第2話-8

 ―― 19 ――


「この洞窟かな?」


 既に空は真っ暗。

 真夜中だ。いや、正確にはもう明け方ちかい。


「以外と簡単に見つかりましたね」


 妹様は若干拍子抜けの御様子。

 まぁたしかに見つけるのは簡単だった。

 崖崩れの有った場所から崩れた下の方にずるずると滑り降りて、降りきった所から上を見上げて周囲を見回せばこの洞窟が見えた。

 あとはえっさえっさと足場作りながら登り直して途中で道を逸れれば到着。

 探索するまでもなかった。


「だが本当にここが猩々達の棲処なのだろうか?」


 白猿さんが訝しがっているけど、僕にはここが目的地だって断言できる。

 何故かって?


 ― ストーリーインスタンスダンジョンです。入場しますか ―


 システムウィンドウがさっきから視界端で明滅して主張しているからだ。

 風情もへったくれもありゃしない。

 これで全く別クエスト絡みのIDだったら抗議文を投げ付けるね。


「大丈夫です! この奥からお嬢様の匂いがします!」


 ナイスアシストわんこ執事。

 あとお嬢様の匂いについて後で詳細に述べなさい。


「ふむ、では間違いなさそうであるな。執行者殿、行こうか」


「うん。ちょっと待ってね」


 IDに入る前に確認せねばならない。

 僕は洞窟の中に入ろうと一歩踏み出そうとして体が動かなくなった。


 ― プレイエリア外です。 ―


 このタイプか。

 この検証は意外と大事なのだ。

 IDと同じマップが作ってあってID無視して中に入るのが正解とかがたまにあったりするのがMMO。


「なにしてるんです兄さん?」


「ちょっと検証。でももう大丈夫」


「そうです?」


 頭にはてなマークが浮かびそうな表情をしている妹ちゃんきゃわわ。


「妹様の武器は大砲でいいかな。入ったらすぐ撃てるよう用意しといて」


「わかりました」


「あと執事くんの護衛もそれとなく適度によろしく」


「僕も戦えます!」


 ぴょんぴょん自己主張するたれみみわんこくん。

 あざとかわいいからやめなされ!


「ほんとでござるかぁ?」


「む。その言い方。たしかに僕はあまり強くないですけど貴男より上手に囮ができますよ!」


 あ、ヘイト管理できるんだ。タンク職かコントロール職?


「武器は?」


「これです」


 わんこ執事は素早く右手を前に出した。


「壁よ輝け!」


 わんこ執事と同じぐらいの大きさの光の盾が出現した。


「アーツ?」


「はい。大陸の妖精術です。ウォールというアーツになります。持続時間30分。同時展開最大6枚。伸縮自在。移動は思考制御。殴れば鈍器にもなる優れもの!」


 あ、これ普通に強いやつ。

 というか“大陸の妖精術”ってなにさ。

 プレイヤーのスキル一覧に妖精術なんてないんですけど!

 いやまてよ。房中術とか按摩術もないし習得自体はできたりする?


「執事さんは妖精郷出身の方でしたか。群島まで来られるのは珍しいですね」


 あ~妹様~いったいどれだけプレイヤーの知らない情報抱えてるの~~。


「そうですか? 僕達犬妖精は主人探しで結構外に出てる筈なんですが」


「でも妖精郷から群島までだとまるまる大陸を横断しないといけないじゃないですか?」


「そうですね。だから群島に辿り着く前に殆どが主人に出会えてますね」


「貴方の主人はまだ?」


「はいともいいえとも言いづらいですね。僕はまだ成人の儀が済んでいないので。今回こっちに居るのは修行みたいなものです」


「そうでしたか」


「そうそう。狙撃銃と貫通弾はお持ちですか? 僕がウォールでアシストすれば跳弾狙撃が狙えますよ」


 なんと。そういう組み合わせとかできるように設定されてるんだ!?

 手の込んだ作りしてんのな!


