真実
少し時間を戻そう。
「双子の……姉……」
朝霧陽音は呆然と、水篠の言葉からその知りたかった真実を拾い上げた。
「やっぱりあれは、現実……」
陽音の脳裏に双子の姉と最後に会った時のことが蘇る。
「詩月は……どうなったの?」
怖いけど目を背けてはいけない質問をなんとか絞り出した。
突然、視界から水篠の姿が消えた。
──かと思ったら、
「覚えているんでしょう?」
背後からの声。
陽音は息を飲む。
この声、この状況に覚えがあった。
嫌な汗が頬を伝う。
「あ、あの……時の……」
先ほどとは違った意味で絞り出さなければならなかった。
「だから言ったでしょう? 『あなたは前に私と会っている』って」
気付くのを待っていたかのような口ぶりに、得体の知れない恐怖で思考も体も凍り付く。
「ひっ!」
背中に何かが触れ、ゾワッとした背筋が硬直を打ち破って跳ね上がった。
その位置を身体は覚えている。
「ここ──だったわよね」
そう。そこから入って左胸へと突き出た。冷たく光る金属が。心臓を貫いて。
その光景だけは、できれば夢であってほしかった。
「どう、して……?」
「それを知ってしまったら、あたなも懲罰の対象になってしまうわ」
「また、やる……つもり?」
「そのつもりなら、とっくにやってると思わない?」
水篠の言葉に笑いが混ざる。
「その必要は、もう今はないわ」
「今は?」
気になる物言いに、緊張が緩み止まっていた頭が働き始める。
「あの時は、あった──ってこと?」
それを肯定するかのように水篠は黙り込んだ。
「それも懲罰の対象?」
否定はしない。
WAPの懲罰がどの程度なのかはわからないが、ウィッチアイドルの抑止になるくらいなのだから生半可ではないはず。
それを組織外の──しかも一般人に適用してでも隠しておきたいこと──。
陽音はソレに心当たりがあった。
橘川から聞き実際に目にしている。
WAPが絶対に知られたくない真実。
──魔族石。
そして、ソレを当てはめて考えた時、一つの可能性に辿り着く。
その考えが正しいなら、なぜ草薙桜夜があんなことをしたのかも説明できてしまう。
むしろ水篠と話してみて、そうであって欲しいとさえ思い始めている。
逆にそうであったとするなら、それはとてつもなく恐ろしいことでもあるはずなのだが、想像の域を超えてしまっているのか怖いという感情が沸いてこない。
結果、いまいち現実味に欠ける気がしてしまうのだが──。
もし、あの時、魔族石に寄生されていたとしたら?
例えば──そう、いま水篠が触っている所。
魔族石は皮膚に触れると、すぐさま根を張るように体の中に触手を延ばすという。
そこに寄生したとするなら、心臓に到達するまでにそれほど時間はかからなかったのではないか?
つまり、草薙桜夜は意味もなく陽音の心臓を破壊したわけではなく──。
むしろ、そうしなければ、もっと最悪の結末が待っていた。
それがわかっていたから双子の姉も、草薙桜夜を咎めることは一切なく──。
破壊された心臓の代わりを移植した。
──自分の心臓を……。
それでもまだ疑問は残る。
どうして詩月の存在まで消されなければならなかったのか?
ウィッチアイドルは、引退が報じられることはあっても、死亡を報じられたことは一度もない。
光速の歌姫SIZUKIもまたそうであった。
別人をSIZUKIと思い込ませての引退会見。
魔法がそれを可能にする。
魔族石は一度寄生したら取り除くことはできない。
なら、引退したウィッチアイドルは、今はどうしているのか?
