クラスメイト
「あっさぎりくーん」
ビル前の階段を下り、駅に向かって歩き始めたその時、突然名前を呼ばれた。
振り返るとそこには、栗色の長い髪をポニーテールにした、笑顔が魅力的な美少女がいた。
(誰だろう?)
陽音は内心首を傾げていた。
自分の名前を知っているということは、知り合いのはずなのだが、とんと見覚えがない。
これだけの美少女なのだから、会ったことがあれば、そう簡単には忘れないと思うのだが、つい今し方、自分の記憶に自信をなくしたばかりだ。
「あ、えっとぉ……」
正直に思い出せないと言おうとするより早く、
「あたしよ、あたし」
その美少女は、ポケットから出した眼鏡をかけ、髪を下ろしてみせた。
途端に見覚えのある顔になった。
「南雲さん?!」
それはクラスメイトの、
眼鏡と髪型だけでこれほど変わるものなのかと驚きながら、
「コンタクトにしたの?」
陽音は月並みな質問をした。
その反応に、満足げな笑みを浮かべながら「ううん」と頭を振った南雲は、
「あたし、もともと視力は悪くないのよ。これも度が入ってないしね」
眼鏡を外し、髪をまとめながら答えた。
「ダテ眼鏡? なぜ?」
「だって、眼鏡かけてたほうが、頭良さそうに見えるじゃない?」
「いやいやいや」
陽音は顔の前で手を振る。
「学年トップクラスの優等生が何をおっしゃいますか」
眼鏡などなくとも、実力で充分頭が良い。
「──と、言うのは冗談で、普段は素顔を見せないようにしているの」
「え? なぜ?」
陽音の2回目の「なぜ」に、すぅっと目を細めた南雲は、
「あたし、ウィッチアイドルになりたいの」
その顔からは、先ほどまでのいたずらっ子のような笑みは消え、強い決断の色が見てとれた。
決して冗談や軽い気持ち言っているわけではないようだ。
「ほら、ウィッチアイドルって、素顔は完全NGでしょ? だから、こうして普段から変装してるってわけ」
(すでに気持ちはウィッチアイドルなんだ)
内心苦笑しながらも、「なるほど」と一応納得してみせてから、
「あ、でも、ウィッチアイドルって、魔法が使える素質がないと、ダメなんじゃなかったっけ?」
知っている数少ないウィッチアイドルの知識を披露した。
途端に不機嫌そうな顔になる南雲。
「魔法の素質ってなに? そんなのどうやって見せるって言うの? スプーンでも曲げてみせればいいわけ?」
南雲の勢いにおされながらも、
「いや、それは超能力」
とりあえずツッコミを入れておく。
「そもそも魔法を秘密にしておきながら、それを見せろなんて矛盾しているわよ。
せめて、こういうことができたら採用っていう明確な何かを提示してくれてもいいと思わない?」
いつの間にか愚痴に変わった南雲の言葉に、適当に相槌を打ちながらも、
(もしかして、なにかあったのだろうか?)
思わず引きつった笑みを浮かべる陽音。
一通り愚痴を言って満足したのか、南雲はあの魅力的な笑みを取り戻すと、
「だから歌ってたの。あそこでね」
WAP本社前の広場を指さした。
あの歌ったり踊ったり演奏したりしている若者たちの中に、南雲もいたようだ。
「もしかして、あの人たちって、みんなウィッチアイドル希望者?」
「違うわよ」
キッパリハッキリ言い切る南雲。
「男の人だっているじゃない」
ウィッチアイドルは女性にしかなれない。
男性は魔法を使うことができないというのが定説になっている。
だから魔女──ウィッチという名前が付いている。
「テレビや雑誌関係の人も多く来るから、みんなの狙いはそっち、芸能界デビューの方よ」
ライバルがいなくていいけどね──とでも言いたげな口振りの彼女に、
「へえ、そうなんだ」
相槌を打った陽音は、何気なく軽い気持ちで付け加える。
「あの人たちに紛れちゃって、そっち狙いだと思われなければいいけどね」
「え? …………」
凍り付く南雲。
「はい? …………」
想定外の反応に言葉を失う陽音。
しばしの間、2人の間に沈黙が流れたかと思うと、
「そうかあぁっ!」
南雲が突然、叫び声を上げた。
「だから、芸能プロダクションの人にしか声をかけられないんだぁ!」
「も、もしかして、気付かなかったの?」
思わず顔を引きつらせる陽音。
「──ってか、それもある意味すごいけど」
ついでに、フォローも付け足しておく。
「だってだって、ウィッチアイドルプロダクションの前よ?! 芸能界狙いの人がアピールするほうが間違ってない?!」
正論かもしれないが、さっきは……。
「南雲さんて、もしかして……」
みなまでは言わない。
「な、なによぉ」
複雑な表情で膨らませた頬を紅く染めた南雲は、
「朝霧くんこそ、WAPになんの用だったのよ?」
話題の矛先を向けてきた。
(やっぱり、見られてたか……)
顔を引きつらせる陽音。
「もしかして、WAPの関係者と知り合い……とか?」
上目遣いのその眼差しに、期待の色が浮かんでいる。
わざわざ隠していた正体を明かしてまで声をかけてきたわけだし──。
考えていることは容易に想像できる。
自分の恥ずかしい行いを隠しておきたいところではあるが、変に期待させてしまうのも悪い気がした。
「いや、違うんだ。実は……」
陽音は意を決して、事の成り行きを話すことにした。
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