第13話 北園冴子の場合 5

「この前はお名前をお聞きしていませんでしたね。教えて頂けますか?」

 翌日、山月警察を訪れた私は、昨日の滝沢先生のアドバイス通り、中年の警察官に言った。

 このすだれ頭の警察官に、滝沢先生ならどんなあだ名を付けるだろうか?

 警察官は面倒臭そうに名刺をくれた。

「ありがとうございます。それでは県警の監査室にご報告させて頂きます」

「え?」警察官は、ひょっとこみたいな顔になった。

「な、何を言ってるの?」顔が赤くなったり青くなったりしてる。

「監査室ってのはそういった事の相談窓口ですよね?」私は少し意地悪く言う。

 滝沢先生に感化されてきたのかもしれない。

「告発状が無いからと追い返された事や、密漁の告発を受け付けて貰えなかった事、それからずっと高圧的な態度でタメ口だった事なんかをご報告させて頂きますね」

「そ、そんなもん、証拠もないじゃないか! 録音してた訳でもないだろ!」警察官は悪足掻きする。

「そうですね。証拠はありませんね。でも報告するのは自由ですよね? その後、それが真実なのかどうかは監査室で調べるでしょうし」

 滝沢先生曰く、一般市民からのクレームが監査室に持ち込まれた時点で、その人の査定評価はマイナスになるらしい。

 警察官は完全に沈黙して下を向いてしまった。

「告発状はそちらで書いて、名誉棄損案件として受理して頂けますよね?」

 私はにっこり微笑んで警察官に告げた。

 こういう時には笑った方が効果的だという事も、滝沢先生から学んだ。


 警察署を出た私は、すぐに滝沢先生に電話をしたが、生憎留守電だった。

少しがっかりしながら、近くのファミレスに落ち着く。ここで大河内さんと待ち合わせをしているのだ。

 平日の14時だからか、お客さんが少ない。

 ドリンクバーでカフェラテを注いでる間に大河内さんが現れた。

 少し小走りでこちらに向かってるので、胸がブルンブルン揺れてる。催眠術に掛かりそうだ。

「北園さん、どうだった? 私の方はバッチリ!」

 大河内さんも上手く行ったようだ。

「滝沢先生のアドバイス通りでした」

「こっちもよ! 早速ストーカー規制法の対象にしてくれるって」

「私の方も、近々若い人が告発文の聞き取りをしてくれるみたいです」

 一通りの報告が終わって、大河内さんもドリンクバーに向かい、紅茶を持って来た。

「それにしても腹が立つわね。こんな当たり前の事が知らないと受け付けて貰えないんだから」

 まったく同感だ。知らないという事は罪なのだろうか?

「でもまあ、お役所のやってる事なんかみんなそうかも。補助金なんかも、こっちから申請しないと貰えないものも多いし、そこに士業(さむらいぎょう)の人たちの存在価値があるんだろうし」

「士業ってなんですか?」

「弁護士、行政書士、司法書士、税理士、社労士みたいな資格者の事よ」

 なるほど。

「まあ、滝沢先生のアドバイスは税理士でも司法書士でもないと思うけど」

 確かに、あまり業務には関係なさそうだ。どちらかと言えば弁護士の仕事に近いような。

「弁護士って士業の中でも特別でプライド高いから、自分の仕事に他の資格者が入って来るのを極端に嫌うのよね。確かに法律で弁護士以外の人がやるのを明確に禁止してる事があるのも事実なんだけど。だから滝沢先生はアドバイスしか出来なくて、私たちを直接行かせたんだと思う」

 そうかもしれない。滝沢先生なら、本当は自分で警察に行きたがったかもしれない。

 先生の獲物になりそうな案件だし。嬉々として警察官をいたぶりそうだ。

「でもこれって、山月の警察だけの問題じゃないんでしょうね」

「どういう事ですか?」

「だって、あの人たち転勤があるもの。署長なんて2年くらいで代わるし」

 確かにそうだ。と言う事は、どこの警察でもよくある話なのだろうか?

