間話 そのころ現実は

 ―― 間話 ――


 ここ2日、従弟と連絡が取れない。

 まぁ、まず間違いなくVRゲームしてるんだろうが。

 それ自体は良い。

 全然善くはないが良い。


「連絡、取れない?」


「全く出ない」


「困ったわぁ」


 問題は何故、従弟の知り合いが僕の所に来て連絡取れないか訊ねてくるのか、だ。


「そんなこと言っても、あいつサークル入ってないでしょ?」


 場所は大学の食堂。4人掛け円卓席。ここで作業しようと思っていたら来客が途切れない。


「そうなんだけど、声を掛けたら何時も手伝ってくれてたの。だからつい今回も手伝ってくれるかなって」


 そう、これだ。

 あのお人好しは大学に入っていろんな授業に顔を出した。

 履修してない授業にも興味があれば飛び込んでいったあいつは週5毎日5コマとかいう義務教育かって時間割をこなし、そこで出会った人達と仲良くなり、お手伝い要請に全て応えた。

 中途半端に出来がいい従弟はその全てに応えられてしまったから、じゃぁ次もとなるのは自明。

 そんな生活をしていたからあいつは前期中ずっと忙しそうにしていた。


 今、目の前にいる美女もあいつに頼ろうとした脳足らず。

 今日だけで何人目だ。ホント勘弁してくれ。


「あいつ、どこのサークルにも入ってないんだから休暇中の大学に出てきてるわけないじゃないか」


「そう! それなのよ! てっきりどこかのサークルに入ってると思ってたの!」


「いや、入ってたら他の手伝いなんてしてるわけないって」


 少し考えればわかるだろうにこの女。


「なんか、緩い感じの集まりのとこかなって」


 あの従弟がそんなサークルに所属してる想像ができないんだかこの女は違うというのか。


「それか、どっかの教授に頼まれてアルバイトしに来てる可能性もあったし」


 それはわかる。実際、前期中にどう知り合ったのか知らんがある教授の時単アルバイトをしていた。


「金もらって働いてたら余計別のことできるわけねぇし」


「そうよねぇ。ちょっと思慮不足だったわ」


 それ、僕の所来る前に思い至ってほしかったんだがなぁ。


「お時間取らせてごめんなさいね。そうそう、貴男は時間合ったりする?」


「僕、九月初めに修士論文の初稿出さないといけないんだが?」


 言ってやると目の前の美女は青い顔をした。

 どうやらそれぐらいの分別はあったようだ。


「その学年だったのね! ごめんなさい! 論文通るの祈ってるわ!」


 ぺこぺこ頭を下げて彼女は去っていった。

 彼女はまだ、良い方だなと思った。

 安易に頑張れとか言わない辺り、わかっている。

 まぁ、誰かに言ってガチ切れされた後かもしれないが。


「はぁ・・・・・・。ホントなんでどいつもこいつも僕の所に来るんだか」


「しかたないんじゃない?」


 ぼやきが耳に入ったのか、通りがかりの同ゼミ生にそんなことを言われた。


「あぁ?」


「だって彼、結構な頻度で貴男に会いに来てたじゃない? “兄君”ww」


「やめぃ」


 なんだって僕の従弟は僕のことを兄君なんて呼ぶんだか。

 しかも呼び掛けが大抵「へぃ!兄君!」なあたり絶対に楽しんでいる。


「それで彼、実家帰ってるの?」


 僕の正面の椅子に腰掛ける彼女。

 居座って喋る気まんまんだなコイツ。


「いいや。近くで一人暮らししてるよ」


「ふぅん。大丈夫?」


「なにが?」


「一人暮らしで、2日音信不通なんでしょ。ちゃんと生きてる?」


 あぁ、そういうことか。ま、普通その心配はあるか。


「それは大丈夫だ」


 そう言って、携帯端末を取り出してアプリを起動、画面を見せる。


「音信不通だが、生存確認ができない訳じゃない」


「えっと、なんかのコミュニティのフレンド欄?」


「ゲーミングマルチプラットフォームのフレンド画面だ。で、これが従弟。下が今ログインしてるゲームタイトル。でゲームタイトルの横にVRってマークついてるだろ」


「なるほどね。それならたしかに有効な生存確認だね」


「よっぽど誤作動してない限りな」


「ログアウト不可のデスゲームみたいな?」


「ログアウト不可のデスゲームみたいな」


 まぁ、そんなことまず起きない。

 どこまでいっても娯楽作品の中だけの話だ。

 なぜならデスゲームができるほど高出力がだせるハードが日本では手に入らない。

 流通にも乗せられない。倉庫だったり、輸送車だったりのセンサーで弾かれる。

 だからデスゲームがやりたかったらVRHを1から制作して一人一人に手渡ししていくというバカみたいなことをしなけりゃいかん。

 そんな間抜けなことそうそう起きない。


「それで、従弟くんは何てゲームしてるのかな? えっと「天意・社稷・律」・・・・・・これじゃジャンルすらわかんないね」


「MMORPGだとさ。従弟がやるって言ったから軽く調べた。台湾の会社が制作して運営もしてる。日本人用のサーバーもあって、日本国内に支社作ってそこで日本人用サーバー管理しているらしい。だから危険性は低いな」


