第22話 滝沢優一の場合 7
「早速10人集まったぞ」
真柴から連絡が入った。
「お前の言う通り『節税』の話をしたら、みんな二つ返事だった」
みんな税金には悩まされてるのだ。
「NPO法人にしなくても、真柴みたいにフリーでやってる個人事業主なら、ウチの顧問料以上の節税は簡単だけどな」
「いくらでどこまでやってくれる?」
「そうだなあ。ウチは一番安くても毎月1万円、確定申告の時に6万円、それに年末調整やマイナンバーの管理費とかで年間20万円近くは掛かるけど、込み込みで10万円でも良いよ。確定申告の一ヶ月前までに領収書と請求書、金融機関の通帳の控えを貰えれば」
「そんなに安くて良いのか?」
「同級生割引と、今回の手間賃だ」
実際、パソコンに打ち込むだけだからそんなに手間は掛からない。打ち込みの早い職員なら、一日で仕上げられるだろう。
「まだ売上が1000万円超えてる訳でもないだろうから消費税も掛からないしな」
「デザイナーでそんな売上があったら一流だよ。こんな田舎じゃ無理だな」
「仮に1000万円超えたら、その2年後から消費税収めなきゃならなくなるから結構キツいぞ」
「1000万円の8%だと80万円だもんなあ」
「まあ、諸々控除があるから30万円くらいにはなるけど、それでも一括で払うのはたいへんだろ?」
「そうだな、一ヶ月の稼ぎが飛ぶからなあ」
今はカードで分割払いも出来るようになったが、以前は消費税を払う為に金融機関に融資を申し込む人も多かったくらいだ。
「真柴の場合、仕入れがないからキャッシュフローもあんまり考えなくて良いから楽だよ」
「正直、今まであんまり税金の事とか考えてなかったからなあ」
「今住んでる実家にお金入れてるんだったらそれも経費だし、当然水道光熱費の一部も経費で認められるからね」
「それも面倒臭くてやってなかったなあ」
「あと、デカいのは車関係な。新しく作るNPO法人の車って事にすればガソリン代も経費だ」
「それって名義を変えるって事か?」
「名義はそのままで、真柴からレンタルしてるって事にする方法もある」
真柴はため息をついた。
「いろんなやり方があるもんだなあ」
正直真柴くらいの収入だと、節税してもたいした事は無い。外で飲み食いした時の領収書が経費として認められたとしても、会社員みたいに全額戻ってくる訳ではないし。
それでも、一円節約するのは、一円稼ぐのと同じなのだ。
「まあ、こっちもプロなんだから、報酬以上の満足感は保証するよ」
真柴は頷く。
「分かった。お願いするよ」鞄からリストを取り出す。
「これが今回参加しても良いって人のリストだ。俺も含めて10人。もっと呼びかければ集まると思う」
「ありがとう、とりあえずはこれで充分だ」
まずは設立する事だ。時間が掛かるし。半年以内にはどうにかしたいところだ。
「なあ、滝沢。北園さんをどうする気だ?」
「人聞きの悪い尋ね方だな」私は苦笑する。
「彼女がまだ女優を続けたいと思ってるなら、舞台と役を用意しようとしてるだけだよ」
私が見た限りでは、彼女はまだ華やかな世界に未練がある。こんな田舎でくすぶってる事には耐えられないはずだ。
「ジャンヌ・ダルクにでもさせる気か?」
「天草四郎でも良いけどな」
真柴は眉根に皺を寄せる。
「どっちも最後は悲惨じゃないか!」」
真柴が帰った後、私は事務所の中で一人になって考える。
タマは揃った。
退屈な田舎の暮らしに、刺激が加わる予感がする。
ずっとぼんやり考えていた事が、北園冴子という極上のコマが揃った事でようやく動き出せる。
幸いにも、彼女は私に好意を抱いてくれているようだ。
その感情を利用するのは心苦しいが、大義の為だ。
少なくとも山月市は多少住みやすくなるし、巨悪は勢力を弱める。
何より私は退屈せずに済む。
退屈は人間を腐らせる。
私の事を人非人扱いする奴もいるが、大いなる誤解だ。
私は刺激が欲しいだけなのだ。
そういった意味では、北園冴子は大いに刺激的だ。
美しい人の周りではトラブルが絶えない。
残念ながら私は彼女の気持ちに応える事は出来ないが、そういった理由でずっとそばにいたいと思う。
そしてそのトラブルを解決して行きたい。
それは愛情とは違うものだ。
まだきっと名前がついていない感情なのだろう。
人は、名前のついてないものに不安を覚える。
そして不安だから確かめようとする。
でも、確かめようとすると消えて無くなるのかもしれない。
結局、不安からは逃れられないのだ。
だからこそ、面白くもあるのだが。
何もかも分かる世界なんて面白くない。
不確定だからこそ面白いのだ。
真柴やドンちゃんは不確定要素だから面白い。
これは私の勘だが、彼らの存在は、多分これからいろんな事を引き起こす。
それすらも楽しみだ。
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