「県によって結構違うみたいよ。毎年不祥事を起こしてる県警もあるし」

「大河内さんは他の県にも住んでたんですか?」

「私、中学から福岡なの。山月にいたのは小学生までね。福岡県警はまた特殊でね。HPに『手りゅう弾に注意!』って書いてるようなところだし」

 ネットで「修羅の国」と言われている所以だ。

「卒業してもしばらく福岡にいたの。ちゃんとOLやってたんだけどね。ちょっと会社で上司と不倫しちゃって」

 こう言ったらなんだが、なんか似合うなあ。

「で、あっちにいられなくなっちゃって帰って来たの」

 あっけらかんと凄い話をしてくれる。

 そんなプライベートをさらけ出して大丈夫なんだろうか?

「北園さんは、なんか話しやすくて。冴子ちゃんって呼んで良い? 私の事も名前で良いから」

「もちろんです、美香さん」

 単純に嬉しかった。元々私には女性の友達が少ないのだ。

 彼氏が私に色目使うからとか言われても、私にはどうする事も出来ないし。

 でも美香さんは、多分タイプが違い過ぎて、私とはそういった男女間の揉め事は無さそうな気がする。

 あくまでも希望的観測だが。

 昨日観察した限りだと、滝沢先生はおっぱいには興味無さそうだし。


「これも山月に限った話じゃないんだけど、男の人って情報戦が好きなのよね」

 美香さんが二杯目の紅茶を飲みながら言う。

「特にある程度の地位を持った人とか実業家は。もちろん、会社勤めの人も社内の人事とか派閥とかの情報集めるの大好きな人が多いし」

 そうかもしれない。

「結局、子どもの時の陣取り合戦を未だにやってるようなもんね」

 夜の商売やってるから、いろんな事を見聞きしてきたんだろう。

「冴子ちゃんなら分かると思うけど、男って単純じゃない? 最後は金と女。それに付随する権力欲とプライド。なのに現実は見て見ぬ振りで変な夢に振り回されてすぐに騙されちゃうし」

「そうですね。結構偉い人がびっくりするほど欲望に弱かったり、すぐ騙されちゃったりしますもんね」

「特に挫折を知らないエリートほど脆いわね」

 そこら辺もプライドの高さが原因なのかもしれない。

「その点、滝沢先生はちょっと違うみたいね」

 美香さんから滝沢先生の名前を聴くと、ちょっとドキドキする。

「まあ、あの人もお金や女は好きなのかもしれないけど、なんて言うか、その為にミッションがクリア出来なくなるような愚かな事はしなさそう」

「ですねえ。純粋な良い人かと言われると少しアレですけど、少なくとも味方でいる時は凄く頼りになる人ですよね」

「冴子ちゃん、先生に惚れてるでしょ?」

「え?」いきなり確信を突かれた!

「心配しなくても私は手を出さないから」美香さんは華やかに笑う。

「先生も、女としての私には興味ないみたいだし。他の人と違って目線が顔から動かないし」

 やはり美香さんは男からそういった目線で観られるのには慣れているだけに、すぐわかるのだろう。

「もちろん、おっぱい『だけ』目当てで言い寄られるのも困るけど、何にも興味示して貰えないのも寂しいものよね」

 人それぞれ、いろんな悩みがあるものだ。

「美香さん、今は彼氏いないんですか?」

「残念ながらね」美香さんは苦笑する。

 なんてもったいない!

「でもいっぱい言い寄られてますよね?」

「そりゃあねえ。でも、本気かどうかくらいは分かるつもりだしね」

 やはり身体目当ての人も多いのだろう。

「冴子ちゃんこそ、いっぱい言い寄られてるんじゃないの?」

「まだこっち戻ってきたばかりですから」

「そうねえ、これからたいへんそうね。そういった意味では、滝沢先生とくっついたら安心かもね。ただ…」

「ただ?」


「幸せになれるかどうかはまた別問題でしょうね」

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