第6話「ライリー・カーマイン」

 首都ドラゴニアの中心部に存在するリアスサン総合病院は、国内最大規模の病院である。

 幸いにして病院と縁のない恵一とフェイトは、リアスサン総合病院の巨大な施設に圧倒されていた。

 老若男女問わず人で埋め尽くされる院内は、一階から三階まで吹き抜けになっており、ガラス張りの天井から降り注ぐ太陽の光が心地よい。

 恵一が辺りを見回していると白髪を撫で付けた初老の男が歩み寄ってきた。白衣を着ている事から察するにここの医師だろう。


「どうも院長のリーデン・ローディックです」


 リーデン院長は、愛想の良い声色で会釈してきた。

 院長直々の出迎えとは聞いていなかったが、病院側が捜査に協力的なのだろうと安堵を覚える。

 無論今回の捜査に当たり、礼状を取ってはいるが、医者の守秘義務と言うのは存外厄介なものだ。


「新巻恵一警部補です。こちらはフェイト・リーンベイル巡査」


「どうも」


 恵一とフェイトが会釈すると、院長の笑みがやや険しい物に変わる。


「それで」


「先日起きた事件の被害者がこちらの病院に通っていたという情報を提供して頂いたので」


「ええ、聞いております。どうぞこちらへ」


 院長は、二人を先導するかのように歩き出した。

 それを尻目に恵一は、フェイトに耳打ちをする。


「巡査、こっちは僕一人で行くから、この病院で一番腕の良い魔導医師は誰かを調べて。医師や看護婦、患者に聞けば分かると思う。それが終わったら受付の前に集合」


「はい」


 恵一の指示に、フェイトは笑顔で頷いた。

 それを確認した恵一は、フェイトを残してリーデン院長の後に付いて行き、三階にある院長室に通された。


 室内には、カルテの乗った背の低いテーブルとそれを挟むように革張りのソファーが二つ置かれ、部屋の奥にはしっかりした作りの木製のデスクがある。

 壁面には、医学書をびっしり詰め込んだ書棚が並んでいて、恵一から見て右側にある棚の上の壁には、額に入った歴代院長の顔写真が飾られており、真新しく見えた病院も長い歴史があるのだと分かる。


 部屋を見回しているとリーデン院長が座るよう、促して来たので恵一は、目の前にあったソファーに腰掛ける。

 ソファーは思いの外柔らかく、恵一の身体は大きく沈み込んでしまった。

 リーデン院長も恵一と向かい合う形で座ると、テーブルに置いてあるカルテを手に取って恵一に渡した。


「これがカルテです」


「どうも」


 礼を言いながら恵一は、リーデン院長から貰ったカルテに目を通した。

 主治医の欄にはクライス・ウォーマンと書かれている。

 顎を撫でながら恵一は、視線をカルテからリーデン院長に移した。


「主治医の方は、今日居ますか?」


「生憎今日は、休暇を取っております」


 恵一は、カルテをテーブルの上に置くと手帳とペンを取り出した。


「そうですか。では住所を教えてください」


 恵一の言葉にリーデン院長の顔色が変わった。


「どうしてですか?」


 リーデン院長の声は、愛想の良さを崩してはいないが、恵一への敵意と疑念が僅かずつ含まれている様だった。


「形式的な捜査の一環です」


「まさか、彼を疑っておいでで? 彼は、誠実な男で優秀な医師です。そんな事は」


 リーデン院長の態度は、病院の医師が殺人事件に加担していた場合に起きる批判への恐れもあるのだろうが、それ以上にウォーマン医師への信頼が強さから来ていると恵一は判断した。

 何にせよリーデン院長は、恵一を警戒している。

 リーデンの警戒を解こうと恵一は普段より一層穏やかな調子で話し掛けた。


「あくまで形式的な捜査です。被害者についての話を聞きたいので」


 恵一の言葉は決して嘘ではない。だがもっとも重要な部分を伏せている。

 実際にはウォーマン医師とカーマイン医師の殺人事件への関与を確認したいのだが、それを話してしまえば院長の心証が悪くなる可能性もあるし、両名の医師に刑事が疑っている等と、ばらされた日には目も当てられない事態になる。