ウィッチアイドルの引退は表向きで、実際は……。
考えれば考えるほどWAPの闇に行き着いてしまう。
「動いたわね」
「え?」
意味の分からない水篠のつぶやきに、陽音は思わず振り返った。
ハッと息を飲む。
彼女の制服が白く光っていた。
いや、もうそれが制服と呼べるのかも疑わしい。
白い光をかき集め、なんとか制服の形にして身に纏っているかのようで、質量すら光のそれに近いかのように全体的にふわりと浮かび上がっている。
特にスカートなどは大きく漂い、白い脚が太股のかなり際どい所まで露出している。
つい、見とれてしまった。
いや、決して変な意味ではない。
なんとも幻想的な姿に、純粋に美しいと感じて目が離せなくなってしまったのだ。
と、次の瞬間──。
白い光の粒が四方八方に弾けたかと思うと、すぐさまその粒は磁石に吸い付けられるように彼女の周りに再集結した。
光が収まった時、彼女の制服は黒地に桜が散りばめられた着物に変わっていた。
しかし、陽音の目には、その魔装衣は映ってはいなかった。
彼の目には、光が弾けた瞬間の──そのほんの一瞬の姿が焼き付いた。
一糸まとわぬ白い肢体。
さすがに今度は「変な意味ではない」とは言い難い……。
耳の先まで真っ赤に染めて呆然としていた陽音は、
「見たでしょ?」
水篠──いや、草薙桜夜のトーンを落とした声で我に返った。
「いや、あの──」
目の前で堂々と着替え(?)ておいて、それはない──という反論より先に、上目がちに睨まれて慌てた陽音は、なんとか言い訳をしようとしたが彼女はそれを待たずに笑顔に戻ると、踵を返してフェンスに向かって駆け出した。
直前で軽く体を沈めて走る勢いをジャンプに変え、軽々と高いフェンスを跳び越える。
普通の人間には絶対に不可能な身のこなし。しかも着物姿。
魔法があって初めてできる芸当なのだろう。
さすがウィッチアイドル──と関心して、ここが屋上だということを思い出す。
大丈夫だとは思ったが一応フェンスに駆け寄ってみる。
額を押し当てるように覗き込んだが、草薙の姿を追うには角度的に少し無理があった。
その時になって、ようやく気付いた。
水篠が
「大変だ」
陽音は屋上のドアに向かって駆け出した。
自分が行ったところで魔族と戦えるわけではないが、ウィッチアイドルの闘いにおいては単なる野次馬というわけでもない。
応援が実際にウィッチアイドルの力になるのだから、一人でも多いに越したことはないはずだ。
数段抜かしで階段を駆け下りていると、遠くから歓声が聞こえてきた。
それが草薙の登場によるものだというのは容易に想像がつく。
一般アイドルのゲリラライブとはまた違った、心の底からの安堵と希望が混ざった歓声。
近くの窓に駆け寄り大きく開け放つと、身を乗り出すようにして覗き込む。
中庭の向こうの方に人だかりができている。
その人達が顔を向けているのは玄関か──その近く。とにかく校舎内が、その場所のようだ。
まだ3階、さすがに窓から出るには高すぎる。
陽音は階段に戻り再び降り始めた。
草薙桜夜はウィッチアイドルランキングではそれほど高くはない。
しかし、人気と実力は必ずしも一致するわけではなく、その強さはトップクラスだと橘川は言っていた。
また、彼はこうも言っていた。
──草薙桜夜は戦闘ライブで人気取りをしない。
ウィッチアイドルの中には、余裕で勝てる魔族であっても敢えて苦戦を演じることで、より多くの応援を得ようとする者もいる。
そもそも「戦闘ライブ」と銘を打つくらいなのだから、そういった戦闘スタイルの方が本来の目的に近いともいえる。
しかし、草薙桜夜は、見せるための闘いは一切しない。
あくまで効率重視、魔族討伐重視であり、持ち歌を披露することなく魔族を秒殺して終わるということも珍しくない。
それが却って爽快だという意見があるが、ファンが増えない要因の一つにもなっている──らしい。
なので陽音が現場に着く頃には終わっている可能性もある。
いや、むしろ草薙桜夜が苦戦している方のが問題といえるのだが──。
階段の残りを思い切って多めにとばした陽音は、一階の廊下に着地した瞬間に少し後悔をした。
突き抜ける痛みとシビれ。
おまけにバランスまで崩して、なんともカッコ悪い。
周りに誰も居ないのは幸いだった。たぶん、みんな戦闘ライブに行ったのだろう。そうでなければ誰かしかの目はあったはずだ。
痛シビれる脚を歯を食いしばって前に出す。
──と、その時だった。
歓声が消えた。
「あ……」
せっかく出した脚が止まった。
そのまましばらく呼吸を整えてから、ひときわ大きく吸い込んで、肩の力と一緒に吐き出す。
そこにはもちろん「安堵」の気持ちがあったが、正直にいうと「残念」も少しだけ混ざっていた。
脚に残る痛シビれが、なんだか虚しい……。
「戻ろ……」
声に出して気持ちを切り替える。
教室ではなく、屋上に──だ。
まだまだ昼休みなので、草薙桜夜もそっちに戻る可能性がある。
聞きたいこともまだ残っているし。
踵を返した陽音は、一段目に脚を掛けた所で再び止まった。
思わず首を傾げる。
こんなに急に静かになったりするものなのだろうか?
