間話 旧版 第1話-2

 ―― 間話 ――


 17歳。高校三年の六月。

 それは一切の前兆無く起こった。


「ん? んん??」


 突如、視界がブラックアウトしたと思ったら、次の瞬間、僕はVRターミナル(以降VRT)に弾き出されていた。

 辺りを見回しても、視界に入るのは見慣れた海中のような青い空間。

 そこは僕の使っているVR機器に初期インストールされている中継空間だった。


「なんで? 鯖落ちでもした? それとも回線落ち? まさかBANされたわけじゃないと思うんだけど」


 そんなことを言いながら右手を振ってシステムウィンドウを開く。

 とりあえずさっきまで遊んでたオンゲの公式ページに行こうとしたのだけども。


 ― サーバーが応答していません ―


 うん、回線かサーバーが落ちたな。


「どうすっかなぁ」


 あぐらをかいて、意味もなくもう一度辺りを見回す。

 かわりばえしないVRTの仮想空間。

 とりあえず、“リアル時間”を確認した。

 午前一時十七分。

 寝るにはまだちょっと早い気がする。

 このVRTは加速されていないから“ヴァーチャル時間”と“リアル時間”での差がない。だからぼけっと座っているだけでわりかし時間が経ってしまう。


「いや、ホントどうしよ」


 視界一面に広がる殺風景な景色に、リフォームでもするか?と思ったが、そもそも僕のVR機器にはそんな余分なストレージは無い事に気がついてしまった。

 高校生が持てるVR機器なんて、たかがしれているのだ。

 今使っているフルダイブ対応VRヘルメット(以降VRH)だって保険基準は満たしてるものの、クソダサ外装な一番安いやつで、それでも十年分のお小遣とお年玉が吹っ飛んだ。

 フルダイブが楽々できるスペックのパソコンは安価なのに、なんで周辺機器のVRHがパソコンより高いのか、と何度思ったことか。

 まぁ、VRHは厳密には医療器具のカテゴリらしいので一般家庭にVRHが在ること自体が本来は異常なのかも知れない。

 それに、あまり安くすると保険基準に達しないVRHが出てくるらしく、それで昔、何件か死亡事故が起きたこともあるらしい。


「そういや、VRと死についてのレポート、道徳の宿題で出てたっけ?」


 僕はいそいそパソコン側のシステムウインドウを引っ張り出してPC内蔵ストレージからデータを呼び出す。


 余談。PCストレージにVRTの空間データ保存すればよくね、と思うかも知れないが保険基準で禁止されている。PCからVRHへの読み込みラグで安全を確保できないからだそうだ。

 だからVRTソフトウェア、ターミナル空間データ、利用者アバターデータ、サポートAIアバターデータは一括でVRH付属の物理ストレージに保存されている。余談終了。


「あったあったこれだ」


 データを開いてマルチウインドウを展開して眺める。

 『VRゲームは人をたやすく殺す』

 なんて見出しの記事データまであるのだから僕の学校の先生はVRに恨みでもあるのかもしれない。

 実際、VRの黎明期はショック死する人が多かったらしい。

 平成最期の年をVR元年って呼称するようになって久しいけれど、事実、あの年は元年だと思う。

 なんせ“視覚と聴覚だけのVR”だったのにもかかわらず、“VRアバターの首が刎ねられただけ”で脳が死を誤認してショック死した人がでたのだ。僕からしたら「んなあほな」て感じだけど、事実起きたのだからそれだけVRアバターを“自分の体”と認識していたってことなんだろう。

 この事件のせいで日本のVR開発は遅れに遅れたと言われている。

 というか、あの時代は日本国内でまともに研究できる環境が無かったらしい。

 だから、日本人で研究者になりたかったら海外に出て行くしかなかったらしい。

 一つ例に挙げれば、フルダイブ、(正確には“エレクトロダイビングシステム”と言うらしいけど、古くから創作の中でフルダイブって言葉が使われてるせいでみんなフルダイブとしか言わない)このシステムを創ったのは日本人らしいけど、創った場所はインドの研究施設だったりする。

