バックステージ
「バックステージか」
橘川蔵人は思わず呟いた。
『はい?』
南雲の聞き返す声が携帯端末から流れてきた。
聞いた状況から推測をしている途中で、つい出てしまった独り言の癖を、携帯端末のマイクにしっかり拾われてしまったようだ。
「あ、いや──」
「こっちの話」と出かかったが、今後のことも考えると知っておいた方が良いと思い直し、軽く説明しておくことにした。
WAPは状況や魔族に合わせいくつかの結界を使い分けている。
展開が早く広範囲に張れる反面あまり強度のない「対魔族結界」、範囲は狭いが強度のある戦闘ライブ用の「戦闘結界」、そして強度を重視した「最終結界」。
「対魔族結界」と「戦闘結界」が見せることを目的とした結界に対し、「最終結界」は、魔族の隔離を最優先とした結界であることから「人払い」の機能が備わっていて、WAP関係者以外は立ち入ることができない。
しかもご丁寧に、『報道の自由』を掲げた無謀な取材により、不測の事態を招く恐れがある──という理由から報道規制の対象にもしている。
そのため報道関係者の間では、戦闘結界の「ステージ」に対して、多少の皮肉を込めて「
『じゃあ、やっぱり大変なことになってるんですか?』
南雲の声に不安の色が濃くなった。
「いや、必ずしもそうとは限らないさ」
『そう……なんですか?』
「例えば何か知られたくない事情がある場合──とかね。全く危険のない魔族に対してでも
『知られたくない事情?』
「むしろ知られたくないことばかりだろうね、
つい笑いが混ざってしまった。
『ああ……』
妙に納得したという声が返ってくる。
「加えて草薙桜夜の魔法は、剣速のみに絞っているためか非常に効率が良い。SIZUKIのように歌っている間だけという制限がなく、歌い終わってしばらくは維持される。本人の魔力容量も大きいから観客の魔力供給がなくても充分に戦える。そのためか
そこで口元を緩めた橘川は、
「案外、観客が居ると邪魔、戦いにくい、なんて気分的な理由で
軽口を言ってみせた。
それから、真面目に戻して、
「仮に強敵だったとしても、君たちが心配することはないさ」
草薙桜夜が転校してきて、その日のうちに戦闘ライブになったということは、事前に魔族の出現を予測し準備していたと考えるのが自然だ。
つまりWAPのスタッフは既に現場入りしており、万全の体制が整っているということに他ならない。
そうなると、南雲が近づくのは別の意味で危険ということになる。朝霧と一緒に行かなかったのは正解だったと言えよう。
ただ、できることなら朝霧にも、あまり目立つことはして欲しくはない。
聞くところによると、魔族に襲われ入院した経験があるようだし、その手の医療機関がWAPとは全く関わりを持っていない──と考える方のが無理がある。あの魔力量だ、上層部にも報告ぐらいはいっていたはずだ。
幸いにも奴らは、扱いにくい男の魔力にはあまり興味がないようなので、せいぜい「巨大な魔力貯蔵庫」程度にしかみていないだろう。
有効利用はできないが、放置するにはあまりにも大きすぎる。
そこで警戒をしていたところ、魔族の出現を察知したため草薙桜夜が送り込まれた。
──と、だいたいこんなところだろう。
「ああ、なるほどね」
『はい?』
「あ、いや、こっちの話──」
今度こそ、そのフレーズを使った。
橘川の脳裏に浮かんでいたのは先日の実戦訓練だった。
WAPスタッフの高瀬や、草薙桜夜は、あの時には既に朝霧の情報を得ていたのかもしれない。
そう考えると、色々と納得がいく。
もしかすると朝霧との関係くらいは調べらているかもしれない。
だからといって、とりわけ慌てることでもない。
確かに、あまり気持ちの良いモノではないが、朝霧と知り合ったのは全くの偶然だし、仮に経緯を調べたところで潔白が証明されるだけだ。
『あのぉ……それで、あたしはどうしたら……』
「ん? ああ、そうだったね……」
南雲の声で脱線し掛かった思考を苦笑を浮かべて戻した橘川は、
「とりあえず他の生徒と同じ行動を──いや、待った!」
何気なく出した指示を慌てて引っ込めた。
寄生した魔族石のおかげか身体には何の変化も現れなかったが、さすがに怪しまれると思い、まわりと同じ行動をしてみせていた。
しかし南雲の場合は状況が違う。一度は効いていたようなので、改めてフリなどをしようものなら、「魔法を知っている」と公言しているようなモノだ。
ここは効果を体験したことのない橘川が下手に指示を出すより、南雲の思うように行動させた方が、より自然かもしれない。
おそらく彼女にかかっていた人払いの効力が切れたのは朝霧と接触したためだ。
元々もろい魔法で、ちょっとした衝撃でも解除されてしまうようなモノなのか、あるいは巨大な魔力に文字通り触れたことで、何らかの影響があったのかはわからないが、いずれにしても疑われるなら朝霧だろう。
余程のことをしない限りは、WAPの注意が南雲に向くことはないはずだ。
最悪、素手で魔族石に触れて見せさえしなければ、なんとかしてやれるだけのネタやツテは持っている。
「君の判断に任せるよ」
『はあぁっ?! ちょ、ちょっと──』
「くれぐれも魔族石に素手で触れないように。それさえ守っていれば何をしてくれても構わないよ」
携帯端末からは何やら驚きとも不満ともとれる声があふれ出していたが、あまり何かを言って彼女の行動に影響を与えては元も子もない。
「すまない、ちょっと忙しいんだ、また後で連絡するよ」
橘川は方便を使って一方的に通話を終了させた。
「さて、どうするか」
そう独りごちながらも、携帯端末を胸ポケットに入れ車のキーを手に取っていた。
──が、同時に、より濃い魔法や魔族の情報が得られる可能性が高い場でもある。
見てはいけないと言われると余計に見たくなるのが人の
それでも今までは「虎穴に入らずんば虎児を得ず」と「触らぬ神に祟りなし」を天秤にかけ、辛うじて「触らぬ神」に傾いていた状態だった。
しかし今回は、朝霧や南雲という錘が加わっている。
いつにも増して天秤は揺れていた。
「万が一に備える必要はあるからな」
誰が居るわけでもないのだが立前を口にすると、神棚の前へと移動した。
魔方陣や十字架、お札、しめ縄など、様々な宗教がごちゃ混ぜされたそこは、オカルト好きがソレらしいモノを手当たり次第に飾り付けただけのようにも見えるが、実際はお互いの欠点を補うように絶妙なバランスで組み上げられた結界であった。
そこに置かれているのは、魔族石の入った銀色の容器。
「さすがに今回は使えないな」
容器を手に取った橘川は、自嘲気味に口元を歪めた。
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