第18話 滝沢優一の場合 5
「先日はありがとうございました。お陰様で助かりました」
北園さんからお礼の電話を頂いたのは、木曜日の夕方だった。
「お礼と言ってはなんですが、是非お食事でも奢らせてください。実は『満漁』が父親の伝手で予約が出来ますので」
満漁というのは市内の料理屋さんで、一日4組限定の完全予約のお店だ。山月市で一番予約の取れないお店として有名だ。
そう言えば黒谷の人が出したお店だった。
「ありがとうございます。満漁はまだ行った事が無いので嬉しいです。でも、予約が埋まってたら物理的に入れませんよね?」
「身内とか、どうしても断りきれないお客さんの為に、カウンターは空けてあるらしいんですよ。ウチの父親とあそこのオーナーのお父さんが昔からの友達でして、お店がオープンする時にもいろいろ相談に乗ったみたいなんです」
なるほど。満漁の料理は山月のハイソなグルメの人たちにも評判が良い。
多分、今山月では一番と言って良いくらいの人気店だ。
一度は行きたいと思っていたが、さすがに一人で予約してまで行くような情熱は無い。第一、一日4組限定なのに一人では、お店にも迷惑だろう。
「それではお言葉に甘える事にします」
驚いた事に、翌日の金曜日には予約が取れたようだ。よく接待にも使われるお店だから、一番忙しい曜日だろうに。
事務所から近いので、車を置いて歩いてきた。
外観は黒っぽいコンクリート打ちっぱなしの近代的な感じだが、中に入ると木目調の優雅な空間が広がる。
和服を着た、まだ若い女将が迎えてくれた。
「お連れ様、もうお待ちです」
入口一番手前のカウンターから北園さんが立ち上がる。
今日は化粧にも洋服にも気合が入ってるのが分かる。
「滝沢先生、お待ちしてました。今日はわざわざありがとうございます」
「いえいえ、こちらこそ。一度来て見たかったお店なんでありがたいです」
「ここはコースのみですから、基本おまかせになります。お飲み物はどうされますか? 呑まれます?」
「そうですね。車は置いて来ましたから」
「良かった。私も今日は代行で帰りますからおつきあいさせて頂きます」
北園さんは上機嫌でドリンクメニューを広げ出した。
「ここは日本酒とワインが充実してるんですよ。女将さんが日本酒とワインのソムリエの資格も持ってるみたいです」
「じゃあ、せっかくなんで日本酒でお勧めを貰いましょうかね」
北園さんが女将に注文を告げてる時に、カウンターの内側から料理人らしき人が現れた。
「店主の後藤と申します。本日は精一杯勤めさせて頂きます」
見るからにストイックな雰囲気を纏っている。佇まいだけでも期待が持てる。
まずは日本酒で乾杯をした。
ここではお猪口を10種類くらいの中から選ばせてくれる。細かい気配りの行き届いたお店だ。
「改めまして、先日は本当にありがとうございました。お蔭でかなりのストレスが無くなりました」 北園さんが頭を下げる。
「いえいえ、お役に立てたようでなによりです」
日本酒はなかなかフルーティで呑みやすい。
先付3種も色鮮やかで、細かな細工を施している。もちろん、味も文句ない。
カウンターの上に土鍋が置かれた。
「今から土鍋でご飯を炊かせて頂きます」店主が説明する。
「米を炊く水も、この米が採れた田んぼの湧水を使っております」
コースが終わった頃に美味しいお米が炊き上がり、蒸らされるのだろう。
「まずは真鯛の松皮造りになります。本日のご予約時間から逆算して、一番美味しくなる時間に締めました」
そこまで拘ってるのか。
「これは天然のタイなんですか?」
「いえ、養殖です。天然のタイが美味しいのは『桜鯛』と呼ばれる4月頭くらいでして、その後は産卵期に入るので味は落ちます」
「必ずしも天然ものが美味しい訳じゃないって事ですね」
「そうですね。何事にも旬ってものがあります。ブリとかも2月くらいの寒ブリは確かに美味しいですけど、それ以外の季節でしたらちゃんと育てた養殖ものの方が脂が乗ってます」
「『ちゃんと育てた』ってのがポイントですかね」
「はい。このタイも、信頼出来る養殖業者が、餌の配合とかも考えて、日焼けで黒くならないように日よけも造り、真面目に育てたものです。一年中、クオリティの高いタイを供給出来るところです」
確かに、養殖全てを否定していたら、肉なんか食えないって事になる。
「もちろん、天然で良いものが入ればそれを確保しますが、安定供給というのは天然では難しいですね」
それはそうだ。無茶な要求をすれば、それは結局どこかにしわ寄せが行く。産地偽装なんかはそれが原因で起こる事が多い。
「それにタイは、目利きと呼ばれる人でも捌いてみるまで状態が分からない難しい魚です。天然ものでもハズレが多い厄介な代物なんですよ」
割りと身近な魚であるタイも、専門家に掛かると奥深い問題があるようだ。
