寄生共存者

 黙って聞いていた少年たちの顔がみるみる青ざめていく。

「も、もしかして、そっちのも──」

 少女が橘川の手にした容器を指さす。

「ああ、魔族石さ。しかも俺に寄生しているのより遙かに強力で危険なヤツだ」

 さらに顔を蒼くして引きつらせた少女が、慌てて先ほど魔族石を摘んでしまった指先を確認する。

 本人は至って真剣なのだが、その様子に橘川は思わず口元を緩めてしまった。

「普通だったら、さっきのアレで寄生されていてもおかしくないんだけどね。どうやら君は特別な体質をしているらしい」

「橘川さんも、いつかは魔族になってしまうんですか?」

 少年が心配そうに問いかける。

「可能性はゼロではないね。俺の魔力が食い尽くされたら、たぶんそうなるだろう」

「…………」

 言葉を失う少年に、

「まあ、悪いことばかりではないさ。コイツのおかげで魔法が使えるわけだし、魔族や魔法を研究している俺にとっては幸運だよ」

 重い空気を打ち消すように、明るめの口調で言った橘川は、

「しかも、魔族としては弱い方だし、俺との相性はすこぶる良くてね、コイツが魔力を吸収するより、俺自身の自然回復のほうが大きい。魔法の使い過ぎにさえ注意すれば、吸い尽くされることはまずない」

「相性なんてあるんですか?」

「ああ。相性が良ければ魔力の吸収は少なく、悪ければ多くなる。

 WAPの調査では、特に男との相性はすこぶる悪くて、寄生されれば半日ともたないらしい」

 そこまで言って橘川は目を細めると、

「つまり、男が魔法を使えないんじゃなくて、寄生されて人の姿でいられる男がいないってわけだ」

 声を低くしてそう続けると、さらに付け足す。

「かくいう俺も、女だしね」

「…………」

「…………」

 しばし凍り付く少年少女。

「もちろん、冗談だけどね」

 口調をがらりと変え、笑ってみせる。

「そ、そうなんですか」

 顔を引きつらせる少年。

「まじめな話の途中で言われても、冗談に聞こえないんですけどぉ」

 少女がジト目を向ける。

「いやぁ、ごめんごめん」

「WAPに、隠しているってことですか? 寄生されて魔族化していないことを」

 少年が勘を働かせる。

「そういうこと。寄生共存者──あ、寄生されて魔族化していない人を、俺が勝手にそう呼んでいるんだけど──男の寄生共存者は、非常にレアケースなんだ。

 つまり、俺はすこぶる運が良いってことになる。

 うまく使えば、いろいろな交渉手段にも使えるし、魔族研究でWAPを出し抜く事もできるかもしれない。

 だから、このことは絶対に秘密にしておいてほしい。いいね?」

 不敵な笑みを浮かべて橘川はそうまとめた。

「あっ!」

 少女が突然声を上げる。

「もしかしてウィッチアイドルが魔法を使えるのって、その寄生……共存者? っていうのだからじゃ?!」

「俺はそう考えている」

 橘川の口ぶりは、ようやくそこに辿り着いたか──と、言わんばかりだった。

「とはいえ、寄生箇所を確認したわけではないから断定はできないけどね。それに──」

 橘川はそう言うと、自分に寄生した魔族石を二人の方に向け、

「見ての通り、あまり気持ちの良いモノではないだろう?」

 自嘲気味に言って続ける。

「メイクで隠すにも限度があるし、アイドルなら肌を露出させる場面もあるだろうから、もし故意に寄生させるなら、きわどい衣装や水着でも隠せる場所を選ぶだろう。

 そういう場所はさすがに調べるわけにもいかなくてね。下手をすれば警察のお世話にだってなりかねない」

 最後の方は、冗談とも本気ともつかない口調で苦笑し、肩をすくめて見せた。

「寄生──させているんですか? WAPはスカウトした女の子に魔族石を?」

 少年が表情を強ばらせた。

「あくまで可能性の一つさ。寄生が先ということだってある。寄生されてしまった子をスカウトという名目で保護して、ウィッチアイドルとしてデビューさせている──とかね。そもそも根本的に俺の考えが間違っていて、こんなのがなくても魔法を使う方法をWAPはすでに見つけているのかもしれない」

