第1話-6
―― 06 ――
「遠かったですね・・・・・・」
「遠かったな・・・・・・」
僕と妹ちゃんは霊廟前の広場に出されていた長椅子に座って、霊廟までお参りに来た人に振る舞う料理が並ぶ長卓に顔を載っけて、だらけていた。
正直もう歩きたくない。初期街なのに広すぎである。他のプレイヤーの移動手段が切実に知りたい。
街自体は地図を見る限り、予想通り将棋盤とか囲碁盤みたいに整理整頓された正方形の街並みだった。
縦にはしる街路20本。横にはしる街路20本。街の総マス目21×21で441ブロック。
地図で街の全貌を見た時、思わず「バカなの!?」て叫んだよね。
あと、北側が浜辺、というか港な感じなので若干歪な感じで完璧な正方形ではなかったけど。まぁ、充分予想の範囲だった。
霊廟も予測通り街の中央に建っていて、やっぱり基本はちゃんと押さえているのか南向きに建っている。
でもちょっと思うのは、小耳に挟んだだけだけど祀られてる媽祖様は船乗りの守護神らしい。媽祖様、海側を背にしていていいのかね? まぁ、宗教とかあんまり詳しくない上、ゲームだし、これでいい設定なんだろう。
そうそう、話が前後するけど、霊廟、建物だけじゃなくて敷地もでかかった。
石造りで瓦屋根の塀がぐるっと敷地を仕切っているのだけど、一番奥に霊廟が建っていてその手前にでっかいお香を炊いてる壺みたいなのが置いてあって、その手前が広大な広場になっていた。
その広場には、大道芸してる集団がいたり、獅子舞みたいなのが走り回ってたり(獅子舞じゃなくて竜だったらしい)、巨大な豚みたいなのが何頭も吊されていたり(たぶん供物?)、来客者用の長卓長椅子がいくつも置いてあって、卓の上には自由に食べていい料理が何皿ものっていて、どれもとてもおいしそうだった。
惜しくらむは若干けむいことぐらいだ。
お香焚き過ぎじゃね?
いや、香のにおいとか個人的に嫌いではないんだけど、こんなに焚かれると、むせる。
「・・・・・・」
「・・・・・・・・・・・・」
妹ちゃんと隣り合って座ったから、なんとなくずっと見つめ合う感じで長卓に顔を置いているのだけど、こういうのもなんかいいネ。
本当に疲れたのか、妹ちゃんのおミミはへにょんとしていて、シッポも力なくだらんと垂れている。こんな脱力系妹もよき。
それにしても妹ちゃんはかわいい。
好みの造形を何十日とかけてこねあげたんだから当たり前だけど、こうして動いている様を見ていると2倍、3倍にも増してかわいい。仮想現実とはいえ、こうして生きているのを見ると感謝しかない。
ありがとう開発。ありがとう運営。
でもゲームの導入がないのは絶対に許さぬ。
あとついでに今分けて感謝したけどこのゲーム開発が運営もしてるから感謝の行き先は同じ会社だったりする。
「兄さん」
「んん?」
「お風呂入りたいです」
「お風呂・・・・・・」
それは僕のイメージするお風呂でよいのだろうか?
「
あ、イメージどおりのお風呂だね。森林浴とかじゃなくてよかった。
「義務なの?」
「義務です。他の人類より毛深いんですから清潔にしてないと種族のイメージがダウンしちゃうじゃないですか」
「なる・・・・・・ほど・・・・・・?」
確かに妹ちゃんの言い分には納得できるけれど、そもそもこのゲームってお風呂入れるの?
今までけっこうゲームしてきたけどシステム的にちゃんと入浴できたゲームはほとんど無かった。
マップ的に公衆浴場とか、温泉地とか、秘湯とか、そういう地形のマップは結構あったけどプレイエリア外だったり、お湯に入れても張りぼてだったり、ひどいのだとお湯に足入れた瞬間溺死するのとか。
うん、ゲーム内の入浴はあまりいい思い出がない。
まぁ、パートナーが勧めてくるんだからシステム的に入れるんだと信じたい。
あぁ、そういえば、さっき見たステータス画面に清潔度ってのがあった気がする。そう思い出してシステムウィンドウを開く。
動くのがだるいので思考入力。ちゃんとウィンドウ画面が出てきてホッとする。
思考入力はVRならほぼほぼ基本実装されているシステムで、肉体を動作させなくても考えるだけで色々と入力できるというものだ。
まぁ、誤入力が頻出するので本当に切羽詰まったときか体動かせないときぐらいにしか使わないけど、VRゲームだとそういう状況がたまに起きるので使い慣れておいた方がいいシステムだったりする。
それはともかく、自分のステータス画面を見ると左下の方に清潔度っていう項目があった。
現在13。
この数値は意外とやばい低さなのではないだろうか?