 リーデン院長は、恵一の言葉を信用したらしく、恵一が持っているメモ帳とペンを手に取った。


「分かりました。これが彼の住所です」


 住所を書き終えるとリーデン院長は、恵一にメモ帳とペンを返してくる。

 書かれている住所は車を使えば、病院から三十分程で行ける距離だ。


「では失礼します」


 ソファーから立ち上がった恵一は、リーデン院長に会釈してから院長室を後にすると一階に下りてフェイトとの待ち合わせ場所に向かった。

 受付の前には既にフェイトが居り、恵一の姿を見ると手を振って来た。


「先輩」


「どうだった」


 恵一が聞くとフェイトは、メモ帳を開いた。


「はい。腕が一番良いと言われているのはトーマス・キンバリーの最初の主治医、カーマイン医師でした」


「今どこに居るか、分かる?」


「外科の第一診察室で診察中らしいです」


 診察中というなら折角だし、自分も看てもらうのも手かもしれない。


「僕は、カーマイン医師に話を聞くから、君は看護師や患者にもっと詳しく彼の評判を聞いてきて。待ち合わせはまたここ」


「はい」


 フェイトが行くのを見送ってから、恵一は、ライリー・カーマインの居る外科の第一診察室を訪れた。

 診察室の扉の前には行列が出来ており、彼の人気が伺える。

 さらに行列には不思議と女性の患者が多く、恵一にとっては地獄のような光景だ。


 恵一は、警察バッジを取り出し、高く掲げながら列をかき分けると引き戸を開け、診察室の中に入る。

 そこに居たのは、黒髪の西洋系の男で、診察デスクの椅子に腰掛けていた。

 彼がカーマイン医師だろう。

 染めているのか、地毛か、どちらにせよ西洋系で黒髪は割と珍しい。

 容姿は実に端麗であり、異常に女性の患者が多かった理由にも納得が行った。


「今日はどうされました?」


 とびきりの笑顔と甘い声色で語り掛けて来る。

 確かにこれなら評判は良いだろう。


「警察庁の新巻恵一です。実はいくつかお聞きしたい事が」


 恵一は、手に持ったままだった警察バッチをライリーに見せる。

 するとライリーは困ったように微笑みを作った。


「生憎と今診察中でして」


 意にも解さず恵一は、患者が座る為の丸椅子に腰掛け、ライリーを見据えた。


「実は風邪を引いたのか、熱があるみたいで」


「診察をご所望で? それなら内科に行かれた方が」


 恵一は咳き込んでから、痰を切るかのように喉を鳴らした。

 やり過ぎて喉の奥がひり付いているが、これも必要経費である。


「外科医は、万能ってよく言うでしょ?」


「語弊があるようですが……まぁいいでしょう」


「ありがたいです。僕は、医者が苦手で。気分を落ち付けるために、世間話を」


「世間話?」


 それが尋問である事はライリーにも見当が付いているらしく、えらく訝しげだ。


「ええ。人と話をするのが好きなんです。そこから人物像を推測するのが特に」


「少々悪趣味にも思えますが」


「ごもっとも。ですが警察官なんてやってると、そういうのが趣味になっちゃいましてね。それで世間話は?」


 嫌悪をありありと見せるライリーに満面の笑顔を浮かべつつ、最大限の圧力を掛ける。

 恵一が刑事の必須テクニックを実践すると、ようやくライリーは折れたのか、微笑みながら溜息をついた。


「五分だけ」


 そう聞くや否や恵一はトーマス・キンバリーの写真を懐から取り出して、ライリーに見せた。


「この患者さんをご存知ですか?」


 写真を見たライリーは、足を組んで両手の指を絡ませた。


「ええ、確かトーマス・キンバリー。ウォーマン先生の患者さんですね。以前は私も担当を」


「手術をなさったのはあなただと聞きましたが」


 ライリーは頷いた。


「ええ。ヘルニアの」


「彼が亡くなった事はご存じで?」


「な、亡くなった? まさか新聞に載っていた身元不明の遺体って。そんな事が。折角病状が良くなってきていたのに」