「ただ、本日はタチウオの良いのが入ってますから、それは塩焼きで召し上がって頂きます」
それは正真正銘天然ものだ。
誤魔化しをしない店主のポリシーも共感できる。
「北園さん、良いお店をご紹介頂きましてありがとうございます。今後もちょくちょく利用させて頂きます」
「そう言って頂けると嬉しいです」少し頬が赤らんでる。
「会社の方は順調ですか?」
北園さんは少し顔を暗くした。
「また何かありました?」
「いえ、会社とは直接関係ないんですが…」
「と、言いますと?」
「先日、真柴さんと一緒に市役所の観光課まで行って、黒谷に新しく出来る物産館の詳しい話を訊いてきたんです」
その話は小耳に挟んだ事がある。
「ああ、なんでも結構大きな施設が出来るようですね」
「ええ、結局は市の土地に民間企業が建てるもので、市は駐車場とトイレと観光案内所の管理をするらしいんですけど」
「その物産館を作る時に市の補助金は入ってないんですか?」
入っていたら「公設民営」って事になる。
「入ってないそうです。国の補助金は貰ったみたいですが」
それだと、その企業が市に使用料を払っていれば何の問題もない。市も口出しは出来ないだろう。
「そこは良いんですが、実はウチの父親も役員をやっている黒谷の道の駅に問題がありまして」北園さんはお猪口を呑み干す。
「詳しくお聞きしましょう」私もお猪口を呑み干した。
「父親にも確認したんですが、とにかく問題が多くて」
「具体的には?」
「道の駅は第三セクターで市の資本も入ってるんですけど、元々は黒谷が山月市に合併される前に黒谷町営で運営していたんですよ」
確かにそうだ。もう20年以上やってるはずだ。
「出来る時からいろいろとキナ臭い話が多かったみたいです。町会議員が仕切って、大きなお金が動いたみたいですし」
なかなか面白い話になってきた。
「ご存知の通り、黒谷の道の駅は海辺にあるんで、海からポンプで海水を引いてるんですが、そのホースの長さが異常なんですよ。どうも地面の下をグルグル巻いてるようで」
「なんでそんな事を?」
「その方がお金が掛かるからじゃないんですかね」
なるほど。お金が掛かった方がその町会議員のふところが潤う訳だ。
「それに、あそこの土地ってもともとは全てが町とか市とか県の土地じゃなくて、私有地もあったんですよ。で、その私有地を黒谷役場が窓口で県有地として買い上げる時に、道の駅と併設するレストラン、宿泊施設のログハウスに地元の人間を優先的に雇うって事と、駐車場の一画を地元の人間が商売出来るように計らうって事になったらしいんですけど」
「けど?」
「今の役場は『そんな昔の話は時効だ』って言うんですよね」
なんだそれは? 契約書は無いのか?
「どうも、契約書というか覚書は役場の人しか持ってなくて、地元の人たちは控えも貰わなかったそうなんですよ。それで、役場の人は『そんなものはもうない』って言い張ってるみたいで」
典型的な詐欺だ。だが、行政がやる事じゃないのも確かだ。
「他にも、あそこに身体を洗う為のコインシャワーがあるんですが、どうもその集金がおかしくて。明らかに現金が少ないんじゃないかって話も出てます」
「集金はどういった方法でやってるんですか?」
「一応、二人組で行く事にはなってるみたいですけど、二人が組めばいくらでも誤魔化せますね」
無茶苦茶だ。管理もへったくれもない。
「おまけに今の支配人にもいろいろ問題がありまして」
まだあるのか。
「第三セクターですから、仕入れは地元の生産者を平等に扱わなくてはいけないはずなんですが、特定の業者からしか仕入れをしません。しかも黒谷の業者ではなく、他の地域から仕入れているものもあります」
それは臭いな。癒着の匂いがプンプンする。
「それにこれは未確認なんですが、値段の高い活き伊勢海老とかが、数が合わないって噂もあります」
「つまり、横流ししてると?」
「あくまでも噂ですけどね」
「伝票で確認出来るんじゃないんですか?」
「それも支配人ならいくらでも誤魔化せるでしょうね」
確かに今聴いてるだけでも管理は相当いい加減のようだ。いくらでも誤魔化し放題だろう。
「あと、これが一番問題なんですが」
「なんでしょう?」
「先日、道の駅のレストランにさざえを納入してる漁師が密漁で捕まりました」
「と言う事は?」
「レストランに納入してるさざえも密漁で採った事が証明されたら、道の駅の運営会社の社長である山月市長が逮捕されます」
それはそうだ。管理責任を問われる。
そうなったらそれはそれで個人的には面白いのだが。
「そうですね。全部解決するのはさすがに無理ですが、いくつかはすぐに対処出来ますよ」
ここの食事代くらいはアドバイス出来そうだ。
北園さんは潤んだ瞳でこちらを観た。
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