戦闘ライブには行ったことはないが、その直後を納めた動画はよく見かける。
現場検証が行われているステージ結界の周りでは、興奮が冷めやらない人たちのざわめきがいつまでも続いていて、時には警察から注意を受けていたりもする。
草薙桜夜が特別なだけ?
再び踵を返して窓に近寄ってみる。
ライブを見終えた人たちが、ぞろぞろとこちらに向かって歩いてくる様子が見て取れた。
特に変わった所はな──くはない!
自由時間だというのに立ち止まったり思い思いの方向に行く人が一人もいない。
たまたま──ということもあるかもしれないけど──。
そうこうしているうちに、廊下を突き当たった先からも集団がやってきた。
なんというか、ライブの後というよりも、お葬式の最中みたいだ。
廊下の真ん中に突っ立っている陽音を迷惑がる様子もなく、ひたすら無表情で横をすり抜けていく。
その中には知った顔もあったが、完全に無視──というよりは、まるで見えていないかのように視線すら動かない。
明らかに普通じゃない。
たぶん、操られている。
草薙桜夜の魔法か、あるいはWAPスタッフが到着していて──。
そう、魔族の後処理を邪魔されたくないとか、そういう理由があったりするのだろうか?
いや、だったら他だって同じだろう。戦闘ライブ直後の動画が出回ることもないはずだ。
それに
そうなると強制的に立ち退かせなければならない事情があった?
本来なら観客に危険はないはずだが、想定外の事が起きてしまった──とか?
だから混乱を避けるため、魔法で操って強制的に避難させている……。
悪い方に考えすぎかもしれないが、なんだか胸騒ぎがしてならない。
陽音は未だ続く生徒の流れを、かき分けるようにして進み始めた。
ふと視線を向けた先に南雲の顔があった。
眼鏡着用時の彼女はあまり目立たない上に、今は雰囲気まで完全に他と同化している。
それでも見つけてしまったのだから、かなりの偶然──というか、もう奇跡に近い。
カラーバス効果だろうか?
声を掛けようとして、すぐに思いとどまった。
もし何かマズいことになっているのなら、このまま避難した方がいいかもしれない。
そんな考えを嘲笑うかのように、彼女が目の前に流されてくる。
挙げ句の果てには、わざわざぶつかって止まるのだから、これはもう運命のイタズラとしか思えない。
他の人は動かないでいれば普通に避けていくというのに……。
ぶつかった衝撃はそれほどでもなかったが、魔法はしっかり解けてしまったようで、何度か目をしばたたかせた南雲は、
「朝霧くん?!」
驚いた表情を浮かべ弾かれたように飛び退いたかと思うと、生徒の流れに阻まれ押し戻されてきた。
バランスを崩したのも手伝って、より際どい距離まで顔が近づく。
思わず息を飲んだ陽音は、慌てて顔を背けると、
「だ、大丈夫?」
「う、うん……」
消え入りそうなくらい小さな声が、耳元と言っても過言でないくらいの、すぐそこから聞こえてきた。
それだけで背筋がゾクゾクして、顔が熱くなり全身からは汗が噴き出す。
もちろん身内以外でここまで異性と近づいたのは初めてだ。
脳みそは沸騰し、視線が泳ぎ──。
ふと飛び込んできたクラスメイトの顔で、ハッと我に返る。
いくら魔法で操られ、こちらのことは眼中にないとはいっても──ん? 本当に眼中にないのか?
自分がかけられた詩月関係の魔法がそうだったから、勝手にそう思っていたけど、実は今この瞬間も、しっかり覚えているなんてことは……。
そうか、魔法にかかっていた当の本人に聞けばいい──というか、今はそんなことを考えている場合ではなかった。
とにかく陽音は、顔を背けたままで今の状況を説明した。
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