 いくら「故意による寄生」の可能性を最も高く考えていたとしても、安易に口にすべきではなかったと橘川は後悔した。

 確かに一般人にしてみれば魔族石の寄生など恐怖や嫌悪でしかない。しかもそれを故意に行っているとなれば残虐非道だと思うのは当然だろう。

 自分はあまりにも魔族や寄生に慣れすぎていたか……。

「もし──」

 少女がゆっくりと口を開いた。

「本気でウィッチアイドルになりたくて、そのためには絶対に必要っていうなら、自分からでもやるんじゃないかな」

 そんな彼女を見て、橘川は「ほぅ」と目を細める。

「自分で寄生させるってこと? 魔族になってしまう危険性があっても?」

「魔族からみんなを守れるのはウィッチアイドルだけなんだし、他に方法がないなら、あたしだったら、やる……かな」

 少女の真剣な眼差しに、少年はそれ以上は口を開かなかった。

「──って、魔力がない上に寄生すらされないあたしが言っても説得力ないよね」

 重い空気に耐えられなくなったのか、少女がおどけた口調で笑ってみせた。どこかさみしげなのは気のせいではないだろう。

「一度なったら常に魔族化の恐怖と隣り合わせ、決して二度と普通の生活に戻れない可能性もある。それでも君はウィッチアイドルになりたいかい?」

 橘川は敢えて恐怖心を煽る言い方で問いかけた。

「なりたいです」

 少女は躊躇うことなく頷くと、

「あたし、小さい頃、ウィッチアイドルに助けてもらったことがあるんですよ」

 遠い目をする少女の顔を、驚きの表情でのぞき込む少年。

 どうやら彼も、初めて聞く話のようだ。

「すごく怖かったはずなのに、綺麗な歌声と格好良く闘う姿に、なんかもう、すっごく感動しちゃって」

 頬を紅潮させて力強く思い出話を語って聞かせた少女は、ふと我に返ると恥ずかしげに声をボリュームを落とし、

「だから、今度はあたしがウィッチアイドルになって誰かを助けて、感動させられたらって……」

「なるほど、覚悟はあるわけか」

 橘川が口元に笑みを浮かべた。

「そういえば、さっき橘川さん、『WAPでないなら、ウィッチアイドルになれる』って言ってましたよね?」

 少年の言葉に、少女が期待の眼差しを橘川に向けた。

「寄生されなくても、なる方法があるんですか?」

「寄生されないからこそ、できる方法もある」

 そう言った橘川は、

「朝霧君──だっけ? 君の協力が必要不可欠となるけどね」

「僕?」

 少年が不思議そうな顔をするのを見越して、橘川は話を続けた。

「たとえばこのライター」

 橘川は、タバコに火を付けるために持っていた安物の使い捨てライターをポケットから取り出した。

「中に燃料が入っているだろう?」

 そう言って揺すってみせると、半透明の部分に入った液化したブタンが揺れた。

「この燃料だけでは火は付かない」

 ガスが出る部分を押すと、シューと音がしただけだった。

「火をつけるには、火花を飛ばす必要がある」

 今度はホイールを回して火花を飛ばし、火をつけてみせる。

「魔法を火、燃料を魔力と例えるなら、火花が魔族石だ」

 真剣な表情でライターの火を見つめる少年達に、さらに説明を続ける。

「人は燃料を持っているが火花を飛ばすことができない。だから火を灯すことができない。

 そこでウィッチアイドルは、危険を承知で火花を手に入れた」

 ライターの火を消した橘川は、少女に視線を向けると、

「しかし、君は危険を冒すことなく火花を手にすることができる」

「寄生……されなくてもいいんですか?」

「それはやってみないとわからない。寄生が魔法を使うための絶対条件という可能性はある。けど、魔族石に直に触れさえすればいいという可能性だってゼロではない。普通ならその時点で寄生されてしまうから、さすがのWAPでも確かめたことはないはずだ」

 少女の問いかけに、そう答えた橘川は、

「あとは燃料の調達だ」

「そうか、さっきの『協力』って──」

 少年がハッとして独りごちた。

「僕が魔力を提供するんですね?」

「君は察しがいいね」

「でも、ウィッチアイドルになるような人って、魔力が大きいんですよね? 僕なんかので足りるんですか?」

「ま、その点は問題ないだろう」

 橘川は、少女の気持ちを慮り、少年の魔力の大きさは口にはしないでおいた。

「協力できるかい?」

「もちろんです」

 ためらいもなく、力強くうなずく少年。

「ありがと」

 少年に向ける少女の笑顔には、アイドルとしての素質が充分に備わっている。

 多くのウィッチアイドルを見て記事を書いてきた橘川はそう直感した。

 これはひょっとすると、ひょっとするかもしれないな。

 橘川は思わず笑みを浮かべた。

 これほどまでに心が躍る感覚は、果たしていつ以来だろうか……。

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