「お喋りもよいが、それは娘を助け出してからでもよいのではないかな?」


 個人的にはもう少しお喋りしててくれてもよかったのだけど。

 時間制限分岐クエストだったら困るし、しかたないか。


「そうです! 僕戦えますからね!」


「うん。ごめん撤回する。どっちかっていうと妹様が安全に射撃支援できるよう護衛お願いしていい?」


「それなら適材適所です。任せて下さい!」


「わたしは適度に暴れて間引けばよろしいかな?」


 頷く。さすがよく判っていらっしゃる。


「では出発」


 ポチッとな。


 ― 難易度を設定して下さい ―


 あ、はい。

 えっとイージー ノーマル ハードの三つね。

 このゲーム初めてのIDだしイージーで様子見しましょ。

 ゲームによってはフィールドより3倍強いとか信じられない設定してるとこもあったりしたしね。

 ここは真っ当であってほしいね。


 ― 難易度が決定されました イージー ―

 ― 自動でパーティーが生成されます 4/4 ―

 ― インスタンスダンジョン離脱時パーティーは自動で解散されます ―


 ん? パーティー? 周りのNPCと組むって事だよね?

 他プレイヤーじゃないよね?


 一瞬、視界が暗転し、戻った。

 ぐるっと見回す。

 どうやらさっきまでいた入り口から数十歩奥に入った所の御様子。

 居るのは僕と妹様とわんこと白猿さん。

 どうやらプレイヤーの自動マッチングではなかった模様。


「よし行こう」


 みんなで歩き出す。

 白猿さんを先頭にわんこ、妹様、僕の順。

 妹様絶対守るの布陣である。


 洞窟は明るい。

 天井にランタンが等間隔で吊ってあった。

 けれど採掘坑道という感じじゃない。天然物に手を加えた感じだ。


「侵入者! 侵入者っきー!」


 少し歩くと大きな空洞に出て、即時バレである。


「成敗!」


 白猿さんが飛び出した。

 てか、普通に喋る猿が居るのはみんなスルーなの?


「殺せ! 生かして帰すな! 今はカシラを煩わせたらいかん!」


 バスケットボールコート二面分ぐらいの広さなのだけど、その一番奥で指揮官らしき猿が怒鳴っている。

 普通の赤毛猿より一廻りぐらい大きくてわかりやすい。


「指揮官狙うから上手い感じによろしく!」


「はい!」


 妹様に一言掛けて走り出す。

 広場には結構な数の赤毛猿が居るけど白猿さんが棒をブン回しながらあれよあれよと討伐しているのでそう時間はかからないだろう。


「先にいきたきゃオレをたおすきー!」


「壱のかたああぁぁ」


 正面に躍り出てきた猿の腹部目掛けてぶん殴る。

 直撃した猿は勢いよく吹っ飛んでいった。


 幾つVRゲームやってたと思ってるのか。

 走ってる加速エネルギーと体重の重さを乗せた殴り方の最適解ぐらい習得してるにきまってるだろう?

 ※なお、現実だと体がおっつかなくてできない。


「隊長おおおおなにやってんだよ隊長おおおおおおおお!」


 どうやら吹っ飛ばしたのは隊長らしい。


「仇討ちきー!!」

「きー!」「きー!」「きー!」「きー!」 


 6体の猿が飛び掛かってくる。

 徒手格闘は範囲技覚えるまでこういう時面倒で仕方ないね。

 なんて思っていると。


「兄さん!」


 どおおぉぉんと正面上方が爆発して6匹の猿は消し炭と化した。


「グレイトォ!」


 さすが妹様である。阿吽の呼吸。


「次はお前だぁ!」


 広場の奥まで走りきった僕はそのまま指揮官目掛けて突っ込んだ。


「なんのぉぉぉぉ!!??」


 バカめフェイントさぁ!


 指揮官はそのまま突っ込んでくると思ったのだろう、両腕を重ね前方の守りを固めていた。

 けれど僕は指揮官の懐で急停止。からのしゃがみ込み。手刀抉り込み心臓一突き。

 結果はといえばクリティカル判定によるHP全損。


「人型してるエネミーなんぞたいていが心臓の位置にクリティカルポイント置いてるにきまってんだろぉぉ!」


 リアリティを重視したVRゲームの弊害である。


「次はどいつだぁ?」


 と広場の方へ振り返ってみれば既にあらかた殲滅していた模様。

 そして、気づいた。死骸がない。

 さっきの指揮官も全損した瞬間に灰になった。

 IDはそういう仕様なのだろうか?

 としたらドロップはクリア時一括?


