第2話-5

 ―― 16 ――


「兄さん、この人、妖魔ですよ?」


「ん?」


 妹様が大層重要そうに告げてきたのだけど、疑問しか浮かばない。

 だってこのゲーム、誰が何なのか見て判断できないから。

 いや、本当は判るのかもしれないけど、僕にその知識がない。


 初期街でカバディしてた餓鬼は妖魔じゃないの?

 初期街港で焚き火の周りをぐるぐる踊り狂ってた子鬼も妖魔ではない?


 どれが人類で、どれが妖魔で、どれが別のナニカ、であるのか僕には区別がつかない。

 眼前でカラカラ笑うこの白猿のお兄さんが獣人じゃなくて妖魔な理由がわからない。


「ずいぶんと剛毅な御方のようだ。ヒトも妖魔も何が違う? という顔をしておられる」


「兄さん? 彼の眼球を見て下さい。赤いですよね?」


 失礼だとは思うがマジマジと顔を見つめた。確かに眼球が赤い。

 他のヒトがどうだったか思い返してみるけれど、よく覚えていない。眼球なんかマジマジ見ない。


「あの赤目は障気に侵された証です。障気の多い場所に行くと意識を失って体が勝手に暴れ出してしまうんですよ」


「うぅん? 危険度がよくわからん」


 唖然とした顔をしているけど妹ちゃんよ。そんなに驚くことかな?


「それはさぁ、このヒトがしこたまお酒呑んで意識があって暴れるのとどう違うの?」


「はははは! なるほど慧眼。酒に呑まれて暴れるも障気に侵されて暴れるのも大して変わらん。体が強化されるわけでもなし」


 あ、やっぱそうなんだ。うん、警戒する意味がわからん。


「兄さん・・・・・・。まぁ今の兄さんらしいです。聖白猿天さん、失礼しました」


「謝る必要などなかろう。妖魔は得体の知れないナニカに魅入られてしまった憑かれ者よ。警戒するに越したことはない」


 クツクツと笑う様がなんだか爽やかに感じる。


「さて、執行者殿、相方殿。実はお願いしたき事がございます」


 急に空気がピンと張り詰めた。

 雑談は終わりらしい。

 妹様に視線を向けると、にこりと笑顔を返してくれた。


 あぁステキ・・・・・・。


「私は兄さんの決に従いますので。周りの後始末をしていますね」


 そう言って妹様はドロップアイテムを回収しだしてしまった。

 丸投げですか。そうですか。まぁいいけど。


「良いのか? 執行者殿」


「良いかな。こういう信頼も好きだし」


「そうか。そうだな。それも一つの絆の在り方か。それでは本題を話そう」


「えぇ、存分にどうぞ?」


 どうせドロップ回収でしばらく動けないしね。


「実は数ヶ月前、私はこの森の主でなくなってしまった。突如どこからかやってきた炎を纏う大猩々に敗れたのだ。

 それだけならば別に良かったのだがあの猩々め、森を統治する気が一切ない。猩々が配下として連れて来ていた赤毛猿達は自由気儘に目についた動物達を無差別に襲い、私の群族はやってられぬと新天地探しに南下した。

 私はこの森で生まれ、この森で育ち、この森を親のように思っている。しかし、このまま猩々と猿をのさばらせておくと遠くない内に港街のヒトビトに被害を与え、森などいらぬと思われてしまわないか戦々恐々としているのだ。

 ヒトビトはいらぬと思えば森を焼き払うか切り開くかしてしまうだろう。私にはそれが恐ろしい。

 どうか猩々と猿達を懲らしめ、森を守る手伝いをしては頂けないだろうか」


 [キャラクタークエスト]聖白猿天のお手伝い

 聖白猿天を手助けして炎大猩々を懲らしめよう。

 ※1プレイヤーキャラクターにつき1回限りのクエストになります。クエストクリア後再受注はできません。


 悪障値+100

 【新月貨獲得券(ランク:青)】×1

 【成長薬(ランク:赤)】×1

 【白猿証書(ランク:緑)】×1

 報酬金10銀000銅


 クエストウィンドウが出てくるのは良いんだけど・・・・・・。

 なんでこの内容で悪障値なのか。

 テキトウに決めてませんかねぇ?


