第11話 真柴智明の場合 5

「いらっしゃいませ。皆さんお待ちしてました」

 二次会の会場であるスナック「ミストレス」に一番最初に着いた俺をオーナーの大河内美香が迎えてくれる。

 大河内さんは32歳独身。

 一見和風顔のすっきりした美人なのだが、特筆すべきはその常人離れした爆乳だ。

 なんでもIカップあると言う。

 林副会長や初芝君といった女好きじゃなくてもその魅力には抗いがたく、眼を見て話そうと心掛けてても、ついつい視線を下げてしまう。

 そんな彼女にご執心の男たちでお店はいつも繁盛している。

 今日は貸切かと思いきや、カウンターに男が一人座っている。

 どうやら焼酎のビール割りを呑んでるようなのに、やけに顔色が悪い。今にも吐きそうだ。

「ママ、あの人大丈夫なの?」こっそりと耳打ちする。

「お連れの方がいらっしゃるので大丈夫だと思いますよ。今、トイレに入ってらっしゃいます」

 そう言ってる間にトイレのドアが開いた。

 出て来た男を見て、俺はつい叫んでしまった。

「滝沢!」

「やあ、真柴じゃないか。ドンちゃんたちは元気か?」

 ドンちゃんというのは須山の事だ。「ドドンガドン」の略称なのだろう。

 と言うか、滝沢の中では俺と須山は仲が良いという認識なのだろうか?

「滝沢先生!」俺の後から入って来た北園さんが滝沢に気付く。

「こんばんは、北園さん。今日は一段とお綺麗ですね」

 滝沢はこういった気障な台詞を平気で口にする。しかも悔しい事にそれが凄くスマートに聴こえる。性格は最悪なのに、ルックスと品は良いのだ。

 北園さんも酔った頬を一段と染めている。可愛い。

 そうこうしてる内に、YEG御一行様がゾロゾロと到着しだした。

 町田君も滝沢に気付いて挨拶をする。

「皆さんの邪魔になりそうなんで我々は退散しましょうかね」柄にもなく滝沢が気遣いをする。

 滝沢の連れの人が少しホッとした顔をする。

 いったい、どんな目に合っていたんだろう? 絶対に楽しいお酒じゃなかっただろう。

「そんな、せっかくですからもう少しいてくださいよ」北園さんが甘えたように言う。

 そんな彼女を観れたのは嬉しいが、対象が滝沢というのが気に食わない。

「そうですよ、YEGのみんなにも紹介しますので」町田君までそんな事を言いだす。

「それでは滝沢先生、私はこの辺で…」

 滝沢の連れが幽霊のように立ち上がって、会計を済ませて足早にお店を後にした。

 いったいどんな責め苦を味わったんだろう?


