第21話 真柴智明の場合 8
「真柴君、久しぶりだねえ。私も最近はあんまり現場に顔出さなくて申し訳ないね」
マウンテンムーンの藤山社長が恵比寿顔で迎えてくれる。
「いえいえ、こちらこそ中山さんにはよくして頂いてます」
中山さんというのはフリーペーパーの編集長で、俺に仕事を発注してくれる人だ。
「お陰様でウチもなんとか軌道に乗って安定期に入ったみたいでね。私が現場に出なくてもどうにか回るようになって来たよ」
確か社長はもう70歳くらいのはずだ。普通なら隠居しててもおかしくない。
「さすがに昔みたいに徹夜徹夜で働くような年でもないしねえ。それに僕みたいな老害が口出したら碌な事にならないのは、僕自身が経験上分かってるしね」
「何をおっしゃってるんですか」
この発言でも分かるように、藤山社長は良い人なのだ。社員からの人望も厚い。
「で、今日はこのおいぼれに何が訊きたいの?」
「今日は社長ではなく、郷土史家の藤山さんのご意見をお伺いしたいんです」
藤山社長は驚いた顔をする。
「君が郷土史に興味があるとは知らなかったな。どんな事? 山月城の城壁の特殊性? それとも河童伝説?」
「河童伝説は個人的に凄く興味がありますけど、実はそういった歴史の話ではなく、今現在、そして未来の話でして」
「ああ」察しの良い藤山社長は全て分かったようだ。
「市役所から話が来たよ。有識者会議に出てくれないかって」
「もうそんな話が出てるんですか?」少し早過ぎるような気もする。
「なんでも毎月やるみたいだよ」
なんとなく読めて来た。
市役所としても、何度か会議を開いて、徐々に意見をまとめたという雰囲気に持って行きたいのだろう。
その間に市長の意向を反映させる腹積もりのような気もする。
「社長は今までもいろんな有識者会議に出てますよね? どんな感じなんですか?」
「つまらん会議だよ」社長はコーヒーを飲みながら憮然とした表情を浮かべた。
「最初から結論が決まってるようなものもあるし。結局最終的に決めるのは役所だしね」
「でもいろんな人の意見は吸い上げるんですよね?」
「そりゃあ、そういった体裁は取らないとねえ。お役所のやる事なんだから」社長は苦笑する。
「ただまあ、君も市役所と仕事してるから知ってるだろうけど、役所は書類さえ揃えば、中身は問わないからね」
確かにそれは身に染みて分かっている。
「まあ、茶番だってのは分かってるんだけど、おつきあいもあるし、それに情報はいち早く入るからね」
それはそうだ。俺だって声が掛かれば行くだろう。
「真柴君は身内だと思ってるから、情報は流してあげるよ」社長はウィンクしてきた。
お茶目なおじいちゃんなのだ。
あまり成果は無かったが、取りあえずの報告をしようと滝沢に電話をする。
コールするとすぐに出た。
「丁度良かった。こっちも話があるんだ。夜、事務所に来れないか?」
「ああ、大丈夫だよ」
「北園さんも一緒だ」
なんで彼女が?
事務所に行くと、北園さんもいた。
悔しいが、滝沢と並ぶと美男美女で凄く絵になる。俺が入るのが申し訳なく感じるくらいだ。
「お疲れ様です。コーヒーで良いですか?」
北園さんが甲斐甲斐しく滝沢の事務所でコーヒーを淹れるのもちょっとイラっとする。
我ながら心が狭いな。
「そっちはどうだった?」滝沢がこちらに歩きながら訊いて来る。
「まあ、今のところたいした動きはないけど、藤山社長から情報を流して貰える約束は出来たよ」
「上出来だよ」滝沢は不敵に笑う。
三人で応接室に移動すると、滝沢が資料を出してきた。
「黒谷の道の駅のここ三年間の業績と取締役会の議事録だ」
なんでこんなものを?
「ちょっと北園さんに頼まれてね。そしたら面白いものがいっぱい出て来た」
「例えば?」
「まあ、決算書はまだザッと見ただけだが、それでも現金収入とかは北園さんから聞いた話と照らし合わせると矛盾したところがあるし、今は使ってない施設からの売上も計上されてるし、かなりいい加減だな」
それはなんとなく分かる気がする。
「この決算書だけじゃ何とも言えないが、領収書の控えとかを精査すれば、かなりの矛盾点が見つかるのは間違いないな」
「お前がそう言うんならそうなんだろうな」
「あと、北園さんには説明したが、現時点で会社法に違反してるのは議事録で確認出来た」
「どういう事だ?」
滝沢は会社法と利益相反について説明してくれた。
普通の会社ならまだしも、市の資本が90%以上入ってるところでそれをやってるのは、コンプライアンスも何もあったもんじゃない。
「ま、この時点で告発しても良いんだが、それじゃあ面白くないよな」
滝沢はまた悪い顔になっている。
「どうする気だ?」
「NPO法人を作るんだが、協力してくれないか?」
いきなり何を言い出すんだ?
「ちょっと待て! 話が見えない」
「順を追って説明するよ」滝沢はコーヒーで喉を潤した。
「こうやって開示請求するにも、市民オンブズマンみたいな形でやった方が市役所に対して効果的なんだよ。その上で、個人でやるよりはNPO法人作ってやった方が効く」
「それは分かったけど、協力って?」
「設立には10人以上の会員が必要なんだ。設立に関する面倒臭い手続きは私がやる」
そこで滝沢は北園さんの方を見た。
「そして代表者は北園さんだ」彼女は少し困った顔をしている。
「なんで北園さんなんだ?」
「そりゃあ、アピール力があるからだ。絵になる」
確かに、俺なんかが訴えるよりは遥かに効果はあるだろう。だが。うーむ。
「YEGで10人くらい集められないか?」
「それは会長に相談して、役員会議に掛けてみないとな」
「それなら説得材料があった方が良いな」また滝沢は悪い顔をする。
「NPO法人あると、節税出来るぞ」
それはYEGのメンバーにとっては殺し文句になるだろう。
「中小企業の親父の頭の中の8割は資金繰りの事で占められている」とはよく聴く話だが、資金繰りの中には税金の支払いも含まれている。
「そもそも脱税なんて、5億とか10億とかの売上が無いと意味が無いんだ。それ以下だと経費の方が掛かったりするからな。その点、細かい金額を必要経費にする節税をした方が現実的だぞ」
滝沢の話には凄い説得力がある。
だが、デザイナーの仕事はほとんど必要経費が掛からないので節税のしようがない。
昔と違ってパソコンでやるので画材すら必要ないのだ。
パソコンやソフトも、そうそう頻繁に買う訳じゃないし。
「それでもやり方はいくらでもあるよ」
「本当か!」
つい声が大きくなってしまう。
「別に犯罪じゃないぞ。あくまでも『節税』だからな」
俺は大きく何度も頷いた。
「で、何をすれば良いんだ?」
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