「うーん」


 唸りながら白猿お兄さんを覗う。真剣な表情で返答を待っていた。

 きょろきょろと妹様を探す。

 意外と近くでドロップ回収してた。顔は下を向いているけど、おみみだけしっかりこっちに向けていた。

 うん、そのおみみの意図はなんだい?


「う~む」


 なにか引っかかる。このままクエストを受けてはいけないとゲーマーの直感が訴えてきてる。


「どうしました兄さん?」


 唸ってたからか、妹様が作業を一時中断して傍にやってきた。


「なんか釈然としない」


「漠然としてますね」


 お、苦笑いは結構貴重だぞ。かわいい。

 妹様はひょいっと僕の背後に回ってクエストウィンドウを覗き込んだ御様子。


「懲らしめる、ですか?」


 コテンと首を傾げる妹様。一緒にふよんっておみみが揺れるの最高かよ。


「懲らしめる、だね」


 そう、御伽噺よろしく猿を懲らしめようというシナリオなんだろう。

 懲らしめて、心を入れ替えて、めでたしめでたし。御伽噺ならそれでいいだろう。でもこれはゲームだ。

 しかも作ってるのは日本人じゃない。こうだろうと僕の常識で進めるのはたぶん間違いだ。


「なぁ、懲らしめて、そのあと貴男はどうする?」


「ふむ。群族を追って南下するのが筋だろうか。独り旅を始めるのも悪くはないな」


 あぁなるほど。釈然としないわけだ。


「森を守る手伝いをしてくれって言っておきながら、終わったら森を捨てて旅に出るのは筋違いだろ?」


「むっ?」


 そうだ。簡単なことだ。なんでコヤツ、森の主に返り咲こうとしていない?


「猩々を懲らしめて、森の主に返り咲く。それが筋ってモンだろう?」


「それを願うのは卑怯ではないか?」


「はぁ?」


 なにを言っているんだろう、この猿は?


「私は一対一の殺し合いに負けた。奇襲ではあったが生存競争などほぼ全てが奇襲だ。私は殺される前に命からがら逃げ出せたが、負けたので次は助っ人を頼んで再戦するなど卑怯と謗られる蛮行だろう」


 うぅん。納得できる箇所が一つもないな。


「“生存競争”なんだろう? だったら生存するためならなにしようが勝ちゃそれでいいだろうが。生きるためにできることがあるのにそれをしないのは怠惰と謗られる蛮行だよ」


 なんでそんな衝撃を受けたかのような顔してるんですかね?

 生物なら生きるために最善を尽くすに決まってるじゃないか。

 生きてない奴は知らん。アンデットとか。


「その通りだ。執行者殿。なにやら変に考えすぎていたらしい。あの猩々と赤毛猿どもをこの森から追い出す。その功績を持ってこの森の主に返り咲く。その手伝いをして欲しい。頼めるだろうか」


「よし! よく言った! 素直が一番だZe!」


 [キャラクタークエスト]聖白猿天のお手伝い

 聖白猿天を手助けして炎大猩々と赤毛猿を「白猿の森」から退去させよう。

 ※1プレイヤーキャラクターにつき1回限りのクエストになります。クエストクリア後再受注はできません。


 悪障値+100

 【新月貨獲得券(ランク:青)】×1

 【成長薬(ランク:赤)】×1

 【白猿証書(ランク:緑)】×1

 報酬金10銀000銅


 あ、どっちにしろ悪障値なんね。

 まぁいいや。その辺考えても今はたぶんわからんだろうし。


「それはそうと白猿お兄さん」


「なにかな? 執行者殿」


「炎大猩々って何?」


「ん? 知らないのか? 身の丈1丈はある、炎を身に纏った猩々だ。最近はよく森林内の温泉にいるらしい」


 あぁ、猩々ってあのゴリラのこと。

 ちょうどいいね。リベンジ!

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