魔法の原理

「ところで、魔力の提供って、どうやればいいんですか?」

 朝霧陽音は橘川に問いかけた。

「応援さ」

「は?」

 一瞬、陽音は、このオカルトライターの言葉を聞き間違えたのかと思った。

「だから、応援をすればいい」

 聞き間違いではなかった。

「それだけ?」

「血とか魔法陣とか生け贄とか、そういう儀式みたいなものを想像したかい?」

「はい」

 素直に頷くと、橘川は口元に笑みを浮かべた。

「そういった儀式なんかは、どちらかというと魔術的な接続を強化するための補助でしかないんだ。最も基本で重要なのは応援するという気持ちだ。メインをやらずに補助だけやっても意味がないだろ?」

「はあ」

 陽音がイマイチ納得できないでいると、橘川はさらに付け足した。

「WAPがなぜ魔族と闘うウィッチをアイドルという形態にしたのか、考えたことはあるかい?」

「エンターテイメントにすることで、人々の恐怖を和らげるためですよね?」

「一般的にはそう言われているね」

 橘川はその答えを予想していたかのように、口元に笑みを浮かべた。

「確かにその効果もあるだろう。しかし、もっと別の──魔術的な意味があるんだ」

「「魔術的な意味!?」」

 陽音と南雲の声がシンクロした。

「そう、一番の目的は、より多くの応援を集めるためなのさ。

 魔術的観点から説明すると、人を含めた動物は意識を向けることで、その対象に魔力を注ぎ込むことができるんだ。

 意識を向けるという行為そのものが、すでに魔力の提供とイコールだという説もある。

 とにかく、その想いが強くなればなるほど、より供給される魔力は大きくなるというわけだ。

 たとえば、宗教魔術などがそれに当たる。『神』という対象物に、『祈り』という形で意識を向けさせ、『奇跡』という魔術を行使する。

 つまりファンは、応援という形で魔力を提供しているわけだ。熱狂的になればなるほど、それはより強くなる」

「じゃあ、人気が出てファンが多くなればなるほど、魔力をたくさんもらえるってことですか?」

 南雲が問いかけると、橘川は「その通り」頷いた。

「人気が出れば出るほど魔力を集められるので、より呪歌に力を与えたり、大魔力を消費する強力な呪歌を唄うことができる。

 さらに言うと、呪歌にもまた、その理論に基づく術式が組み込まれているんだ」

「ウィッチアイドルが歌う呪歌にですか?」

 陽音が確認の意味を込めて聞き返した。

「ウィッチアイドルが歌うと魔法として発動するが、それ以外の者が曲を聴いたり、口ずさんだりすると、本来の歌い手により多くの魔力が流れ込む仕組みになっているんだ。危険な魔族との戦闘を、わざわざライブとして間近で公開しているのは、それがより効率的だからさ」

「じゃあ、もしウィッチアイドルが別のウィッチアイドルの呪歌を歌ったら?」

「おもしろいところに気づいたね、少年」

 橘川がニヤリと笑った。

「ウィッチアイドルが、別のウィッチアイドルの持ち歌を唄っても、その魔法を発動することはできない。魔力を提供する側になってしまうんだ。だから基本ウィッチアイドルは自分の持ち歌しか唄わないし、1対1でしか戦闘を行わない。

 複数の呪歌が混ざると聞き苦しくなるし、ファンも歌に集中できなければ提供される魔力も減ってしまう。最悪、ファン同士の衝突などということにでもなれば、魔力提供どころではなくなってしまうからね。

 1体の魔族に対して数人のウィッチアイドルで闘うことがないわけではないが、その場合は呪歌がかぶらないように、かつ効果的に戦闘ができるように、優秀な指揮官プロデユーサーが綿密にメンバーと歌う順番を決めている。

