第19話 北園冴子の場合 7
「増田って町会議員だったのがとんでもない奴でな」
満漁へ行く3日前。市役所から帰った私は父親から道の駅の詳しい話を聴いた。
出てくるのは信じられないような話ばかりだった。
「そもそもあそこは俺が昔からの知り合いの県の職員と一緒に梅の花を観に行った時に『ここって何かに使ってますか?』って話になってな」
本当に顔が広いな。
「県の土地なんだけど何にも使ってないって伝えたら『ふるさと創生資金が使えますから何か造りましょう』って話になってな」
「それっていつ頃の話?」
「もうかれこれ30年前になるな」
私が生まれる前の話だ。バブルって奴だろう。
「それで役場と一緒に話を進めてたんだが、途中でその増田ってのがしゃしゃり出て来やがったんだ。奴は町会議員で、昔から悪い噂のある奴でな」
「悪い噂って?」
「役場の奴と一緒に、私腹を肥やしてたって噂はいっぱいあったな」
「具体的に何か知ってる?」
「そうだなあ」父親は少し考え込む。
「道の駅が出来る時に一応住民説明会が開かれたんだ」
それはそうだろう。人や車の流れが変わってしまうし。
「それが何故か、野外で大規模なテント建ててやったんだよな」
意味が分からない。
「なんでそんな事を? それぞれの地区の公民館も、デッカい町営体育館もあるよね?」
「しかもそのテントは説明会が終わったら即日撤去だ」
「そんな無駄な事して何になるの?」
「そのテントを設置した業者から金が入るんだろうな」
呆れて声も出ない。絶句してる私をよそに、父親は次々と信じられない話を聴かせてくれた。
「もちろん、そういうのがおかしいと声を上げる役場の若い奴もいたよ。でもその上司の観光課長が、勤務中に猪の罠を仕掛けに行くようなとんでもねえ野郎でな」
なんだそりゃ!
「結局、唯一そういった不正を暴こうとした奴は役場には一人も味方がいなくて孤立しちゃって、終いにはその梅の木のある林で首吊ったよ」
聴いててめまいがしてきた。ここは本当に現代の日本なんだろうか?
「その後、黒谷が山月市に合併させられて、黒谷役場も山月市役所の支所になったんだが、その時に監査が入って役場の不正が続々と出て来たんだ」
それはなんとなく聴いた事がある。
「住民から水道代をちょろまかして懐に入れてる奴とかもいて、すぐにバレちゃったな。昔からやけに金回りが良いんで怪しまれてたしな」
「その人はどうなったの?」
「そいつも首吊った。奥さんも警察の取り調べの帰りに後追った」
…訊かなければ良かった。
「とにかく無茶苦茶だったな。道の駅の初代支配人もヤバい奴だったしな」
「今度はどんな種類のヤバい人なの?」
そろそろウンザリしてきた。
「役場もバカだから、いろんな仕入れの資金とかを現金で渡してたんだな。いつも札束の入った鞄を持ち歩いてたよ」
犯罪の匂いしかしない!
「とにかく金にルーズでな。そりゃあ確かに漁師はその場で現金で払わないと品物くれなかったりするから、ある程度は仕方ないとは思うけど、ありゃやりすぎだったな」
とにかく、全体的にお金や帳簿にルーズなのはよく分かった。
「もともと俺は、言いだしっぺだから地元の住民代表って事であそこの役員になったんだ。まあ、役員報酬なんか年間数万円だけどな。その時にいろんな取り決めをしたのに、支配人が変わる度にそれを反故にされてな。頭に来て役場に怒鳴り込んでも、その頃の事を覚えてる奴はもういねえし、覚書も保管してないって言いやがるし」
父親は自分で言ってる内に怒りが再燃しだしたらしい。顔が真っ赤になっている。
「あの時、覚書のコピーを貰わなかったのが最大のミスだな。まさか役場があんないー加減だとは夢にも思わなかったからな」
ため息しか出ない。コンプライアンスも何もあったもんじゃない。
出来た時は町営だったとは言え、今は山月市が運営している。運営会社の社長は山月市長だ。さすがに今はこういった問題は解決されたのだろうか?
