第20話 滝沢優一の場合 6
「本日はどういったご用件で?」
市役所の総務課の窓口で、不必要なくらいに真っ黒に日焼けした若い職員が私に言う。
まるでAV男優のようだ。
「黒谷の道の駅の取締役会の資料と議事録の開示請求に来ました」私は書類を取り出す。
「これが開示請求書になります。とりあえず3期分お願いします」
男優君は私と書類を交互に何度も見た後「しょ、少々お待ちください!」と言いながら奥に引っ込んだ。
間もなく、今度は対照的に異常に青白い顔をした、年老いたバンドマンみたいな男が現れた。
「道の駅の開示請求との事ですが、そちらは道の駅とはどういったご関係で?」
「それを言う必要があるんですか?」
「そうですね。一応、利害関係があるかどうかはお聞きしたいので」
多分、上の方に報告する時にいろいろ訊かれるのだろう。
「開示請求書に名前は書いてますが、税理士、司法書士の滝沢と申します」名刺を渡す。
老バンドマンは、艶の無くなった長髪を掻き揚げながら、私の顔と名刺を交互に見る。
「つまり、どなたかの代理という事でしょうか?」
「守秘義務がありますので、その件にはお答えできません」
首からぶら下げたカードホルダーによると、彼は総務課長らしい。ますます顔を青白くさせて下を向いている。
「別に問題ありませんよね? 山月市の出資比率は90%を超えてるみたいですし、そうなると情報公開の対象ですよね?」
「はあ、手続き上の不備はありません。ですが、前例がないもので…」
「では、よろしくお願いします。明日取りに伺いますから。何かあれば事務所までご連絡ください」
前例とか、中のゴタゴタは私には関係ない。
粛々と自分の権利を主張するだけだ。
先日の満漁の料理は素晴らしかった。
さすがに評判になるだけの事はあった。
特に最後に目の前でずっと蒸らしてた土鍋が開けられて、炊き立てのご飯が出て来た時は思わず声が出てしまった。
「ウチの料理は、このご飯の為の引き立て役なんです」と語ったご主人の言葉に偽りはなかった。
名古屋コーチンの卵を使った卵かけご飯で〆て、大満足で食事を終えた。
その後、誘われるままに北園さんと二次会へと繰り出した。
そこは山月には珍しく本格的なバーなのだが、マスターが偏屈な所為でいつ行っても空いている、ある意味重宝するお店だ。
あまり聞かれたくない話もあるので、奥のテーブルに落ち着いた。
私はブラッディマリー、北園さんはモスコミュールで乾杯する。
ここのモスコミュールのジンジャーエールはウィルキンソンの辛口のを使ってるので、かなりドライだ。北園さんは、予想してた味と違ったみたいで少し顔をしかめた。
「辛ッ! でもこれはこれでアリですね」
「私もこっちの方が好きですね」
しばらく他愛のない話を楽しんだ後、本題を切り出す。
「取締役会の議事録はお父様も持ってるでしょうけど、ここはひとつ、市役所に開示請求を出しましょう」
「どうしてですか?」
「実際には開示しても何ら問題の無いものですが、お父様から貰ったというと見当違いの文句言う人も出るでしょうからね。それに、市役所に対して『開示請求された』という意識を植え付ける目的もあります」
「それはどなたの名前で出すんですか?」
「ご心配なく。私の名前でやりますよ」
北園さんは少しホッとした顔をした後、心配そうに訊いてきた。
「でもこれって、滝沢先生にとって何かメリットはあるんですか? なんだか申し訳なくて」
「大丈夫ですよ。いろいろ後々の事を考えてますから」
丁度話し出すのに良いタイミングだ。
「北園さん、NPO法人の代表になりませんか?」
「え?」驚いたようだ。無理もないが。
「それってどういう事ですか?」
「こういった市民活動をするには、NPO法人を立ち上げるのが一番効果的なんですよ」
北園さんは戸惑っている。
「先ほど提案した市民オンブズマンなんですけど、それだけだとどうしても個人の活動になってしまいますが、それを法人化すると、信用度も段違いになるんですよ」
「すみません、NPO法人ってのがよく分からないんですよ」
「そうですね。基本的には非営利の法人ですね」私は説明を始めた。夜はまだ長い。
「普通の会社と違って、利益を目的としていません。ボランティア団体とか教育、人権関係、それにまちづくりとか観光目的の法人も多いですね」
「なんだか難しそうですね」
「北園さんなら分かると思いますが、普通の会社は1~2週間で設立出来ます」
「そうですね。ウチがそのくらいでしたね」
「でもNPO法人は3~4ヶ月かかります」
「そんなに?」
「待ちの期間が長いんですよ。審査があるんですけど、お役所の認定が必要なんで」
「お役所に待たされるんですね」そこら辺は北園さんも身に染みて分かってるだろう。
「その代わり、普通の会社と違って手続きにほとんど費用が掛かりません。資本金も出資金もいりませんし、登録免許税すら必要ありません」
「つまり、お金が掛からない代わりに時間が掛かるって事ですね」
「ひらたく言えばそうですね」
「他には何か違いがありますか?」
「非営利法人ですから基本的な税金は控除されてるものや優遇されてるものが多いですね。ただし、収益事業をやって利益を出すと普通に課税されますけど」
北園さんは考え込む。
「あと、人がいっぱいいります。従業員ではなくて会員って形ですが、これが10人以上必要です」
「それはどうするんですか?」
私は少し間を置く。
「真柴に相談しようかと」
「それはYEGを巻き込むって事ですか?」
「そうなるでしょうね。彼らにとっても悪い話じゃないと思いますよ」
NPO法人を一つ持っておくといろいろな事が出来る。ただ、設立する手続きが煩雑なので手をこまねいているケースが多い。
そこら辺の事務作業をこちらでやるという条件なら乗ってくる団体は多いだろう。
「じゃあ、二人で真柴さんのところへ相談に行きましょうか」
どうやら北園さんは決心してくれたようだ。
最初に総務課を尋ねた翌日、約束通り再訪した私は議事録と資料を貰う。
老バンドマンが何かごにょごにょ言ってたようだが、敢えて聴かない振りをしてあげた。
事務所に戻り、軽く目を通す。
資料の細かい数字は後で精査するとして、まずは議事録の文章をチェックする。
案の定、私の読みは当たっていたようだ。
念の為、北園さんに電話で確認を取った方が良さそうだ。
「お忙しいところ申し訳ありません。この前はご馳走様でした」
「いえ、こちらこそありがとうございました」
「ちょっとお父様に確認を取って頂きたい件がありまして」
「なんでしょう?」
「道の駅の取締役会の時、特産品協議会の会長が自分のところの商品を道の駅に卸す事の承認を、取締役全員に決を採ったかどうかを知りたいんですよ」
「今、近くにいますからちょっと訊いてみますね」
10秒ほど待つ。
「お待たせしました。父が言うには、取締役会でそんな議題は一度も出ていないそうです」
「やはりそうですか」想像通りだ。
「それはどんな意味なんでしょうか?」
「会社の取締役は、その人がやってる他の会社やその人個人と取引は出来ないんですよ。『利益相反』って奴でして、会社法で禁じられています」
「つまり、会長個人や会長のお店の名前で商品を道の駅に納入する事は出来ないって事ですか?」
「そうですね。取締役会で全員が承認していれば問題ないんですが、議事録読む限りはそんな議題はここ3年間一度も発議されてないようですし」
「て事は…」
「山月市が運営してる第三セクターが毎年法律違反を犯してる真っ最中って事になりますね」
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