 患者の死に相当なショックを受けているのか、ライリーは口元を両手で覆い、俯いてしまっている。

 命を救う医者として、まして自分の見知った人間が殺されれば当然の反応かもしれないが、


 ――どうにも芝居臭い。


 そんな印象を恵一に与えていた。


「ウォーマン先生は、どんな方ですか?」


 疑念を悟られまいと気遣うような語調で発した恵一の質問に、ライリーが顔を上げて答える。


「優秀な外科医ですよ。この病院で一番の」


 恵一は顎を撫でつつ、首を傾げた。


「この病院で一番優秀なのは、あなたと聞きましたが?」


 ライリーは眉をしかめて訝しげに言った。


「どこででしょうか?」


「この病院の人から」


 恵一の言を聞いたライリーの口から、自嘲とも取れる笑みが零れた。


「ウォーマン先生は、私より余程優れた魔導医師ですよ。医術の腕も人格もね」


 これが謙遜である事を恵一はすぐに察したが、ここを追求してもこれといった情報は得られないだろうと判断し、素直に頷く事にした。


「そうですか。それで事件あった日の夜、あなたは何をなさっていましたか?」


「友人と食事をしていました」


 一切の動揺もなくライリーは、淡々と言って退けた。

 まるで他人事のようなライリーの態度に恵一は眉をひそめる。


「ライリーさん――」


「申し訳ありません。他の患者さんが待っているのですが」


「まだ五分経ってませんけど?」


「風邪の心配はありませんね。まだ診察が必要で?」


 ライリーは、扉の方をちらちらと見つめている。

 恵一としては、あの女性の群れをまた通らなければならない事に肩を落としたが、何時までもここに留まっておく訳にもいかないだろう。


「これは失礼。それでは」


 ライリーに会釈して、恵一が扉を開けると、咽る様な香水の混じり合った匂いが嗅覚を殴りつける。

 患者達に、軽い殺意を覚えながら恵一はフェイトとの待ち合わせ場所に辿り着いた。

 またも先に来ていたフェイトは、修羅場を潜り抜けた様な恵一の疲れ切った姿に目を丸くした。


「どうしたんですか?」


 フェイトの気遣いは嬉しかったが、彼女もまた女である事を思い出し、恵一は現状報告を控える事にした。


「平気、それよりどうだった」


「いい評判しか聞きませんでした。それにウォーマン医師とも縄張り感情はなく、良好な関係だとか」


 フェイトの報告を受けた恵一は、顎を撫で始めた。


「なるほどね」


「どうしてカーマイン医師なんですか?」


 出会ってから初めて見せたフェイトの挑発的な笑み。

 恵一は、彼女が何を言わんとするかを悟っていたが、ついからかいたくなってみて誤魔化した。


「どうしてって何が?」


「疑っているんでしょう?」


 勘の良さは、さすがは警察学校主席卒業と言うべきだろう。

 相棒への賛辞を胸に抱きながら恵一は、微笑んだ。


「刑事の勘ってやつかな。個人的に怪しいと思っているだけだ」


「プロファイラーとしてじゃなくて?」


「両方かな」


 恵一のライリーへの疑いは、かなり漠然とした物だった。

 しかしトーマス・キンバリーの遺体に残っていた切り口は、魔力人の扱いに相当熟練した人物が付けた物と言える。

 トーマス・キンバリーと接点があり、且つ腕が良い医師となればライリーとウォーマンの二人。

 そして恵一は、事件当夜のアリバイを聞いても全く動揺しなかったライリーを怪しく思っていた。

 まるで警察に事情を聞かれる事を想定していた様に、淀みのない答え方であったから。


 ライリーは、どうにも話し方というか、感情の示し方に違和感を覚えさせる。

 トーマス・キンバリーが亡くなった事を告げた時の大げさすぎるリアクションもそうだ。

 そこが恵一が彼を疑う、一番の理由であった。


「でも物的証拠は、ありませんよね?」