 ホント、クソみたいな時代だったらしい。


「きゅいきゅい」


 ぼけっとデータを眺めていたら、どこからともなくイルカが手紙を咥えて僕の目の前に現れた。

 このイルカ、VRTのサポートAIでデフォルトアバターなのだけど、見ていると妙にいらっとする。

 まぁ、それはおいといて、こいつが来たって事は僕の方の回線は生きてる。つまり会社側になにかあったに違いない。


「ありがと」


 イルカから手紙を受け取る。と、イルカはしたり顔で消え去った。

 呼び出して殴りたい気持ちを抑えて手紙を確認すると、さっきまで遊んでたオンゲのセキュリティ担当会社からだった。

 どうやら、鯖がクラッシュしたらしい。


「まぢか・・・・・・」


 このオンゲの開発運営会社はこのご時世にクラウドサーバーじゃなく、自社で物理サーバーをこさえるという気合いの入ったことをしていたと記憶している。

 そもそも僕がこのオンゲを始めたきっかけが「自社鯖を用意した」というネットニュースを見たからだった。

 こんだけ気合い入ってるなら簡単にはサ終しないだろうとプレイし始めて今日で大体一年。

 まさかこんな事件にでくわすとは思わなかった。


「どうすっかなぁ」


 メンテ時にしてるようにコミュニティチャットでも覗くかと思いたったけど、そもそもコミュニティは公式内だから勿論繋がらなかった。公式ページ、公式コミュ、ゲーム、全部同じサーバーで一括管理していた弊害だった。


「まぢかぁ。・・・・・・しゃぁない。宿題しよ」


 開きっぱなしだったマルチウィンドウに目を向ける。

 そもそも高三にもなって、なんで道徳なんて科目があってそこでVRの危険性についてのレポートなんか書かないといけないのか。

 VRの年齢制限が十五才以上で、情報の科目が高校からしかないから仕方ないのかもしれないけど、面倒この上ない。

 VRに年齢制限があるのはまぁ、死亡事故を防ぐため仕方ない。そういう事故を防ぐために日本ではVR保険組合とかいう組織が保険基準というルールを定めてVR関連の団体・個人に守らせている。

 このVRTもその一つ。

 VRに初めてフルダイブした人はこの空間で現実の姿とは似ても似つかないアバターに成り、サポートAIから色々と講習を受ける。

 それによってVRアバターは自分の体ではないと徹底的に脳に教え込まれる。

 ついでに、今の僕のアバターは背丈80センチぐらいの直立二足歩行する黒猫だったりする。学校でもこのアバターを使っているのだけど、結構評判がいい。

 あと、時間加速などのVRならではの感覚を慣らすのもこの講習に含まれていた。クソ面倒だったけど、有ってよかったとも思う。


「あぁぁぁやるきしねぇぇ」


 VRT内で三十分ぐらいウダウダしていると、またイルカが手紙をもってきた。


 ― サーバーの復旧は絶望的であるという見通しのため、誠に勝手ながらサービスを終了させて頂きます。 ― 


 その一文を目にした僕は、しばらく呆然とした。


――――――――――――――――――――――――――――――


 あれから約一年が過ぎた。


「やっとゲームできるううぅぅぅ」


 僕はあまりの開放感から、VRT内で絶叫。

 まぁ、お察しの通り高校三年生だった僕は受験だったのだ。

 オンラインゲームやってる暇なんぞ無かった。


 とは言え、今のご時世は「入学するは易く、卒業するには難い」という状況なので大学受験より高校卒業試験の方がしんどかった。


 僕の卒業試験担当官があのVR憎んでる疑惑の先生だったせいで激論激論大激論の末、“人間とはなにか”みたいな話にまでなって真理の扉を開きそうになったけど最後にはお互いを称える握手をして卒業許可を勝ち取った。二度とやりたくない。


 その前後で志望大学の入学試験もあったんだけど、こっちはすんなり合格した。


 まぁ、それはよかった。でも、大学一年の前期ってクソ忙しいのな。

 おかげで前期終わるまでまともにゲームできなかったのだ!

 折角良さそうなゲーム見つけたのにプレイできない苦しみッ!!


「それも今日でおさらばジャー!」


 と、言うことでSTORMソフトウェア起動してお目当てのゲームを購入&ダウンロード&インストール。

 VRMMORPGだけあって容量でかくて時間がかかるけど、この待ち時間もわくわく楽しいので問題なし。


 それにしてもSTORMができてからゲーム買うの楽になったと実感する。

 STORMってのはゲームのマルチプラットフォームサイトのことで、プロアマ問わず作ったゲームを登録して販売したり、簡単な手続きでユーザー登録してゲーム買えるし、コミュニティもあってチャットしたりもできるし、VRエリアストアもあって、ターミナルからゲートくぐってエリアストアまで行けば国のフィルタ関係なしにゲームが買える。

 まぁ、僕は行ったこと無いけども。

 だって、店員さんの喋り言葉翻訳されないし。


 ― 天意・社稷・律 の インストールが終了しました ―


 さて、準備できたのでゲームじゃ!

 ゲーム開始のアイコンを押すと目の前にアーチ状のゲートが現れた。アーチの中は真っ黒で向こう側が見えないけどこれが正常。

 このゲートをくぐればゲームサーバーに移動できてゲームを開始できる。

 僕はわくわくしながらゲートに飛び込んだ。

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