第17話「魔法銃」

「巡査!?」


 恵一は、フライドチキンの入ったたる型の紙パックを投げ出して、崩れるフェイトの身体を抱き止めた。

 嗅ぎ慣れた匂いが鼻をつく。

 フェイトの制服の左袖に穴が空き、そこから大量の鮮血が流れ出ていた。


 ――撃たれた!?


 確信した恵一は、フェイトを抱き抱えて、左手にあった路地裏に駆け込んだ。

 フェイトを地面に寝かせて、恵一はホルスターから銃を抜いた。

 路地裏の壁にぴったりと背を預け、顔だけ出して周囲の様子を確認する。

 敵の姿は見えない。


 ――どこから?


 思案を穿つように破裂音が轟き、恵一の目前にあったコンクリート壁が抉れた。

 反射的に顔を引っ込める恵一だったが、タイミング的には弾が当たっていてもおかしくはない。

 弾が外れていなかったら顔面が飛び散っていた。

 狙いは相当正確である。無闇に顔を出せばそこを撃たれてしまうだろう。

 しかも発射炎が確認出来なかった。どこから狙われているかも分からない。


「せん……ぱい」


 恵一は、壁に背を預けたままフェイトを一瞥した。


「大丈夫?」


「はい」


 フェイトは身体を起こし、左腕を抑えながら頷いた。

 撃たれたのは、幸い左腕の前腕部である。

 出血は多いが、命に別条はないはずだ。

 フェイトは、立ち上がるとホルスターから銃を抜き、右腕だけで構えた。

 恵一は、左手でフェイトを制止する。


「君は、ここに」


「私も!」


 退く気配を見せないフェイトだったが、恵一は首を横に振った。


「その腕じゃ無理だよ。僕に任せて。巡査、応援を呼ぶんだ。いいかい、絶対に動いちゃだめだよ」


 恵一は、予備の弾丸を確かめる。

 通常弾が十二発。魔法弾が火炎弾十二発、他各種属性二発ずつ。

 敵の射撃間隔から恵一は、相手が一人であると予想していた。

 これだけの弾丸があれば一人倒すのに訳はない。

 意を決した恵一が装填されている弾丸一発を光属性の魔法弾に取り換え、路地裏から出ようとした時、フェイトが声を上げた。


「一人じゃ危険です! 先輩に何かあったら」


「大丈夫だよ」


「でも先輩!」


 フェイトを見やると今にも泣き出しそうである。

 だから恵一は、


「フェイト」


「えっ!?」


 ――僕を信じてくれ。


 想いを乗せて微笑するとフェイトから溢れていた戦意が急速に萎れていき、魔法銃を下した。

 頷きながら恵一は、愛用のくたびれたロングコートを脱いで、路地裏から通りに向かって放り投げる。

 ロングコートが路地裏から出た途端、銃声が三発轟き、コートの布地を射抜いた。


 恵一は、路地裏から飛び出すと宙を狙って発砲した。

 放たれた恵一の弾丸は、上空十メートルで破裂すると同時に眩い閃光となり、周辺を明るく照らし出す。

 突然の閃光に、相手は目が眩んでいるはず。

 数瞬作れた隙を活かし、恵一は周囲を見回した。


 すると目測で四十メートル向こうの路地裏、半身を出している黒ずくめの男の姿を視界の端で捉えた。

 恵一は、目を細めて狙撃手の姿を確認する。

 どこかで見覚えのある顔。思い出すのに消費した時間は、刹那にも満たなかった。


「マイク・ラッシュ!?」


 襲撃者の姿は、ウォーマンの共犯者と証言したマイク・ラッシュである。

 黒いスーツ姿の彼が自動小銃を手にこちらを狙っていた。

 不測の事態。

 動揺がめまいのように襲ってくる。

 しかし恵一は、歯を食いしばって平静を保ち、マイクの自動小銃を狙い澄まして、トリガーを引いた。

 