「うん。決めつけはよくない。でもよく患者を知っている彼とウォーマン医師が怪しいと思うんだ。二人とも魔導医師で外科医だしね。ウォーマン医師にも話を聞こう」


「はい」


 恵一とフェイトは、病院を後にすると、その足でウォーマン医師の所へ行く事にした。







 車を三十分ほど走らせて着いたウォーマン医師の自宅は、三階建ての豪邸である。

 玄関チャイムを鳴らした恵一を出迎えたのは、メイド服に身を包んだ若い女性だった。

 恵一が警察バッジを見せるとメイドは、驚きながらも二人を家に入れた。


 アンティークのドラゴンの彫像や有名デザイナーが手掛けたらしいガラス製のテーブルセットが置かれている大理石のリビングに通されるとそこには体格の良い男性が居た。

 ベージュのポロシャツと黒いズボンの男は、百八十センチ前後の背丈で服の上からでも分かる分厚い筋肉を纏っていた。察するに彼がウォーマン医師であろう。


 恵一が早速ウォーマンにトーマス・キンバリーの死亡を伝えると彼は「そうですか……」とだけ言って黙ってしまった。

 しばらくの間、三人でガラスのテーブルに付いているとウォーマンの妻が紅茶を出してくれたので、恵一はそれを飲んでウォーマンが反応を見せるのを待つ事にした。


「死因は?」


 ウォーマンの問いに、恵一は淡々と答えた。


「失血死です。頸動脈を切られていました」


 ウォーマンは、何かを悟ったように自嘲した。


「残留魔力が出たと」


「どうしてそう思うんです?」


「魔法犯罪課の刑事が魔導師の所へ来たらそれ以外ないでしょう」


「そんな事はありませんよ。犯行時刻に何をしていましたか?」


「やはり疑っておいでだ」


「形式的な質問です。そう警戒なさらずに」


「ここに居ましたよ。家族とね」


 家族とのアリバイは、アリバイとして成立しない事が多い。

 家族が犯罪に手を染めたと気が付いても、隠ぺいするケースが珍しくないからだ。


「ご家族以外でそれを証明出来る方は?」


「これ以上は、弁護士が必要なのかな?」


 ウォーマンは恵一への警戒心を強めてしまった。

 これ以上ウォーマン自身に関する情報は、引き出せないだろう。


「必要ありませんよ。我々はそろそろ」


「私からもいいかな?」


「どうぞ」


「私は殺していない。彼を殺す動機は何だね」


「我々もそれが分からないんです。彼に敵は居ましたか?」


 ウォーマンは考える素振りを見せたが、すぐに首を振った。


「さぁ、プライベートの話はあまりしませんでしたので。ただ彼の人柄から察すれば居ないはずです」


「そうですか。ではこれで……最後に一つ」


 恵一が指を立てて身を乗り出すと、ウォーマンは唸り声を上げながら椅子に深く腰掛け直した。


「なんでしょう?」


「あなたとカーマイン先生。どちらの方が腕は良いですか?」


 恵一の質問を聞いた途端ウォーマンは、顔を深紅に染めて怒声をぶつけて来た。


「カーマイン先生まで疑っているんですか!? 言っておきますが彼はそんな事絶対にしない。とても優しい男だ」


 ウォーマンのカーマインに対する評価に、嘘はなさそうである。


「それでどちらの方が?」


 ウォーマンの怒号にひるむ事なくフェイトが訪ね、


「手術の腕も彼が上だ。私など彼の足元にも及ばない」


 恵一に対してよりは軟化した態度でそう言った。


「これで満足かね」


「はい。では失礼します」


 恵一とフェイトは、ウォーマン家を後にすると魔法犯罪課のオフィスに引き返し、ライリー・カーマインとクライス・ウォーマンの資料を取り寄せ、二人で目を通した。


 ライリー・カーマイン、三十三歳。

 母子家庭で母親は彼が七歳の時に亡くなり、奨学金で国立医大を卒業。

 魔法医学関係の論文で注目を浴び、その天才的な手術の腕と甘いマスクも含めてリアスサン医学会でもっとも有名な医師の一人である。

 交友関係はかなり広く、女性にも不自由した事はないようだ。

