ファン契約
風になびく金色の髪を押さえる仕草が映画のワンシーンのようで、なんとも絵になる。
さすがはウィッチアイドル、草薙桜夜──いや、今は水篠桜夜か。
初見が和服だったので大人っぽい印象だったが、学校の制服姿で改めて見ると、同い年と聞いてもあまり驚かない。
「屋上」と書かれた札が付いた鍵を、彼女は持っていた。
「なぜ?」という疑問は彼女には無意味だということを、朝霧陽音は既に学習している。
どうせ魔法を使ったのだろう。
屋上に来るまでの間、会話は全くなかった。
ボロを出さないように出方を覗っていたのだが、それに気付いたのか彼女も口を開かず、結局屋上に着いてしまった。
陽音がドアを閉めている間に、彼女は安全のために設けられたフェンスに向かって歩き出していた。
まさか、自分から誘っておいて、昼休みが終わるまでずっと黙り──はないよな?
それならそれでもいいかと、陽音は少しだけ思った。
気まずささえ我慢すれば、この時間だけは乗り切れる。
その分、不安が先延ばしされるだけか……。
陽音は小さくため息を吐いて彼女の後を追った。
「覚えているかしら?」
クルッと振り向いた彼女は、笑顔で少しだけ首を傾げた。
「あなたは前に私と会っているのよ?」
それは、わかっている。
──が、魔法が効いているのかどうかを疑っていて、鎌を掛けてきている可能性もある。
「そ、そう──だっけ?」
「誤魔化さなくても良いわよ。もう気付いているんでしょう? 魔法のこと」
これも鎌かもしれない。下手に情報を与えてしまわないように、陽音は口をつぐんだ。
「記憶を操作する魔法はね、かかりにくいのよ」
彼女がすぅっと目を細めると、屈託のない笑みに妖艶な色が流し込まれた。
「大きい人には──ね」
その意味深な囁き声に、陽音は思わず息を飲んだ。
顔への血流が止まり嫌な汗が噴き出してくる。
「魔力のことよ?」
笑みも声も元に戻して付け足されると、途端に体から力が抜けた。
普通に考えれば分かりそうなものだが、ずっと気になっていた事なだけに、つい反応してしまった。
彼女はそれを見越していて、からかってきたと思われる。
──でも、そういうからかいをしてきたということは、つまりは、やっぱり……。
今度は逆に血が集まって顔が熱くなった。
「ふぅん」
彼女の笑みは、今度は興味深げなモノへと変わった。
「その反応、自分の魔力が大きいことを知っていたのね?」
それらは橘川から聞いていた。
──が、そのことに気付いた陽音は、再び息を飲んだ。
普通の人は魔力の大きさなんてわからない。
じゃあ、こっちが引っかけ?!
「な、なんの──こと……かな?」
とにかく、慌ててとぼけてみせた。
「普通の人は『魔力』という言葉の意味もわからないはずだけど?」
「うっ……」
「すぐ表情に出る。本当に素直ね、朝霧くんて」
彼女はクスッと笑った。
なんだかもう、もがけばもがくほど泥沼にはまっていく感じがする。
「せっかく魔法が掛かりにくいのに、簡単に騙されていたら世話がないわ」
「わ、分かってるよ、そんなの──」
呆れ気味に指摘され、ついムッとして言い返してしまった。
途端に彼女の顔が満足そうな笑みで溢れる。
「認めたわね?」
「ち、違う、今のは、『簡単に騙される』ってことに対してで──」
陽音は途中で諦めた。
もう何を言っても無駄な気がする。
あまりに単純な自分に、ほとほと嫌気が差した。
「でも、そういう素直なところ、私は好きよ」
今度は悔しいくらいに魅力的な笑顔をされ、不覚にもドキッとさせられた。
彼女は本当に色々な笑顔を使い分けて揺さぶってくる。
さすがは現役ウィッチアイドル、とても敵う相手ではない、
陽音は観念のため息を吐くと、
「目的は何?」
こうなったら開き直ってやる。
「あなたが、欲しいの」
「──なっ?! え、あ、え、えっとぉ……」
妖艶な眼差しに、動揺しまくりの陽音。再び顔が熱くなる。
「魔力の話よ?」
あっけらかんと付け足す彼女に、思わず突っ伏しそうになる。
また同じ手に引っかかった。
「あらぁ、何を勘違いしていたのかしらぁ?」
顔をのぞき込まれ、陽音はあさっての方向に逸らした。
わざと勘違いする言い方をしておいて、よく言う。
「──と、いっても、あながち勘違いでもない──のかな……」
「え?」
意味深な言葉に顔を戻すと、彼女の方が顔をあさってに向けていた。
しかもご丁寧に頬まで紅く染めている。
ドキッとなりながらも、陽音は我に返った。
危ない危ない。もう騙されてやるものか。
あまりに多様されたものだから、いい加減免疫ができてきた。
「あの……私、こういうこと初めてで、どうお願いしたらいいのか、わからないけど……」
あれ? 本気で照れている?