「今も変わらねえよ」父親は憮然として答えた。
「山月市だけじゃなくて漁協や農協の資本も入ってるし、商工会や商品を納入してる特産品協議会の会長も自動的に役員になるんだけどな」父親もため息をつく。
「せっかく漁協の入札権も貰ってるのにレストランの料理人は一度も入札に来ねえし、特定の業者からしか仕入れねえし、黒谷以外のところから仕入れてるし、無茶苦茶だよ」
父親も言いたい事が溜まってるようだ。
「おまけにこの特産品協議会の今の会長が、自分のところの商品だけ一番良い場所に置くようなセコい奴でな」
それは確かにセコい。会長なら、自分は敢えて引くくらいじゃないと文句が出るだろうに。
「干物屋なんだけど、この前見たら『ホッケの干物』を地元産ってシール貼って売ってたしな」
北海道でしか獲れないホッケが九州で獲れたらニュースになるだろう。
「あまりひどいんで、役場の支所長に文句言いに行ったんだ」
今の黒谷支所長は黒谷の出身の人だ。
「そしたら逆ギレしやがってな。お互い罵り合って終わりだ」
とてもじゃないけど大人の話し合いとは思えない。
やはり滝沢先生に相談するしかないんだろうか?
ナイアガラの滝に飛びこむ覚悟で滝沢先生をお食事に誘った私はOKの返事を貰って舞い上がった。
当日何を着て行こうか丸一日悩んだ。
でも結局は無難な格好に落ち着いた。
一応、ハイブランドではあるが。滝沢先生なら分かってもらえるような気もするし。
料理とお酒は満漁ならまず間違いない。
あそこの満兄は私の10個上で、子どもの頃から可愛がって貰っていた。
京都で修業をして3年前にこっちに帰ってきてお店を開き、瞬く間に地元で一番人気の料亭になった。
私もこっちに帰って来た時に家族で行ったが、文句のつけようがないくらい美味しかった。
東京でもいろいろ美味しいお店に連れて行って貰ったが、まったく負けていない。
寧ろ、魚や肉が新鮮な分だけ勝ってるくらいだ。
滝沢先生もいつになく上機嫌で料理を召し上がっている。
お酒も進んでいる。
そして先生の方から話を振って来てくれた。
先生は私のつまらない愚痴を聞いてくれる。
聞き上手でもあるのだ。
合いの手のタイミングもバッチリだ。
先生の声質も好きなのだが、リズムも心地良い。これは私にとって、結構重要なポイントなのだ。
「第三セクターで、自治体の出資比率が50%を超えていたら情報開示請求が出せますよ」先生が稚鮎の天ぷらを食べながら言う。
二度揚げしてるから頭ごと食べられるくらいサクサクしてて柔らかい。
「それを見れば、おかしいところはいくらでも見つかりそうですね」
山月市の出資比率は90%を超えていたはずだ。
「それは具体的にどうすれば良いですか?」
「私がやりましょうか?」
びっくりした。
こう言ってはなんだが、先生はそこまで親切じゃないと思う。
確かに私はクライアントではあるが、これは完全に業務を逸脱している。
「そんな、何も関係ない先生にお手数をお掛けする訳には行きません」
これは本心だ。あくまでも私の問題だ。
「私にもいろいろ含むところがありまして」
先生はまた悪い顔になっている。多分、また何か考えついたんだろう。
「せっかくですから北園さん、市民オンブズマンの代表でもやりませんか?」
「え?」いきなり何を言い出すのだろう!
「そうすれば、そういった情報開示請求とかもスムーズに出来ますし、話題になるから行政も無視出来なくなりますよ」
「よく分からないんですが、オンブズマンってなんですか?」
「まあ、ひらたく言えば行政の悪行を暴く人ですね」
「私、そんな器じゃないですよ!」
「北園さんは表に出れば良いんです。見栄えがしますから。裏は私がやりましょう」
ひょっとしてこういった事を想定して先生は会社の定款にモデル業とかも入れさせたのだろうか?
でも考える。
これは、先生と急接近出来るチャンスでもある。今まで以上に頻繁に連絡を取れる事になる。
「少し考えさせてください」
「そうですね。お酒も入ってますしね」
先生は上機嫌でふぐの白子をつまんで日本酒で流し込む。
「あと、その特産品協議会の会長もちょっと懲らしめておきましょうかね」
先生は心底楽しそうにそう言った。
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