第15話 真柴智明の場合 6
「今日はなんか物騒な話?」
イベント企画会社「大友企画」の応接室で専務の大友さんが俺に言う。
大友さんは社長の息子で、次期社長だ。
「お察しの通り、駅前再開発の件です」
「まあ、そうだろうね」
大友企画にも社員デザイナーはいるのだが、仕事が立て込んでる時とかには、たまに俺にも仕事が回ってくる事がある。
なので、ここの応接室にも良く出入りしてるのでアウェイ感はない。
「片桐会長からの指令でして、YEG内に駅前再開発に関するプロジェクトチームを作る事になりました」
「メンバーは?」
「とりあえず、俺と大友さん、それに大町さんです。後は我々で決めて良いそうです」
「相変わらず片桐さんは強引だなあ。まあ、そういう人がいないと物事が進まないから仕方ないけど」
そうなのだ。多少強引でも、やらないと何も始まらない。そういった点では片桐会長は推進力の強い、優秀なエンジンだ。
たまに暴走するが、その時は蒲田副会長という優秀なブレーキ役が止めに入る。
「で、具体的には何をすれば良いの?」
「まだ情報収集の段階ですから、みんないろんなコネを使って情報を集めてます。大友さんもいろいろ聞いてますよね?」
「まあねえ。今の市役所の土木課や観光課はその話で持ち切りだしね」
「ですよねえ。観光協会もそうでしょうし」
大友さんも16人いる観光協会の副会長の内の一人だ。
「何か面白い情報はありますか?」
「うーん、何かあったかなあ」大友さんはソファにもたれてしばし考え込む。
「駅前再開発だけじゃなくて市役所も建て直すってのは知ってるよね?」
「いえ、初めて聞きました」
びっくりした。そんな大規模な話だったのか!
「まあ、これは建築関係以外はあんまり関係ないっちゃあ関係ないからねえ」
「移転って事は場所も変わるんですか?」
そうなると街の導線が変わるって事だから、話は違ってくる。
「いや、一時期今の駐車場のところに仮庁舎は出来るみたいだけど、今と同じ場所に豪華なものを建て直すみたい」
それだと確かに商売的にはあまり関係が無い。寧ろ、市民サービスとかの窓口がどうなるかの方が重要だ。
ただ、規模がデカいだけに動くお金の額が半端ない事は間違いない。
工事も入札になるだろうから、建築関係は死活問題だろう。下請けも含めたら、かなりの会社に影響があるのは明白だ。
「時期的には駅前再開発よりも市役所建て替えの方が早いだろうしね」
「そうなんですか?」
「駅前再開発は3年後を予定してるけど、市役所の建て替えは再来年くらいには終わるんじゃないかな?」
確かに駅前再開発はJRや山月交通や駅前商店街や付近住民とかとの交渉が必要だが、市役所の建て替えは、議会の承認さえ得られれば市役所内だけで決められる。
その分、スピーディに事は運べるはずだ。
「ウチも多分、いろんな看板とか案内表示とかを造らなきゃいけないだろうしね」
確かに、市役所でも駅前でも、そういったものはいっぱい必要になるだろう。
大友企画は、市役所絡みのイベントをいっぱい請け負った実績があるので、そういった発注に関しては太いパイプを持っているのだ。
「そうそう、コンサルタントの話はもう聞いてる?」
「なんですか?」
「まだ正式には決まってないんだけど、どうも東京から売り込みに来たコンサルタントを市長がエラい気に入っちゃって、その人の案を中心にガイドラインが造られるっぽいんだよね」
「正式に決まってないってのは?」
「議会どころか有識者会議も通ってないからね。これから根回しするんじゃない? 議会はともかく、有識者会議だったらそんなに反対する人もいないだろうし」
議会だと市長と対立する市議会議員の派閥もあるから下手な根回しはかえって危険だろうが、有識者の人たちは、基本的には市に集められる訳だから、市長が決めた方針には逆らわない。
極端な事を言えば、逆らう可能性のある人を有識者会議から外せば良いだけだし。
「そのコンサルタントって何者なんですか?」
「詳しくは知らないけど今までいろんな地方都市の再開発を手掛けてきた実績はあるみたいよ」
「そのコンサルタントの案って具体的にはどういったものか分かります?」
「なんか、ハコモノを造るらしいんだけどね。ただ、それだけだと以前の失敗例があるから議会を通らないだろうし、今回は別の切り口があるみたいよ」
それはそうだ。
「そこら辺の情報って探れます?」
「分かった。聞いとくよ」
大友さんだったら、そこら辺の情報収集は屁でもないだろう。
「あと、有識者ってどこら辺の人たちなんですか?」
「いろいろだよ。郷土史家、大学の先生、福祉施設長、映画館支配人、新聞社、団体だと商工会、ボランティア協会、医師会、各金融機関、飲食店組合、警察署、農協、漁協、郵便局、それに観光協会」大友さんは指折り数えだす。
「そりゃまたいっぱいいますねえ」
「まあ、今回その中から誰が有識者会議に呼ばれるかはまだ分かってないけどね」
なるほど。そこからまた絞られる訳だ。
「そこも調べないとですね」
「宿題いっぱい出されたなあ」
大友さんは苦笑した。
一通りの話を終えて大友さんと応接室で雑談をしているとケータイが鳴った。
表示を観ると、須山からだった。
滅多に電話なんかしてくる奴じゃないので少し驚いて出てみる。
「どうした?」
「あ、マーシー殿、今大丈夫でござるか?」
こういう事を訊いて来る常識は持ってる奴なのだ。
「ああ、大丈夫だよ」
「実は、滝沢君から電話があって、マーシー殿と連絡が取りたいって」
須山も少し動揺してるようで、いつもの躁状態の話し方じゃない。
「それでなんで須山に?」
確かに滝沢には名刺も渡してないから俺の連絡先が分からなかったんだろうが、最近の感じだと北園さん経由の方で連絡がありそうだが。
「それは拙者にはわからないでござる」
まあ、そりゃそーだ。
つーか、滝沢は須山の連絡先は知ってた訳だ。そっちの方が意外だ。
学生時代、滝沢と須山が喋ってるところなんて観た事ない。
こう言っちゃあ須山に失礼かもしれないが「人種が違ってた」し。
どこにも接点なんかないと思ってたから、この前ミストレスで会った時に、社交辞令とは言え須山の事を訊いてきたのが意外だったのだ。
要件はだいたい推測できる。駅前再開発の情報交換だろう。
他に滝沢が俺に連絡を取りたがる理由は思いつかない。
「滝沢君のケータイ番号、後でLINEで送るなりよ」
「ああ、悪いな」
須山からの電話を終えると、興味津々って感じで大友さんが訊いてきた。
「今のもキナ臭い話?」
俺は一拍置いて言った。
「ええ、かなり」
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