「今出て行ったの、市役所の土木課の人だな」ボックス席に落ち着いてから、片桐会長が呟く。

 それでなんとなく分かった。滝沢はその人から駅前再開発の情報を探ってたんだろう。

 あいつの事だから、何か弱みを握って脅しまがいの事をやってた可能性もある。

 市役所の人の顔色の悪さから考えると、その確率はかなり高そうだ。

 二次会には20人近くが参加している。

 ここではディープな駅前再開発に関する情報交換が行われる予定だ。

 事情通の大町さんも、お店を終えて駆けつけている。

 なにせ、駅前が変わるという事は、駅前の不動産価値が上がるという事だ。

 多分、何倍にも膨れ上がるだろう。

 そして賃貸でも、今は空き店舗になってるところがこれからの開発での導線次第で大化けする可能性が出てくる。

 早めに細かい情報が入れば、いち早くそういった物件を押さえる事が出来る。

 これはもう情報戦であり、時間との勝負なのだ。

「駅前の話の前に、国道沿いにタカダ電器が出来る事が決まったよ」片桐会長が口火を切る。

 会長の本業は不動産なので、新しい出店情報はかなり早くて精度が高い。

 タカダ電器は全国展開をしている大手家電店で、創業者が山月出身なのに、地元の電器店たちの猛反発で出店出来なかったはずだ。

 中でもケイセイ電器というところは店頭でタカダ電器のスキャンダルを書いた雑誌のコピーを配るという、著作権も何もあったもんじゃない行為を繰り返している。

「よくケイセイ電器が許しましたね」三上専務が訊く。

「どうやらケイセイ電器が持ってた塩漬けの土地がパチンコチェーンに売れて、莫大な金が入ったらしくてね」

「あー…」みんな納得した。「金持ち喧嘩せず」って奴だ。

「他にも、その近くに大手ディスカウントストアが出来るって話もあるし、駅前だけじゃなくてあの辺りもにぎやかになるだろうね」

「高速も繋がりますからね」林副会長が言う。

 今は山月から西にしか伸びていない高速道路が、東にある黒谷を経由して隣県と繋がる予定だ。そうなると、車の流れが変わる。

 ただし、下手をすると通過されるだけの「ストロー化現象」になる恐れもある。

 車で行きやすいって事は、出かけやすいって事でもある。

 地元から隣県に遊びに行ってしまう人もそれだけ増えるのだ。

「高速に関しては、多分一番影響があるのは黒谷だろうな」片桐会長はカウンターに座っている冴子の方をチラっと見る。

「県境ですからねえ」俺も相槌を打つ。

「どれだけ観光客を呼び込めるのかの勝負になるだろうな」

 黒谷の人たちにとっては駅前再開発よりも高速道路の方が重要だろう。

 しかも高速は来年には繋がるのだ。隣県との競争は既に始まっている。

 黒谷にも、そして黒谷から高速で10分ほどしか離れていない隣県の藤田市にある大浦地区にも、物産館併設のパーキングエリアがそれぞれの高速の出口付近に出来る事が決まっている。

 どちらも漁港なので、物産館もレストランも魚がメインになるだろう。


「三上君、観光協会の方はどうなの?」片桐会長が訊く。

 三上専務は本業が乾物屋で、観光協会の副会長も務めている。

 但し、観光協会の副会長は16人いる。なんでそんなに必要なのかは誰にも分からない。

「どうやら観光協会の別館が新しくなる駅ビルに入るみたいな話が出てますね」

「そりゃあそうだよな。当然、山月交通も入るだろうし」

「そこら辺、JRも絡んでくるんでしょ?」林副会長が訊く。

「そうですね。ただまあ、駅ビル自体は山月市が作るものですから、あくまでも運営は山月市が指定した管理業者になると思いますよ」

「問題はそれがどこになるかだよなあ」片桐会長がソファに沈み込む。

「それって地元の企業とは限らないんですよね?」俺としてはそこが気になる。。

「そうだな。あくまでも入札になるだろうけど、逆に地元企業では手に負えないくらいのデカい案件のような気もするし」

 片桐会長は地元の企業の技術面や資金力もよく知っているので説得力がある。

「前もあったんだよ。大きい公共工事で、県外の企業が入札に参加した時に『地元企業に優先的に回せ!』って市長にねじ込んだお偉いさんがいたんだけど、結局どこもそれを受けるだけの技術がなくて、結果的にそのねじ込んだ人が恥かいたって話が」

 実にありそうな話だ。

「ソースは確かだよ。直接市長に愚痴られたもん」片桐会長は市長とも仲が良いのだ。

「真柴君、街づくり委員会の委員長として今年はたいへんになるぞ!」

 蒲田副会長が俺の背中を叩く。

 確かに今年は山月市にとって、かなりの大変革の前触れになる年になりそうだ。

「大町君、何か新しい情報はある?」三上専務が訊く。

「そうですね。駅前の商店街連合会で新しいプロジェクトが出来まして、一応法人化を考えています」

 駅前には商店街が3つあり、それが連合会を作っている。

「それは当然、駅前再開発を見越して?」

「はい。市役所との交渉とかはそこでやる事になります。空き店舗を事務所にする予定です」

 悲しい事に、駅前に空き店舗はいくらでもある。より取り見取りだ。

「市役所との交渉って、主にどんな事を想定してるの?」片桐会長が訊く。

「一番は街の導線ですね。警察やJRを交えての交渉になりますけど、駅前の道路やロータリー、駐車場や自転車置き場、タクシー待合所、バス乗り場なんかの場所をどうするか、駅前のデザインを一新しないといけませんからね。そうすると、駅前の土地を持ってる方々との交渉も必要になりますからね」

「そうだなあ、一番問題になるのは駐車場だろうし」

「それに、今現在駅前で駐車場を営んでる人たちがいますから、市が無料駐車場を増やすと、その人たちへの『民業圧迫』になる可能性もありますしね」

 市役所としては、建前上、民間企業の商売の邪魔をする訳にはいかないのだ。

 まあ、山月市の場合は気付かずにやっちゃってるケースも多々あるが。

「駅前は、高層マンション以外はほとんどが個人商店ですから、何をするにも必然的に商店街連合会との交渉になるんですよね」

 大町さんもますます寝る暇が無くなりそうだ。

「ウチでもプロジェクトチーム作った方が良さそうだな」片桐会長が宣言する。

「大町君、真柴君は決まりとして、後は外せないのは大友君か」

 大友さんは、市の大きな催し物のほとんどを手掛けているイベント屋さんで、市役所の観光課や土木課に異常に顔が利く。

「その3人中心で、後の人選も3人に任せるよ。来月の理事会でそれについて話し合おう」

 

エラい事になりそうだなあ。

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