あ、12に下がった。
「妹よ」
「なぁに?」
「お兄ちゃん臭くない?」
「・・・・・・早くお風呂いこ」
あ、露骨にそらされた。これはやばい。
マップタブに切り替えてお風呂場を探す。この際何でもいい。
あ、公衆浴場あんじゃん。しかも霊廟の隣。
顔を上げてぐるっと見回すと廟の右に煙突が見えた。
この霊廟は南面してるらしいから浴場は東隣、ということになる。
「よし、風呂行くか」
そう言っていそいそ立つと、妹ちゃんは勢いよく立ちあがって「早く♪早く♪」と急かし始めた。うん。かわいい。
うきうきスキップでもしそうな妹ちゃんをうしろから眺めつつ、広場を出て塀沿いに歩く。やっぱり行き交うヒト(NPC)が多い。
こんだけ動かしてよくラグらないなってちょっと感心した。
「ここかぁ。意外とでかい」
歩きだして数分で公衆浴場に到着したのはいいのだけど、なんかこの建物の大きさ、もはやスーパー銭湯とかリゾートスパかなにかでは?
僕は訝かしんだ。
建物自体は他と同じく石かレンガで造ってるっぽい見た目なのだけど、左右の建物と比較すると4倍ぐらいでかい。
入り口には見慣れた「ゆ」のマークが書かれた暖簾が下がっていて、そこは日本と同じなんだと妙な感動があった。
「入りましょう。すぐ入りましょう」
妹ちゃんは我慢しきれないのかシッポをぶんぶん振りながら暖簾の先に消えていった。うん、かわゆい。
僕も急かされないうちに中に入ると、番台とそこに立つお婆さん(NPC)が視界に飛び込んできた。
番台の後ろは全面曇りガラスの引き戸。ガラスも普及してる世界観設定なんですね、これ。
「一人十銅だよ」
それは安いのか、高いのか。と言うかそもそも僕お金持ってたっけ?
慌ててシステムウィンドウを開く。たぶん「[行嚢]インベントリ」というタブに書いてあるとあたりをつけてタップする。
予想通りウィンドウの下の方に「000金001銀000銅」という表記があった。
うん、足りる。よかった。
「じゃ、十銅」
いいながら番台婆さんに近づくと支払いウィンドウがポップしたので決定アイコンを押す。
パートナー分もプレイヤーが払う設定らしく二十銅消費されて「980銅」という表記に変わった。
「兄さん、行きましょ!」
お目々をキラキラさせたかわいい妹ちゃんに連れられてガラス張りの戸の向こうへ。
もわぁっと湯気に襲われたけど、すぐに視界が晴れて、目に入ってきたのは全面タイル張りの浴場。
床のほとんどが湯船。洗い場はない。
壁には漢字がなんかズラズラと書いてある。詩歌かなにかかもしれない。
利用者は何故か居ない。こんな大きなお風呂で、しかも外はお祭りしてるのに人っ子一人いないとは予想外だった。
あれ? そういえば、脱衣所無かったけどどうなってるん?
「脱衣所も洗い場もないあたり、手抜き半端無い・・・・・・」
ちょっと期待はずれでついつい口に出してしまったけど、お風呂は入れるだけでも充分なのだ。他ゲーに比べれば天地の差。
「兄さん、いつまでつったってるんです?」
「あ、ごめん」
「ほら、隣同士で入りましょう」
そう言って手を引っ張られる。
あれ? そういえば混浴なの!? マジで!? もしやキャラクリ中ですら見れなかった全裸見れちゃう? 見れちゃう?
「兄さん?」
妙にテンション上がったのに気づいたのか妹様が半目で見据えてきた。でも、でもですね!
念願の全裸! 全裸ですよ。テンション上がらないわけがない。
テンション爆上がりなまま湯船に近づくと視界の右端に入浴アイコンが出現した。
迷わず押すとオーバーオール姿からタオルを腰に巻いた姿に変わる。
「え?」
隣を見れば、妹様も同じようにタオルで胴全体が隠れた状態に。
「僕の夢を返せ!!」
絶叫せずにはいられなかった。
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