第6話 真柴智明の場合 3
「…アイツらしい」
理事会で正式に承認されて、晴れてYEGの会員になった事の報告電話を北園さんにした時、山月銀行での滝沢の一件を聴いて、思わずそう漏らしてしまった。
「確か、通帳は銀行から貸与されるものなんで、本当はわざと破損させるのは禁じられてるはずですが、アイツの事ですからそこら辺は上手い事言いくるめたんでしょうね」
「ええ、どっちみち鼻メガネさんはそんな気力も残ってなかったようですし」
鼻メガネってのは、おそらく滝沢がその銀行員につけたあだ名なんだろう。
ヤツは、高校時代からそういった酷いあだ名をつけるセンスはピカイチだった。
ちなみに須山は「ドドンガドン」と呼ばれていた。
意味は全く分からないが、ピッタリだと思ったものだ。
取りあえず、最初の目的であるYEGの件を片付ける事にする。
「来週水曜日、市民交流ビル5階で例会がありますから、その時にみんなに紹介しますね」
「あー、今から緊張しちゃいますね! 真柴さん、助けてくださいね」
電話で良かった。マヌケ面を観られずに済む!
理事会での承認は、別の意味で波瀾だった。
YEGには会長と専務が1人、副会長と監事が2人ずつ、4つの委員会の委員長と、計10人の理事がいる。これに会議所の町田君を加えた11人が理事会のメンバーだ。
理事会は毎月催され、その時に新入会員の審査と承認が行われる。
もっとも、審査で落ちた人はいない。
事前にあまり同じような職種に偏らないように配慮しているのと、紹介制を採っているので、おかしな人が入ってくる心配もそんなにないのだ。
特に北園さんの場合は親会の理事の紹介だったので、何の問題も無かった。
そもそもは会長に持ち込まれた案件を、一番人数の少ないウチの委員会に振られたものだったので、便宜上俺が上申した形にしただけだ。
彼女の「元女優」の肩書も強力だった。
「写真無いの、写真!」自他ともに認める病的な女好きの林副会長が、前のめりになって口角泡を飛ばしている。
「林さん、落ち着いて!」YEGきっての良識派である蒲田副会長が諌める。
「履歴書じゃないんだから、写真は無いよ」いつも冷静な片桐会長が突き放す。
入会申込書は、名前と会社名、肩書、連絡先、志望動機を直筆記入するだけだ。
「まあ、やるだけ無駄だとは思いますが、一応決を採りますか」
進行役である三上専務が全員を見渡す。
「北園冴子さんの入会に賛成の方、挙手をお願い致します」
もちろん、全員が手を挙げる。
「全会一致で北園冴子さんの入会が認められました」三上専務の言葉に、みんな拍手で応える。
「真柴君、もう会ってるんでしょ? どうだった?」林副会長が顔を輝かせて俺を見つめる。
「そりゃあもう、ちょっとここら辺では見かけないようなとびっきりの美人ですよ」
林副会長は、すっかり顔がとろけきっている。
「うわー! 楽しみだなあ。次の例会っていつだっけ?」
「来週の水曜日の19時から市民交流ビルですね」町田君がスケジュール帳を見ながら答える。
「仕事が手に着かないなあ。どうしよう!」
林副会長は保育園の園長先生だ。一応、園児の母親と保母さんには手を出さないというポリシーだけは守っているらしいが、その他は実に奔放だ。ちなみに既婚者だ。
YEGのメンバーは、所謂「中小企業のオヤジ」の集まりなので、林副会長ほどではないにせよ、既婚未婚問わず「性に奔放な人」が多い。
ほとんどの人は、市内で遊んだらすぐにバレるという危機感を持ってるので余所に行った時にはっちゃけてるようだが、強者たちは市内でも暴れてるという風の噂を耳にする事がある。
つまりは、バレバレなのだ。遊ぶ場所は限られてるし。
スナックやラウンジのお姉ちゃんを口説いたら、同級生の娘だったという地雷もあるようだ。
山月市は異常にスナックが多く、そこで働いてる女性のシングルマザー率も高い。
それを考えると、自営業の多いYEGメンバーの独身連中は結構モテてるようだ。
ただ、不動の一番人気は公務員だ。なにせ山月市の公務員は、民間の3倍近い年収がある。
夜の街にお金落とさなければバチが当たるってもんだ。
「真柴さん、電話終わりました?」
「人材育成委員会」の委員長である、スポーツ用品店を経営している三田君が俺を呼ぶ。
理事会終わりで、やはりYEGメンバーである大町さんが経営する居酒屋「樽や」に有志で集まったのだ。
入店すると太鼓の音が迎え入れてくれる。
大町さんは駅前商店街の理事もやっていて、とにかくやたらとこの街の事情に詳しい。
新しく出来るお店、新しい政策、役所や公共団体の人間関係、なんでも知っている。
昼間に商店街の仕事をやって、夜は家族経営の居酒屋を開いてるんで、いつ寝ているのか不思議だ。去年倒れて入院してたから、普段は寝てないのかもしれない。
「樽や」の2階は10人ほど座れる座敷があり、外階段から上がれるので、他のお客さんと顔を合わせずに済むようになっている。秘密の話をするにはもってこいの場所なのだ。
大町さんも、お店はご両親に任せて我々に合流してる。刺身の注文が入った時だけ厨房に戻るのだ。
「今日の話題は黒谷の元女優さんでしょ?」
大町さんは、丸い顔と身体全体をニコニコさせて焼酎のお湯割りを作ってる。
山月で売られている焼酎はアルコール度数が20度だ。通常の25度の焼酎より呑みやすい。
「大町さん、何か情報あります?」
「他団体交流委員会」の委員長である寝具店の惣領君が訊く。
各委員会の委員長は他の理事と比べて若い人が多いので、その分興味が尽きないんだろう。
「高校は山月の東高を出てますからね。同級生も何人かいるんで、その子たちからいろいろ訊いてますよ。なにせ目立ってたみたいだし」
そりゃあ、あれだけ綺麗なら目立つだろうな。
「文化祭で体育館で演劇やった時は凄かったみたいで、他の高校から生徒が押し寄せてきて、テレビでも取り上げられたらしいです」
高校時代の北園さんも観てみたいものだ。今とはまた違った魅力に溢れていたんだろうな。
「当然モテモテだったみたいですけど、告白した先輩や同級生はみんなフラれたようですね」
こっちの田舎臭い高校生じゃあ、相手にもならなかったんだろうな。
「基本的にあんまり同級生とも交流なかったみたいで、これくらいしか情報ないんですけどね」
大町さんの言葉に他のメンバーは落胆と来週の例会への期待が入り混じった表情を浮かべた。
「そう言えば、真柴さん、滝沢先生と同級生でしたよね?」大町さんが思い出したように言う。
「またヤツが何か仕出かしましたか?」
「なにか山銀で暴れたみたいですね」
「ああ…」さっき聞いたばかりの話をかいつまんで説明した。
これがまた大町さんを介して他に広まるんだろう。
いつもいつも貰うばかりじゃなく、こうやってたまには与えないと、新鮮な情報は入って来ないのだ。
「大町さん、何か大ネタは無いんですか?」
いー具合にみんなが酔っぱらって来た頃に、三田君がけしかける。
「とっておきのがありますよ。ただし、まだ他言無用で」
みんなが一歩前へ出る。
「駅前再開発が決まりました。ゴーストタウン山月駅が新しく生まれ変わります!」
みんな、一瞬で酔いが醒めた。
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