 飛翔した弾丸は、マイクの手から自動小銃を叩き落とし、


「ちっ!」


 すぐさま路地裏に身を隠したマイクに向けて、恵一は魔法銃を連射しながら駆け寄った。

 恵一の制圧射撃にマイクは、路地裏に籠ったままだ。


 距離二十メートルまで詰め寄った所で魔法銃の弾が切れる。走りながら弾を再装填しているとマイクが路地裏から腕だけ出して、自動拳銃を発砲してきた。

 弾は、恵一の横髪を掠めていったが、怯む事なくスピードローターで通常弾を装填する。


 恵一は、狙いをマイクの頭部に合わせると一発撃ち返すと、弾丸はマイクの右頬を引き裂き、少量の血が吹き出した。

 再びマイクが路地裏に身体を隠すと、そのまま足音が遠ざかっていく。


「待て!」


 恵一は、声を荒げながら、マイクの後を追って路地裏に入った。

 埃で埋め尽くされた地面には、マイクの物と思われる足跡と血の跡が点々と奥に続いているが、マイクの姿はない。


 血痕を追って道沿いに走っていくと、恵一が辿り着いたのは、ビルの建築現場だった。

 建築現場は、周囲を鉄板で出来た高さ四メートルほどの白いフェンスで囲われており、中の様子を窺い知る事は、出来ない。

 血の痕は、恵一から見て左手に続いており、魔法銃を構えてながら白いフェンスに沿って歩を進めていく。

 フェンスの角に差し掛かり、恵一が顔だけ出してフェンスの向こう側を確認すると、地面に落ちた血痕は建設現場の入口に向かって続いている。


 恵一は、魔法銃を構え直して角から飛び出し、建築現場の中に入っていった。

 ビルは、まだ鉄骨を組み合わせている段階らしく、剥き出しの骨組みが五階分出来上っている。

 地面には、無数の建築資材や重機が数台置かれており、遮蔽物や隠れ場所には困りそうにない。


 周囲を見回しつつ、恵一は、右手にある積み上げられた鉄骨に身を隠した。

 鉄骨に背を預けて一息付き、辺りの様子を確かめようと顔を出した瞬間、眼前で火花が散った。

 マイクによる狙撃だと理解した恵一は、姿勢を低くして鉄骨に隠れるが射撃が止む事はない。


 マイクは、恵一を狙撃で仕留めるつもりらしいが、現在の彼の獲物は、自動拳銃である。

 精密射撃には向いていないし、連射性能も装弾数も自動小銃を下回る。

 だが問題は、恵一の使う魔法銃がリボルバーである事。


 強力で反動も強い魔法弾を撃つ場合、自動拳銃では動作不良を起こしやすかった。

 さらに魔法弾は、状況に応じて、弾の装填順を組み合わせる事も多い。

 魔法弾を二発入れ、次に通常弾を三発、最後の魔法弾を一発という具合だ。

 自動拳銃のマガジンでは、現場で臨機応変に弾順を入れ替える装填をやるのには向いていない。

 

