劣等感

 南雲奏音は不機嫌だった。

 転校生の水篠桜夜──。

 初めて見た瞬間から、なんとも言えない不快な気分にさせられた。

 曲がったことが大嫌いな奏音は、陰湿で卑怯な性格の人に不快感を抱くことはあったが、それとは違う。

 この感情はなに?

 背が高くて胸が大きくて美人。しかも金髪に碧眼という強力な個性があって、声なんかもすごく綺麗で──。

 不快になる要素など一つも見当たらない。

 それどころか、人を惹きつけるオーラのようなものまであって──。

 あれは──そう、まるでアイドル。

 自分を応援してくれているはずの朝霧でさえ、隣の席になった彼女を意識し、真っ赤になってうつむいてしまうほど──。

 そして奏音は、はたと気付いた。

 ──だから?

 つまり、この感情って……。

 ──劣等感?!

 ウィッチアイドルを目指す自分より、ずっとアイドルらしい要素が満載の転校生に嫉妬している?

 しかも、協力関係にあって秘密を共有する朝霧までも、あっさり彼女の軍門に降ってしまったものだから、それが余計に悔しい?

 そりゃ、誰を何人応援するのも彼の自由だし、魅力的な相手に目が行くのは男子としては仕方がないことだけど──。

 心のどこかで、彼は何があっても自分だけを応援してくれると勝手に思っていた。その反動もあって──。

(あーもう! ダメ! なしなし!)

 奏音は胸の中のドロドロとしたモノを追い出そうと、心の中で思い切り叫んだ。

 こんな嫌な気持ちを持っているようでは、ウィッチアイドルになんてなれない。

 自分が理想とするウィッチアイドルは、どこまでも強くてどこまでも美しくて、そしてどこまでも清らかなのだ。

「よし!」

 小さく──でも力強く自分を鼓舞すると席を立った。

 まずは友達になろう!

 このまま遠くから劣等感を抱いてウジウジしていたら、彼女を嫌いになってしまう。

 そんな自分は嫌だ。

 とにかく負けを素直に受け入れた上で、彼女から学べることは学ぶ。

 それには友達になるのが一番の近道だと思う。

 彼女は先ほど朝霧と一緒に教室から出て行った。

 時間的にみて、食堂か購買の案内かもしれない。

 その流れで一緒にお昼を食べることになる可能性は極めて高い。

 ちょっと強引かもしれないけど、そこに合流してしまえば、うまくいけば友達になれるかもしれない。

 図々しいって思われちゃうかな?

 いやいや、やるのは一時の恥やらぬは一生の恥──ってね。

 なんか違う?

 まあ、いいや、とにかく行動あるのみ!

 しかし、食堂にも購買にも二人の姿はなかった。

 あと考えられるのは、すでに買ったので、食べるために別の場所へ行った?

 そうなると、セオリーな場所といったら中庭?

 そこに向かう途中のことだった。不意に「金髪美人」という単語が耳に飛び込んできた。

 カクテルパーティー効果的なものだろうか?

 それは階段の上の方からだった。

 どうやら踊り場か、それよりもっと上で、何人かの男子生徒が雑談をしているようだ。

 単に好みの女性の話をしているだけかもしれないが、見かけたので話題にしたとも考えられる。

 男子生徒の姿はここからは見えない。

 ──ということは、男子生徒からもこちらは見えないはず。

 つまり、この階段を上ったか、あるいは上の階の廊下を通ったか──。

 もちろん「見かけた」が前提で、「男子達はずっとそこに居た」という条件付きだけど。

 教室があるこの階より上に行ったとなると、思いつくのは屋上くらいしかない。

 ただ、屋上は基本立ち入り禁止で、いつも鍵がかかっていて、入る許可をとるのは色々と面倒なことから、昼食程度でそこを選択肢に入れる生徒はまずない。

 朝霧だってその生徒の一人なので、わざわざ案内するとは考えにくい。

 が──。

 なんとなく、そっちが気になった。

 例えば、どこに行っても注目されて、いい加減うんざりしていた彼女が、静かに食事ができる場所を希望したら──。

 生徒が行かなくて景色の良い屋上は却って好都合と考えるのでは?

 中庭までは少し距離があるが、屋上は階段をいくつか上がるだけだ。

 先に屋上を確認する方が効率が良いと考え、奏音は階段を上り始めた。

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