい
新規ユーザー登録無料

アカウントをお持ちの方はログイン

カクヨムで可能な読書体験をくわしく知る