 そのため魔法銃はリボルバーとして作られたのだが、装弾数、リロードスピード、全てが自動拳銃に劣っている。

 とは言え、元々通常の銃撃戦を想定していない魔法犯罪課には、対魔導師戦闘能力が優先され、用途を考慮するとリボルバーが最善と判断されたのである。


 動作不良を起こしにくい事と銃身が固定されていて命中精度が高い以外に、リボルバーが自動拳銃に勝っているメリットはない。

 特に射撃戦では装弾数が物を言う。

 マグナム弾を六発撃てる事より、九ミリ弾を十五発撃てる方が重要だ。


 ようやく銃声が止んで恵一が鉄骨から顔を出すと燃え盛る炎が視界を飲み干した。

 恵一の肉体は筋肉反射により、脳からの命令伝達よりも素早く動作し、鉄骨から飛び出して地面にうずくまると、背後から熱気と爆音が伝わってくる。

 立ち上がり、恵一が振り返ると、先程まで身を隠していた鉄骨は存在せず、赤々と輝く液体が地面に広がっていた。

 一撃で鉄骨を破砕する破壊力と溶かしてしまう圧倒的な熱量。

 炎の魔力変換資質を持つ魔導師による魔法攻撃だ。


「拍子抜けだな。魔法犯罪課の連中は、対魔導師戦闘のプロと聞いていたんだが」


 声だけが聞こえるもマイクの姿は見えない。だが気配をとても近く感じる。

 どこかにいるはずのマイクを探して、恵一は、銃を構えながら周囲を探り始めた。

 しかしマイクの姿は見付からない。


 ――どこにいるんだ?


