第8話 真柴智明の場合 4
「真柴さん! 今日例の女優さん来るの間違いないですか?」
市民交流センターで、YEGの例会開始10分前に、林副会長に勝るとも劣らない女好きであるラーメン屋の初芝君が興奮気味に俺に話しかける。
彼はまだ20代と若く、その分直情的だ。
なんでも昔は、車を運転中に好みの女性を見つけると、その子の前でわざと車をガードレールとかにぶつけてきっかけを作ってたという猛者だ。人にぶつけないだけマシかもしれないが。
「30分くらい前に今から黒谷出るって連絡あったからもうすぐ着くよ」
「いーなー真柴さん、もう連絡先ゲットしてるんですね」
「どうせYEG入ったらみんなの連絡先は共有できるじゃん!」
それに今はFacebookもあるから、昔みたいに「まずは電話番号ゲット!」という手間は省ける。
そうこうしてる内に北園さんから電話が掛かって来た。駐車場に着いたようだ。
周りのみんなが息を飲む雰囲気が伝わってくる。
YEGの会員数は50名ほどで、いつも例会に出席するのは30人前後だ。
飲食店経営とかだと夜の会合に出るのは難しいから仕方ない部分もある。
が。今回は、出席者が40人を越えていた。中には店を閉めて参加した奴もいる。
みんな、娯楽に飢えているんだろうな。
エレベーターで下に降り、少し離れた駐車場まで向かう。
北園さんは今日はシンプルなフォーマルスーツを着ていた。それがまた、凄くソソる!
「すみません、真柴さん。何から何までお世話になります」
「いえいえ。みんなお待ちかねですよ」
その言葉に嘘は無い。寧ろ、控えめな表現になってるくらいだ。
狼の群れの中に兎を放りこむようなものなので、誰かが飼育員の役をやるしかない。
エレベーターに乗り込む寸前、駆け込んできたのは俺をYEGに誘ってくれた大志田だ。
「お前、お店は?」俺たちはひそひそ話を始めた。
確か大志田の美容室は20時閉店だったはずだ。
「早めに閉めた」
「嫁さんにはなんて言って来たんだ?」
「『たまにはYEG活動しないとみんなに悪いから』って」
どいつもこいつも!
「北園さん、大志田です。僕の同級生で美容室を経営しています」
大志田がソワソワして目で訴えかけてるので紹介しない訳にはいかない。
「北園です。ちょうどこちらで良い美容室ないかと思ってたところだったんですよ」
大志田は、嬉しさと、彼女がお店に現れた時の嫁さんの反応を考えたようで、実に悩ましげな顔になった。
これから彼女は、この街の男たちをどれだけ悩ませるのだろうか?
北園さんが会場に入ると、みんなが息を飲む気配が伝わって来た。
彼女は多分、こういう雰囲気には慣れっこなのだろう。落ち着いたものだ。
一応みんな大人なので、正式に紹介されるまでは敢えて知らんぷりをしている。
それでも変な緊張感は隠しようもないのだが。
例会は時間通り始まり、新入会員の紹介タイムになった。
北園さんが壇上に上がる。みんなの視線が集中する。
「北園冴子と申します。黒谷で魚介類販売の会社を立ち上げたばかりです。山月市内に知り合いが少ないですし、会社経営のノウハウも諸先輩方からアドバイスが頂ければと思っております。どうぞ今後ともよろしくお願いいたします」
完璧な挨拶だった。やはり人前で喋るのは慣れているのだろう。
会場は割れんばかりの拍手に包まれた。指笛鳴らしてる奴もいる。
いつの間にか横に来ていた町田君が耳元で囁く。
「今日の打ち上げ参加予定人数、40人を越えています」
「ここにいる全員参加って事?」
「打ち上げだけ参加の人たちも後から合流します」
幽霊会員や嫁さんが異常にキツい人以外はほとんど参加って事らしい。
みんなホント現金だな。
なにせ、掃き溜めに孔雀が舞い降りたようなもんだ。みんな浮かれるのは仕方ない。
打ち上げは、基本的に会員のお店が会場になる。
その中でこの人数を収容できる部屋のあるお店は一つしかなかった。
海鮮居酒屋「大敷」だ。
北園さんも魚介類販売をやるんであれば、お得意様になる可能性のあるところだ。
まあ、それを見越して彼女に参加を促したのは俺なのだが。
酔ってる北園さんが見たいというスケベ心も多少なりともある。色っぽいだろうなあ。
例会は滞りなく終了した。
そもそも今日のメインは打ち上げだ。
お目当ては北園さんだけでなく、駅前再開発に関しての情報交換もある。
いろいろな業界、団体に属してる人間の集まりなので、山月市内の事ならほとんどの噂が入ってくる。
後はその情報の精度の答え合わせが必要なのだ。
特に建設関係と駅前商店街連合会からの情報は、突き合わせるとかなり正確な情報になるはずだ。
個人的に市会議員と親しい人たちも多い。
俺は今晩の打ち上げは深い時間になりそうだな、と覚悟した。
会場となる「大敷」ってのは、大型定置網である大敷網が店名の由来だ。
なんでも戦後まもなくの頃、その大敷網に大量のブリが掛かり財を成した先々代が作ったお店らしく、今でも大敷網で獲れた魚を中心に、新鮮な魚介類が食べられるお店だ。
おまけにオール個室で2人から50人まで対応可能なので、いろいろと便利なのだ。
お店は市民交流ビルから近いので徒歩で行ける。
道すがら、北園さんに話しかける。
「今日は歓迎会も兼ねてるんで、北園さんは会費いりませんからね」
「そんな、悪いですよ。ちゃんとお支払します」
「だって黒谷まで代行で帰ると結構掛かるでしょ?」
「そうですね。5千円くらいですかね」
「それ考えたら、会費くらいになりますからね。みんなわかってますから今日は甘えてください。あと、ここのお店のオーナーの親戚が代行やってますから、その人に頼むと安くなると思いますよ」
田舎では、代行運転業が盛んだ。
基本、電車移動ではなく車なので、お酒呑んだらタクシーか代行を使うしかない。
黒谷は山月市内から車で30分掛かるので、代行代もバカにならないのだ。
「何から何まですみません。こんなに良くしてもらって申し訳ないです」
彼女は芸能界にいたという割りに、あまり押しの強さがない。
どちらかというと控えめな性格のようだ。
俺も東京時代は仕事柄たまにモデルと一緒になる事もあったが、彼女たちは基本わがままだったような気がする。
まあ、ひょっとしたら俺の「卑屈フィルター」を通して見てた所為かもしれないが。
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