 優秀さを買われて各地の病院を転々としているらしく、数ヶ月毎に転院を繰り返している。

 リアスサン総合病院に来たのは一年前である。

 得意な魔法は形状変化と形状固定で属性編監視室には恵まれなかったと記載されている。


 クライス・ウォーマン、三十九歳。

 医師の家系ウォーマン家の生まれで、ライリーとは対照的に苦労せず、医師になった。

 しかし、その事を鼻にかけない温和な性格で職場での人望はとても高い。

 既婚者で妻と娘の三人家族。

 リアスサン総合病院にインターン時代から勤務している。

 手術の腕はライリーより劣るがそれでも高く、論文制作に関してはウォーマンの方が評価は高い。

 得意な魔法は形状変化と形状固定、さらに炎の属性変換資質もある。

 また元ラグビー部で非常に体格も良い。


 恵一が注目したのはウォーマンのラグビー部所属という経歴だった。

 共通点として、どちらも軍医の経験はない。

 とすると光学魔法を用いるというのは、不可能である。

 光学魔法の取得方法は最高軍事機密に指定される程の取得制限魔法だ。違法に取得した可能性もないと断言出来る。

 そう考えると軍隊経験のある共犯者が居る、という可能性も視野に入れるべきなのか。


 もしくはライリーとウォーマンは、まったく事件に関与していないのか。

 そのどちらかである。

 しかし恵一は、どうしても拭う事が出来ないのだ。

 ライリー・カーマインへの疑いを。


「ウォーマンは随分体格がよかった」


「それがなにか?」


 誰に向けるでもない恵一の呟きをフェイトは、拾い上げた。

 話し掛けたつもりはないが無視するのも可哀想だと思い、恵一は資料からフェイトに視線を移す。


「トーマス・キンバリーも体格は良かったよね」


「それがどうしたんです」


「薬を使った理由は、暴れられると対処出来ないからだと思う。犯人の安全策だよ」


「はい。でもそれって結構当たり前じゃ」


「体格の良い犯人は、自分に自信があるから薬を使わない事が多い。自分の体格や腕力に自信のない人間が薬を使う傾向にあるんだ」


「そうなんですか?」


「ライリー・カーマインは細身だった。まるで女性みたいにね」


 フェイトが恵一の考えを汲み取ったのか、声を上げた。


「それじゃあ先輩は――」


「二人の内だったらライリーの方が条件に合うと思う」


 恵一の推測に、フェイトは疑問の声を上げた。


「でもライリー・カーマインは、軍への所属経験はありません。先輩は共犯者が居ると?」


「僕も漠然としてるんだよ。決めつけは良くないって分かってる。でもどうしてもあの男への疑いを拭えない」


「でも物的証拠もなしに捜査を進める事は出来ませんよ。理由がプロファイリングだけでは弱いと思います」


「分かってるよ……」


 恵一の返しにフェイトの声が上ずった。


「すいません! 生意気言って」


 語気を強めたつもりはなかったが、フェイトは相当気にしているようだ。

 だがまっすぐに異論をぶつけてくれるフェイトの存在は、むしろ心地よかった。


「構わないよ。僕たちはパートナーだし。僕は教育係かもしれないけど、君が僕と百%同じ意見である必要はない」


 フェイトの言うように断定は出来ない。何せ証拠は一つもない。

 ライリーの魔力サンプルを採取し、残留魔力と照合すれば、はっきりするだろうが決定的な証拠がない限り、魔力採取の許可は下りないのだ。


 だからだろうか。

 恵一は、心のどこかで期待していた。

 次の犯行で犯人がミスをする事を。

 それは言い換えれば次の事件を望んでいるという事でもある。

 警察官としては、あるまじき思考かもしれなかったが、犯人に繋がる証拠がない以上、恵一は犯人がボロを出すまで待つしかないのだ。

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