「けっこうちゃんとしてるね」


「そうだな。サーバーがどの国に置いてあるかは安全度に直結する。国内にあってホッとしたよ」


「ふむふむ。でも、なんでわざわざこのゲーム選んだの?」


「ずいぶん食い付いてくるんだな?」


「教授が来てなかったの。今日の予定パー。1日暇」


「だからって僕を道連れにしないで欲しいんだが」


「どうせ貴男、ゼミ室にでも行かなきゃ作業できないわよ?」


「はぁ?」


「今は私と話してるから誰も声かけてこないけど、私と会話してなかったらまた来客責めよ」


「・・・・・・ゼミ室行くか」


「だから教授来てないって言ったでしょ。開いてないわよ」


「家でやるかぁ・・・・・・」


「貴男、前に家じゃ作業できないって言ってたじゃない」


「何が何でも道連れにする気だな?」


「もちろん。さ、私の質問に答えなさ~い」


「ったく。従弟は妹といちゃつきたいんだと」


「妹いるの?」


「いや、いない」


「なにそれ? 頭病んでるとか? 幻覚でも見えてるの?」


「さすがにそれはない。一緒に冒険してくれるキャラを作れるらしい」


「あぁ、なるほど。NPCといちゃつきたいってことね」


「まぁそうだな」


「で、妹を作ったと。中々欲望に忠実な子なのね。従弟君」


「あいつ、ゲーム内だとホントなんでもありになるからな」


「現実生活が辛いんじゃない? 明らかにストレス発散のそれじゃない。相談ぐらいのってあげたら?」


「あいつ、辛そうに見えたか?」


「・・・・・・忙しそう、以外の感想がないわね。忙しくて辛いってわけでもなさそうだし、逆に忙しくて楽しいって感じでもないわね」


「だろう? 本人曰く、「大学ってこんな忙しいんだな! マジびっくりだわ」だとさ。ずっと驚いてて他の感情が芽生える余裕もないって感じだ」


「それ、どっちにしろダメじゃない? 心が辛いって感じる前に体が壊れるやつよ」


「まぁ、だから2日間音信不通でゲーム内妹といちゃついてるわけだ」


「納得すぎるわね。でも逆に現実に帰って来られるのかしら?」


「経験則からすれば大丈夫だな。高校時代も長期休暇中はVRゲームにどっぷりだったがちゃんと帰ってきてた」


「でも、今回はゲーム内に引き留める子までいるんでしょ?」


「それなんだよ。あいつ、好み全部盛った会心の出来って言ってたからな」


「へぇそうなの」


「見てみるか? モデルデータの画像、あるぞ」


「なんであるのよ」


「さっきの話の時送られてきてそのままにしてある」


「あ、そうよね。ちょっと興味あるわ」


「ほら、これだ」


 ずっと卓の上に置きっぱなしだった携帯端末を操作して画像を表示する。


「あらかわいい。でも、そう。人ですらないのね・・・・・・」


「いや、これならまだ人じゃないか? 獣の耳と尻尾が付いてて毛深いだけだぞ?」


「んん~。線引きが難しいわね」


「無理に線引く必要もないと思うが」


「そうね。それにしても、ちっちゃくておっきくてかわいい系が好きなのね」


「妹だからな」


「そうだったわね。妹として愛でるって加味するなら普通なのかしらね」


「妹系の女性を求めているのが健全かは知らんがな」


「ついでに貴男の好みは?」


「高くて細くて艶やか系」


「理想が高いわねぇ」


 けらけら笑う彼女。


「そうだな。理想は高い」


 ついでに、目の前の彼女も高くて細くて艶やか系だ。


「そういえば従弟君のアバターデータもあるの?」


「画像か? あるぞ。こっちも会心の出来だってよ」


 さっとスワイプして隣の画像を表示する。


「あらワイルド。顔の作りが全然似てないわね。これが理想なのかしら?」


「そのあたりは、この種族で一番似合ってて違和感がない造形、だそうだ」


「じゃぁワイルド系の顔に生まれたかったわけではないのね」


「違うだろうな。あいつはワイルド系の顔した友人もいたが、顔が良いみたいな話をしたことはない」


「そうなのね。それにしても、真っ白でふさふさしてて触り心地良さそうね」


「どうなんだろうな? 実際にゲームをやってみないとわからないが」


「いいわね。今ちょっとこのゲームやってみたくなったわ」


「やめとけやめとけ。今MMOなんて始めたら確実に単位落とすぞ」


「うぐぐ。そうよねぇ」


「まちがいないな」


「そうそう。このゲーム、西洋ファンタジーなの?」


「やめとけって言ってるそばからそれか」


「今日は貴男で暇を潰すと決めたのよ!」


「なんて傍迷惑な。あぁそうだ。それならちょっと一緒に来てくれないか?」


「あら、デートのお誘い?」


「似たようなものだな。もう作業するのはあきらめた。だったらここにいる必要もない」


「ん~~、ま、いいわ。付いて行ってあげる」


 この後、二人がどうなったかは、また、別のお話。

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