第23話 北園冴子の場合 8
「永らくお待たせしました。北園さん、出番ですよ」
滝沢先生からNPO法人が設立されたと連絡があったのは、話が出てから半年後、年が明けてすぐの事だった。
細かい事務作業は全て先生がぬかりなくやってくれた。時間が掛かったのは、単に審査期間が長かっただけだ。
その間にも、理不尽な戦いは相変わらず続いていた。
観光協会がパンフレットとポスターを作るというので写真とデータを渡したら、ポスターではウチの写真で他のお店を紹介してて、パンフレットは定休日も営業時間も間違っていた。
しかも有料広告なのに校正もさせてくれないでそのまま刷ってしまったのだ。
なのに「伊勢海老を扱ってるんでしたら、伊勢海老祭に参加しませんか?」と誘ってくる。
「今度覚書をお送りします」と言うので届いたものを見てみると「別紙参照」と書いてあるのに肝腎の別紙が同封されてなかったりする。
とにかく、やる事成す事全てがいい加減なのだ。
校正なんて観光協会の人とはFacebookで繋がってるんだから、メッセンジャーで送るだけで済むのに。
いい加減なのは地元だけではなかった。
せっかく会社を興したのだから新規事業と売り先の開拓をしようと思い、最大手のネットショッピングモールと契約してネットショップを開いた。
私も一応、昔は自分のブログとかも作っていた。もちろん、ヘッダ画像だけはプロの方にお願いしたものだが。今回もデザインとかは専門家である真柴さんにお願いした。
そこのショッピングモールのシステムは、基本的なデザインが出来ていれば、更新はそんな私でも出来るくらいのものだった。
しかし、ここがまたいい加減だった。
とにかく、こちらから電話をしても全く出ない。会社に人がいても会議中だとサービスセンターに転送される。
毎月出店料を払ってるのに、一般のお客さんと同じ問い合わせ窓口に回されてしまう。
おまけに担当者が口の利き方を知らない。
あまりにもしつこく広告を薦めてくるので「当分、広告は考えていません」とハッキリ答えると「ああ、資本が足りないんですね」と信じられないような失礼な事を平気で言ってくる。
ここの会社は社内公用語を英語にしてるそうだが、それよりは社員の最低限の日本語教育を徹底させる方が良いと思う。
そんなこんなでストレスはマックスだったので、滝沢先生からの連絡は渡りに船だった。
少し、リフレッシュの為にも他の事をするのは良いかもしれない。
おまけに嬉しい連絡もあった。
東京時代お世話になった人が2月くらいに福岡に用事があるらしく、その帰りに遊びに来てくれる事になった。
久しぶりに東京の、業界の風を感じられるのは嬉しい。
先生や真柴さんにも紹介したい。
その日を楽しみに、私は毎日働き続けた。
黒谷の新しい物産館も年末にオープンしていた。
もうすぐ高速が繋がるが、その前にお店として慣れておこうと早目の開店になったようだ。
ウチはそこに貝類を卸す事になった。
ここは、自分でパック詰めをして、値段のバーコードシールを貼る方式だ。
黒谷には貝を採る漁師は多いけど、みんなそういった細かい、面倒臭い作業を嫌う。採ったものがお金になればそれで良いのだ。
だから、ウチがそういった漁師から現金で仕入れて、自分のところの水槽で活かしたものを物産館に持って行く事にした。
年末は、物凄い数のお客さんが来て、嬉しい悲鳴だった。
ウチに直接買いに来るお客さんいるし、物産館に納める商品もあるので、両親に事務所を任せて私はひたすらパック詰めをしていた。
ネットショップの出荷も集中してたし、これで道の駅に商品を納入していたら、身が持たなかったところだ。
でもウチも父親が道の駅の理事をやっている関係上、品物を卸さないようにしてる。
そうしないと、特産品協議会の会長を告発出来ないからだ。
そのきっかけは、全て滝沢先生が図っていた。
年が明けると、物産館以外のお客さんがパタッと少なくなったのも幸いして、タイミング的にはバッチリだった。
滝沢先生に呼び出された私は先生の事務所に来ていた。真柴さんも一緒だ。
「お二人ともお待たせ致しました。ようやく行動が起こせる準備が整いました」
先生は上機嫌だ。
「とりあえず、市民オンブズマン的な役割を担うNPO法人を設立した事を、夕刊紙とケーブルテレビ、FMに知らせましょう」
三つとも山月ローカルのものだ。
「この三つはすぐに取り上げてくれて、流すのも早いですからね。後は月刊のフリーペーパー何誌か当たりますかね。マウンテンムーンは真柴に任せるよ」
「それは構わないけど、プレスリリース的なものは何かあるのか?」
「ぬかりはないよ」先生はそう言って資料を取り出す。
「文言はこれで問題ないと思うんだけど、北園さん、宣材写真で使えるものとかありませんか?」
「モデル事務所に登録する時に撮ったのは、自分でお金出してるんで問題なく使えるとは思いますけど…」
「じゃあ、そのデータをください。プレスリリースに貼っておきます。真柴はその写真を使ってちょっとしたリーフレットを作ってくれないか? もちろん写真メインで」
先生は真柴さんを見据える。
「間違っても生島酒造みたいなセンスにはしないでくれよ」
「元が良いからあんなに磨く必要もないよ」
ボーっとしてる間に、話がどんどん進んで行ってる!
「すみません、私は何をすれば良いんでしょう?」
「北園さんは、私が脚本を書きますから、それを演じてください」先生は不敵に笑う。
「やりがいのある舞台を用意しますからね」
ドMな私は、その言葉に震えるくらいの悦びを覚えた。
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