 敵が見付からない緊張が極限に達した瞬間、恵一の眼前に、突如として手の中で火球を弄んでいるマイクが姿を現した。


「魔導師だったのか」


 恵一の頬を汗が伝う。

 炎の属性変換に適性があるとは言え、鉄骨を溶解させる魔法は、特殊な戦闘訓練を受けた魔導師にしか出来ない芸当だ。

 目の前に居る男は、尋常ではない戦闘能力を持っている。

 恵一の焦燥を悟ったのか、マイクがケタケタと笑い声を上げた。


「気付くのが遅いねぇ」


「まったくだよ。自分の迂闊さに反吐が出そうだ」


 近くで声がしたのに、姿が見えない。

 何もない場所から突然姿を現した。

 この特徴から考えると、マイクは光学魔法の使い手だ。

 それは、ウォーマンの知人で共犯者とされたエヴィンスが、事件とは全く関係なかった証明でもある。


「お前が真犯人の協力者か。エヴァンスもお前の被害者なんだな。そしてお前は、いやお前達がウォーマンを嵌めた」


「いや。あいつは俺の妻と子供を殺した悪党だ。それが真実だよ、警部補」


「あの炎属性魔法と光学魔法が使えるならリアスサン軍の特殊部隊に居たはずだ。何故国への忠誠を裏切り。犯罪行為に手を染める? 金か? それとも個人的な快楽か?」


「んー両方かなー」


 マイクが歪んだ笑みを浮かべながら火球を持った腕を振り上げる。

 恵一は左側に走り出すと魔法銃をブレイクオープンした。

 シリンダーに装填されていた弾丸が飛び出し、恵一は赤い魔力が渦巻くガラス製の弾丸をシリンダーに込め直した。


 マイクの腕が振り下ろされ、火球が恵一目掛けて直進してくる。

 火球の速度は、速いが見切れない程ではない。

 恵一は、火球に向けて魔法銃を放った。


 飛び出した弾丸は、猛炎となって火球とぶつかり合い、火の粉を撒き散らして相殺する。

 恵一は、間髪入れずに三発、マイクに火炎弾を叩き込んだ。

 着弾と同時に灼熱の奔流が広がり、マイクの身体を飲み込む。


 ――倒した。


 しかし確信を嘲笑うかのように、無傷のマイクが猛炎を裂いて姿を現した。

 掌から全身を包む形で赤い魔法障壁が展開されている。


「魔法銃か。こんなおもちゃは、効かねぇよ」


 マイクの言う通り、魔法銃は魔力を持たない人間が魔法を込めた弾丸で射撃する事で疑似的に魔法を使えるだけの代物。

 当然魔導師の使う魔法より精度も威力も下回る。

 魔法銃を使っても一線級の魔導師と一対一で戦えば勝ち目は薄い。


「だろうね」


 微笑みながら恵一は頷いた。

 激情に駆られ判断ミスをしたのかもしれない。

 大切な相棒を撃たれて頭に血が上り、無謀な行動に出てしまった。

 だが、それ以上に気になっている事がある。


 どうしてマイクが自分達を襲撃してくるのか、その理由を知りたかった。

 ライリーは、芝居を打って恵一達を遠ざける事に成功した。

 なら何故わざわざ自分に、嫌疑が掛かるような真似をするのだろう。

 尋問の為に生け捕りにしたい状況だが、手加減出来る甘い相手ではない。


「理由を聞きたかったけど、仕方ないよな」


 自分に聞かせるように囁きながら恵一は銃を構え、マイクに火炎弾を一発放つ。

 弾丸が弾け、炎がマイクの視界を包み込むと同時に、恵一は一番近くにある積み上げられた鉄骨の陰に飛び込み様、魔法銃をブレイクオープンし、飛び出した薬莢の中から未使用の火炎弾一発を掴み、通常弾五発と一緒に再装填。

 すかさず残り火と黒煙で視界を塞がれているマイクに銃口を向け、引き金を絞った。


 放たれた一発の炎の弾丸は、爆炎と化してマイク・ラッシュを飲み干し、コンマ秒の後、金属の弾丸一つが炎の海へと飛翔する。

 だが一発では足りない。

 恵一は、弾が尽きるまでトリガーを引き続けた。

 銃声の残響が月夜に消え失せると共に、マイクを包み込んでいた炎が晴れていく。

 マイクは、両腕を力なくだらりと下げ、呆然と立ち尽くしていた。

 左胸には五個の銃創。恵一の放った弾丸全てが心臓を捉えた証である。


「お前……」


 告げた。


魔法障壁バリアで物理攻撃は防げない。魔法戦の基本だ」


 恵一が魔法銃の排莢をすると同時に、マイクは糸が切れたように脱力し、地面に伏した。

 魔法障壁には二種類ある。

 対物理防御用の防護障壁シールドと障壁に触れた魔法を無力化する魔法障壁バリアだ。


 何故二種類あるのかと言えば、物理攻撃と魔法攻撃とでは、攻撃力に圧倒的な差が生じるからだ。

 人間が持つ魔力を固体化して盾にすること自体は可能だ。

 しかし人間の持つ魔力量では、魔法の圧倒的な火力を防ぎ切るのは難しい。

 故に魔法の構成法式に干渉し、動作不良を起こさせる魔法障壁バリアが生み出された。


 魔法障壁バリアとは言っても利便上、障壁型に展開しているだけで魔法の発動を阻害する事に特化した魔法だ。

 物理的な干渉力は持っていない。

 そのため魔法障壁バリアで魔法や魔法弾を防ぐ事は出来ても、火薬の力で高速飛来する金属の塊である銃弾を防ぐ事は不可能だ。

 こうした物理攻撃に対しては、魔力を盾状に固定する防護障壁シールドが使われる。


 恵一の火炎弾による攻撃は、魔法障壁バリアの展開を誘う事と、実弾の使用を爆炎で視界を塞ぐ事で悟られないようにするのが目的。

 この作戦は、相手の確実な射殺を意味していた。

 逮捕して事情を聞きたかったが、殺さなければこちらが殺されるとのやむを得ない判断だった。


 恵一は、マイクに近付き、指で首元に触れて脈を確認する。

 鼓動は、止まっている。

 その事実が恵一に犯人を射殺した事実を突き付ける。


 発砲も犯人射殺も初めての経験ではないが、何度経験しても気分の良い物ではない。

 しかし不快だと思える自分に、殺人に快楽を覚えない事に、対峙している彼等と同じ怪物ではないのだと、トリガーを引く度に実感する。

 人を殺す罪悪感を自分が抱ける事に、安堵させられる。


 闇に足を踏み入れ、怪物と触れ合い、理解するのがプロファイラーの仕事。

 踏み込み過ぎれば、その身を怪物に喰われるか、魂が闇に染まり、自らも忌むべき怪物に成り下がる。


 銃身の熱が冷めぬまま、恵一はホルスターに銃を納めた。

 しばらくは、使わずに済む事を願いながら、フェイトの待つ路地裏を目指して歩き出した。

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