また違った一面を見せられ、さすがの免疫も揺らぐ。
いや、これは演技だ。
そう思おうとするのだが、ここにきて橘川に聞いた魔力提供の方法に、粘膜接触があったことを思い出してしまった。
彼女の口ぶりと照れ方からすると……。
ついには免疫が崩壊し始め、心臓の鼓動が激しさを増していく。
意を決した顔で向き直る彼女に陽音は身構えた。
彼女はすぅっと大きく息を吸うと、
「私のファンになってください!」
一気に吐き出しながら深々と頭を下げてきた。
「は、はい?」
肩すかしを食らった状態で呆然となる陽音。
今までの意図的なモノとは違って、ネタばらし的な笑顔が続く気配はない。
つまり、ファンになることをお願いするのが初めてという意味?
「えーとぉ……」
陽音は指先で頬を掻いた。
よくよく考えてみると、魔力を蓄積できない南雲は経路を太くする必要があるため、粘膜接触などの特別な魔力提供方法を橘川は挙げたのであって、大量に蓄積ができる草薙桜夜は普通の応援でいいのだ。
なぜだろう、からかわれた時の恥ずかしさの方が、まだマシだった気がする。
「と、とにかく、頭を上げてよ」
彼女は頭を上げたものの顔はまだ下向き加減で、視線だけを向けてきた。
「ファンになって……くれる?」
それくらいだったら、まあ──と、一瞬思ったが、義理でファンになって、魔力提供は可能なのだろうか?
確か橘川は、頑張って応援すれば魔力供給量は増えるようなことも言っていた。
そうなると、義理ファンの応援より熱狂ファンの応援の方が魔力提供量は多いということになる。
たぶん彼女の目的は他の人よりも大きい魔力なのだから、義理の魔力提供は望まないはずだ。
そういう意味での「欲しい」発言と考えると合点もいく。
逆に、南雲と草薙桜夜、二人同時の熱狂ファンは可能なのだろうか?
そもそもファンというものは応援したいからなるもので、頼まれてなるものではないと思う。
それを言うなら、南雲はどうだ? デビューすらしていないのに──。
応援したいという気持ちはあるからいい?