「一撃とは。思ったより強いのだな、執行者殿」


 いや、無双してた貴方に言われても。


「白猿様も一騎当千の働きでしたね!」


 お、わんこいいフォロー。


「うむ、そなたも実によい守り手よな」


「ありがとうございます!」


 NPC同士が認め合うシーンはよきかな。


「さて、妹様ご無事? 支援ありがとね」


「かすり傷一つ無いですよ」


 スッと頭差し出してくるのやめない?

 撫でないからね! そんな期待した顔されてもIDクリアするまでお預けだからね!


「人命救助してからね」


 それでも頭ぽんぽんぐらいはする。


「むぅ。今はそれで我慢します」


 そう不満げに言ってるけど尻尾はご機嫌だった。

 なんてわかりやすい!


「さ、進もう」


 号令を掛けて洞窟の奥へ。

 しばらく細い道が続いたかと思ったら、二股分岐に行き当たった。


「どうします?」


「とりあえず左」


 IDなんてそんな広く作らないものだし、迷うだけ時間の無駄。


 とことこ左の道を進むと鉄の壁に行く手を阻まれた。

 上下左右ほうぼうを見回してみたものの、仕掛けっぽい物は発見できず。


「戻るしかないかな?」


「ですかね? 仕掛けもなさそうですし」


「執事殿は何か見つかりましたかな?」


「いえ、だめです。お力になれず」


 全員ダメみたいですね。


「よし戻ろう」


「はい」


 そうして戻って右の道を進む。

 緩やかな下り坂で、行けば行くほど温かく湿ってくる。


「洞窟温泉?」


「それにしては臭いがないです」


「なるほどたしかに」


 考えても判らないし、行けば判るのだからさっさと奥へと進んだ。

 少しすると下り坂が終わり、視界が開け、大広間に出た。


「なんとまぁ」


 そこは全面石造りの大部屋だった。

 とてもシンプルな作りで、彫り装飾も一切ない。


「やはりここまで来たか」


 部屋の奥、5分の1ぐらいの床が低くなっていてお湯が張られている。

 左奥にはなにやら大きな機械が稼働中。

 ただの湯沸かし器にも見えるのだけど。

 そんな湯船に燃える巨大ゴリラがつかっていた。


「ヒトはどこまでもオレの邪魔をする。なぜだ」


 その声はどこか悲しげな感じがした。


「お嬢様はどこだ!」


 わんこが怒鳴った。


「お前の目は節穴か?」


 そう言ってゴリラは部屋の右側を指さした。

 そこにはやはり石造りの長椅子が設置されていて、その上に裸体の少女が横たわっていた。


「お嬢様!」


 駆け寄るわんこ。

 僕もちょっともう少し間近で見たいようなそうでないような。


「酒で寝ているだけだ。傷一つ付けておらん」


 あら、予想外。だいぶ紳士。


「して、そこの犬以外の猫と猿は何をしに来た?」


 僕、虎なんだけどな。まぁ猫科だしいいか。


「森の主の座、返して頂こう」


 そう言い放ち構えをとった白猿さん。


「僕と妹は昨日殺されたから逆襲しに」


「ふ・・・・・・ふふっ。ふははっははっははははは」


 部屋が揺れた。それほどの大笑い。


「なぜもなにもなかった。身から出た錆だな」


 ゴリラはゆっくりと立ち上がった。


「わぁお」


 ヒトの言葉を喋ると言っても野生のゴリラ。

 服なんて着ているはずもなく。

 股間にはそそりたつイチモツ。


「に、にいさん」


 あ、見るの初めて?

 ちょっと涙目なのきゃわいい!


「大丈夫大丈夫。その内見慣れる」


 思ったより小さい。いや、大きいは大きいのだけど。

 人間の巨根という感じだ。3メートルはある巨体のイチモツにしては小さいんじゃなかろうか。


「おおおおおおおおおおおおおおおお!!!!!!!!!」


 急激に部屋の温度が上がる。

 ゴリラの纏う炎が煌々と黄金に輝く。

 真っ赤な獣毛。真っ黒で分厚い胸板。好戦的な表情。爛々と光る眼孔。


「覚悟しろ小童共! 今日は機嫌がいい! この炎消えることはないとしれ!!」


「我は聖白猿天! 貴様等の無秩序な振る舞い許し難し!! 誅罰である!!」


 あ、これ、なんか言わないといけないやつ?


「お前のうしろの湯! 必ず堪能してやるからな!!」


「最高に面白いなキサマァ! オレなど眼中にないてか! キサマから死ねぇえい!!」


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