第24話 滝沢優一の場合 8
「それでは、こちらが開示請求書になります。今回は領収書の控えとかの添付資料も全てお願いします」
NPO法人が出来てすぐに、私は市役所の総務課を再び訪れた。
元バン総務課長は青白い顔を益々青くさせている。
「あのう、これは何の目的でお使いになるので?」必死に抵抗を試みている。
「開示請求書の宛名を見て頂ければ分かりますが、今回からNPO法人名義で書類を出す事になりました。あなた方や監査役が見過ごしてるかもしれないものを再検査します」
課長の顔色は、既に紙のようだった。
「あのう、ご相談なんですが…」
「なんでしょう?」
「せめて、これらを公開するのを4月以降にして貰えないでしょうか?」
ピンと来た。この課長は、4月の人事異動で他部署に移る可能性が高いのだろう。
自分が総務課長の間は余計なゴタゴタに巻き込まれたくないって事だ。
「4月まで待つ事で、我々に何かメリットはありますか?」
「いきなりそんな事を言われましても…」
「メリットは探すものじゃなくて作るものですよ」私は優しく微笑みかける。
課長は、一番見せ場のソロを弾いてる最中に弦が切れたギタリストのような深い絶望をまとった顔になった。
「じゃあ、そのメリットの話も含め、明日お伺いするまでに用意しておいてくださいね。あと、移動まで心安らかに過ごしたいんでしたら、私が開示請求に来た事はあまり上に報告しない方が良いかもしれませんね。ま、いずれはバレるでしょうけど、しばらく時間を稼いでくれるだけで結構ですから」
市役所を出て、北園さんに電話をする。
「当初の予定よりも時間が掛かる可能性が出てきました。ただ、その方がこちらにとっても良い方向に転がりそうです」
「私もそっちの方が助かります。ちょっと忙しくなりそうなんで」
「商売繁盛ですね。良い事です」
「いえ、実はウチの父親がいきなり飲食店を始めると言い出しまして…」
3月には高速道路が出来るので、黒谷には観光客が増えるのは間違いない。それを見越しての出店なのだろう。
「準備がたいへんそうですね」
「そうですね。ただ、ウチは昔父親が山月市内で活き造りのお店をやっていましたし、母親も料理上手ですから、親子3人で細々とやるくらいの、そんなに大きくないお店にするんですよ」
「それでも今からお店を造らないといけないんですよね?」
「実はもう建ってまして」
どういう事だ?
「ウチの父は行動力が凄いんですよ。思い立った当日には地元の大工さん呼んで、その場で契約してましたから。その大工さんも仕事が早いんで、3日で基礎と外壁が出来ました」
それはまた凄い話だ。
「もともと事務所には5tくらい入る水槽があって、そこは近くの湾から引いてきた海水を掛け流してます。そこに活かしてある魚介類をその場で食べられるお店になりそうです」
それは間違いなく評判になりそうだ。
集客力抜群の看板娘もいるし。
「これから中身を作って什器や備品を買い揃えないといけないんですけど、その前に保健所の問題が出てまして…」
「何かありました?」
「ご存知の通り、山月の保健所は厳しいですからね。こちらはなるべくオープンな感じの、潮風を感じながら食べられるお店を考えてるんですけど、保健所の方はキッチリと閉鎖された空間じゃないと許可が出せないと言ってるんです」
やはり私の睨んだ通り、北園さんの周りにはトラブルが絶えない。
「それと、ここの事務所の土地は県有地で港湾事務所の管轄なんですけど、飲食店の使用許可も取れるかどうか微妙なんです。なんでも、他の県有地でヤクザが海の家を開いて揉めたみたいで」
漁業関係は大なり小なりヤクザが関わっている。大掛かりな密漁は言うに及ばず、テキヤのような商売でもそうだ。
「いつくらいにオープン予定なんですか?」
「最初は春休みに間に合わせようって話だったんですが、そんなこんなでGW前までになんとか出来ればと思っています」
「それは好都合です」私は微笑んだ。
「4月をまたいだ方がいろいろと面白い事が出来そうなんですよ」
夜、真柴とミストレスで密談をする。
まだ時間が早いので、幸いカウンターには我々だけだ。
大河内さんにも協力をお願いしてるので密会の場所にここを選んだのだ。
「マスコミ関係はどんな感じだ?」
「ローカルの新聞、ケーブルテレビ、FMはいつでも大丈夫だ。なにせ彼ら、毎日何か取り上げないといけないからな。ネタはいくらでも大歓迎だそうだ」
それはそうだろう。こんな田舎でそうそう毎日面白い事が起こるはずもないし。
「何よりも北園さんの写真見ると、みんな食いつきが違うな」
それも作戦通りだ。
「実は当初の予定よりも遅らせて、4月以降にしようと思ってるんだが」
「そうだな。年度末はなんだかんだでバタバタしてるしな。せっかく何かやっても人事異動でリセットされる事考えたら、その方が良いと思う」
「北園さんが黒谷で飲食店やるってのは聞いたか?」
「ああ、前からそんな話はあったみたいだけどな。俺もロゴのデザインを頼まれてる。まあ、まだ店名も決まってないみたいだから具体的には動いてないけど」
「そこのオープンがGW前らしいから、それも絡めた方が良いかもな」
「私もお手伝い行こうかなあ」大河内さんが会話に参加する。
「確か、夕方までしかやらないって言ってたし、ここを開ける前だったら手伝えるし」
「それは評判になりそうだなあ」真柴の意見に私も同意する。
「大河内さんにもひと肌脱いで貰います」
私はカルーアにウォッカを注いだブラック・ルシアンという強いカクテルを呑み干してからそう宣言した。
「私が脱ぐと高いわよー」大河内さんは胸を押さえる。
正統な、スナックでのママと客の会話だ。
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