でも、応援のベクトルがちょっと違うような気も……。
「たかがファンと思うかもしれないけど、魔法を使うためにはとても大切なことなの」
陽音の迷う姿を勘違いしたらしく、彼女はファンの必要性を話し始めた。
「私たちウィッチアイドルはね、応援で魔力を分けてもらっているの」
それは知っている。だからこそ迷っているのだが、それは言えない。
どうして知っているのかを追求されたら、橘川や南雲にまで飛び火する可能性もあるからだ。
「そういう裏事情みたいなこと、話しちゃっていいの?」
念のため話を遠ざけておくことにした。
「本当はいけないわよ。魔法に関係したことは全部ダメ。魔法歌でさえ魔法の根幹に触れる部分は厳しく制限されてるわ。今こうして話していることも重大な規律違反。もし本部に知れたら懲罰ものよ」
「懲罰?!」
魔法という危険なモノを扱う以上は、そういうのも必要なのかもしれない。
それにしてもウィッチアイドルの懲罰ともなると、なんだかとんでもなくスゴイ気がしてしまう。
「でも、隠し事なんてしていたら信用してもらえないでしょう?」
「僕が誰かに話すとか考えないの?」
「そんなことしないわよ、朝霧くんは。私が懲罰を受けると知ったら、なおさらね」
言い切られてしまった。
それが釘になると計算してのことかもしれないけど、脅迫なんかよりもずっといい。
「簡単に乗せられてボロを出すことはあるけどね」
ペロッと舌を出しそうな勢いのイタズラっぽい笑顔にガクッと体の力が抜ける。
「そ、それって、一番たちが悪いでしょ?」
間違っていないので、もう自嘲するしかない。
「乗せられる状況にならなければいいのよ」
「こうして簡単にその状況になっているんだけど──」
「今は誰のファンでもないからよ」
苦笑する陽音を彼女は遮った。
「私たちウィッチアイドルはね、他のウィッチアイドルのファンに直接干渉してはいけないという決まりがあるの。だから私のファンになってしまえば誰も手出しできなくなる。こういう状況になることはないわ」
「もし、僕が他のウィッチアイドルのファンになったら?」
「それは──」
人差し指を顎に当て、考えるそぶりを見せた彼女は、
「仕方がないわね。誰のファンになるかは、あなたが決めることだから」
「もし、他のウィッチアイドルのファンになったら、簡単に乗せられてボロを出しちゃうかもしれなくても?」
彼女は微笑むと、
「信じてる」
この答えはなんだかズルい。
少なくとも「他のウィッチアイドル」のファンになるつもりはない。
けど──。
「えっと……実はもう──応援したい人がいて……」
言葉を濁しつつ、彼女の様子を覗う。
「そう……」
声は少し沈んだものの笑顔のままで、だからこそチクッと胸に突き刺さった。
「あ、えっと、でも、水篠さんを応援をしないとか、そういうわけじゃなくて──」
途端に彼女の目はすぅっと細められた。
「浮気者」
「──なっ?!」
生まれて初めて投げかけられた言葉が、今度はグサッと胸に突き刺さった。
「うそよ」
「う、嘘かぁ……」
言葉と一緒に力が抜ける。
「じゃあ、何人応援しても別にかまわないってこと?」
「いけない決まりはないわよ。あくまでファンの自由だもの。複数のファンって人も結構いるわ。問題は応援される側の気持ちね」
「気持ち?」
「当然でしょう? ウィッチアイドルも人間よ? ファンになって貰えるだけありがたいという人も居れば、自分だけを見て欲しいという人も居るわ」
「水篠さんは?」
「さて、どうでしょう?」
やっぱりズルい。
「とにかく、あなたがフリーでいることの方が問題なの」
真顔になって彼女は話を戻した。
「一歩間違ったら、あなたを巡ってウィッチアイドル同士で争いが起こるかもしれない」
「いや、そんな大げさな」
「大げさじゃないわ。そのくらいあなたの魔力は桁違いなのよ。それに魔力が欲しいのはウィッチアイドルだけじゃない」
「魔族?」
水篠はゆっくり頷くと、
「ファンになるということはね、魔法的な契約でもあるの。ウィッチアイドルはより多くの魔力を貰えるようになるし、ファンはある程度ではあるけど魔族を寄せ付けない効果が得られる」
これは初耳だった。さすがの橘川も知らなかったということだろうか?
「今までは大きな力に守られていたけど、それがなくなってしまった以上はファン契約を結ぶことがあなたの為でもあるの」
「え?」
さらなる初耳に、陽音は思わず聞き返した。
「守られていた?」
「あら、気付いていなかったの?」
意外という顔で逆に聞き返された。
「光速の歌姫SIZUKI──あなたの双子の姉に守られていたことに」
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