 音楽祭をイメージすればわかりやすいかもしれないね。そのノリなら逆にファン同士の一体感が高まり、お目当てでないウィッチアイドルが闘っても応援するようになる。

 ただし、頻繁にやってしまうと飽きられるというリスクがあるんだろうね、ランキング上位の魔族に限られているよ」

「つまり、もし、南雲さんがウィッチアイドルになれたとしても、専用の呪歌を作らないとダメってことですか?」

「ランクの高い魔族と渡り合うなら、必要になるだろうね」

「橘川さんは、呪歌は作れないんですか?」

「残念ながら、さっぱりだ。呪歌の術式は独特でね、俺の知っている魔術とは構造がかなり異なっていてほとんど理解できない。

 仮に作れたとしても、本家の呪歌には遠く及ばないモノになるだろうね。

 魔力効率や威力面でもそうだけど、歌としての完成度も下の下だろう。なにせ俺は、音楽とかそういう芸術的な才能がからっきしなんだ。

 さっきも話したとおり、人々を魅了する歌というのも、ファンを獲得し魔力供給を受けるための重要な要素だからね」

 そう言って橘川は苦笑した。

「『魅了する歌』という点だけなら、南雲さんの歌は問題ないんですけどね」

「ほぅ」

 細めた目を南雲に向ける橘川。

「そんなに歌が上手いのか」

「歌手としてスカウトされるくらいですよ。しかも自分で作ったオリジナル曲」

「ちょ、ちょっとやめてよ、朝霧くん」

 顔を真っ赤にする南雲。

「それはいい。戦闘では使えなくても魔力調達には使える。オリジナルならなおのことだ。その歌がイコール君の歌として定着すれば、口ずさむだけで君を意識したことになる。それはつまり基本的な魔力の提供に繋がるわけだ。たとえ、1人1人が微々たる量でも、それが集まれば大きな魔力になる」

「すごいよ南雲さん、今までやってきたことが無駄じゃなかったてことだよ」

 興奮気味に叫ぶ陽音。

「そ、そう……だね」

 恥ずかしそうに頬を染めつつ、引きつった笑みを浮かべる南雲。

「あ、でも、魔力だけ集まっても、呪歌がないんじゃ結局意味が無いですよね?」

 ふと陽音はそれに思い至った。

「いや、そうでもないさ。なにも魔法は呪歌だけとは限らない。魔力があれば他の魔術が使える」

 そう言って橘川は、指をピストルの形にしてみせる。

「そうか、さっきの魔弾ですね」

「単純に魔力の塊を飛ばすだけの魔法だから威力もそれなりだが、ランクの低い魔族が相手なら拳銃なんかよりよほど効果がある。さらに特性がわかればそれに見合った術式を組み上げることも可能だしね」

「特性?」

 聞き慣れない言葉に、陽音は目を瞬かせた。

「そう、魔族石には、それぞれ固有の能力──特性があるんだ。超高速移動や超長距離砲撃といったようにね。ウィッチアイドルの呪歌もその特性を元に作られている。二つ名にその特性が表れているウィッチも多いだろう?」

 光速の歌姫──。

 陽音はSIZUKIの二つ名を思い出していた。

「──ってことは、橘川さんも、もっと強力な魔法が使えるんですか?」

「特性さえわかればね」

 橘川は青い魔族石に視線を向ける。

「わからないんですか?」

「残念ながら」

 橘川は苦笑した。

「大量に魔力を注ぎ込めば何かしらの反応があるかもしれないが、それをきっかけにさらに活性化するとも限らないからね。ヘタに寝た子を起こして今以上に魔力を食うようになったら、俺の魔力容量では養いきれなくなる。さすがにまだウィッチアイドルのお世話にはなりたくないからね」

「な、なるほど……」

 複雑な表情を浮かべ納得する陽音。

「あ、あのぉ、ウィッチアイドルも、そういう危ないことをして、特性とか調べてるってことですか?」

 南雲が少し遠慮がちに問いかけた。

「さあて、そういった情報は、当然WAPのトップシークレットだからね。そもそも、断定したように話してはいるが、全て状況からの推測だということを忘れないでくれ。

 ただ一つ、確実に言えることは、ウィッチアイドルの魔力容量は桁違いだということだ。俺の微々たる魔力なんかとは比べものにならないよ。

 俺にもそれくらい魔力があれば、もっといろいろ調べられるんだけどね」

 橘川に意味深な視線を向けられ、首をかしげた陽音は、ハッと思い出したかのように、

「魔力の提供方法が応援だというのはわかりましたけど、もっと具体的にウィッチアイドルになる方法が知りたいです」

 南雲も「うんうん」と大きく頷いて、興味津々の眼差しを橘川に向けた。

「ああ、そうだったね」

 口元を緩めた橘川は、

「じゃ、まずはコレだな」

 手にした容器の蓋をゆっくりと回した。

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