赤面

 南雲奏音は心臓を抱え込むように、うつむき加減で肩をすぼめ、胸の前で両手をギュッと握りしめた。

 そうでもしないと突き破って飛び出してしまいそうなほど激しく鼓動している。

 ここまで同世代の男性とくっついたのは初めてだった。

 厳密には、混雑した場所でギュウギュウと押された経験はあるので、向き合った状態で──ということなのだが、細かいことはさておき──。

 気がついたらこんな状況になっていた。

 その説明を朝霧が今まさにしてくれているのだが、心臓の音に邪魔をされて、なかなか耳に入ってこない。

 ただ、あの芋づる式に夢から現実へと切り替わっていく感じは、魔法から醒めていく時と似ていたし、周りの人の様子を見ても普通じゃないのは一目瞭然なので、自分がどうなってこうなったのかは、だいたい想像はつく。

 自分もあんなだったのかと思うと、なんだかゾッとする。

「行ってみようと思って」

 その言葉は入ってきた。

「え? あ──」

 顔を上げて聞き返しかけたが、流れとは逆の方に向いていることからして、その先に行こうとしているのだと容易に想像できたので、

「うん」

 頷いてから付け足した。

「あたしも行く」

「いや、だから、もし何か大変なことが起きてたら危険かもしれないから──」

「『大変なこと』って?」

「だから、それを確かめに行くんだって」

 さすがにその口ぶりからは、「もう何度も言っている」という雰囲気が感じ取れた。

「あ、そっか、そうだよね、ごめん……」

 よくよく考えてみると自分はその場に居たのだから、むしろ何があったのかを話す側なのだ。

 魔法の影響か、顔の火照りで頭が熱せられたせいかは分からないが、つい先ほどのことが記憶の奥の方に押し流されていて、思い出す努力をしなければならない。

 確かに、この先で草薙桜夜が戦闘ライブをしていた。

 と、いっても、校庭や体育館なんかと比べたら、ずっと狭い上に障害物だらけの玄関──。

 そんな場所に戦闘結界が張られ、余った僅かなスペースに大勢の生徒が押し寄せていたのだから、平均より低い身長の奏音がまともに観戦できたわけがない。人の海に溺れて藻掻いている記憶しか出てこない。

 ただ、もみくちゃにされながらも耳には入ってきていた。

 物凄い歓声と、草薙桜夜の魔法歌が……。

 今まで演歌系はチェック外だったが、この間、会ったのをきっかけに音楽サイトで購入してみた。

 演歌調の魔法歌を持っているウィッチアイドルは何人か居るが、「怨歌」と呼ばれているのは草薙桜夜だけ──というような内容が解説の中にあった。

 タイトルや歌詞を見れば、なるほどと思う。

 首斬り数え唄。

 その名の通り「ひとつ」から「とお」までを数えていく歌詞で、数が増える毎に刀の速度が上がっていき、いくつで魔族の首が落ちるか──そんな恐い感じの魔法歌らしい。

「──で、『みっつ』までは聞いた気がするんだけど……」

 そこまで話して、朝霧の顔に浮かぶ深刻の色が濃くなっていることに気付いた。

「朝霧……くん?」

「歌ったんだ、呪歌……」

「そりゃ歌うでしょ? 戦闘ライブなんだから」

「歌わないで倒せるなら歌わない──って、橘川さん言ってたでしょ? この間、帰りの車で。草薙桜夜は」

「そう──だっけ?」

 正直、あまり覚えていない。

 あの時は、とにかくモヤモヤしていて、それで頭がいっぱいだった。

「うん。つまり、少なくとも歌わないで勝てる余裕はないってこと」

「や、やだなぁ、心配し過ぎだって」

 伝染してくる朝霧の心配を、振り払うように明るく言う。

「そんな魔法歌を使わなくても倒せる魔族ばかりだったら、ウィッチアイドルなんていらなくなっちゃうよ」

「それはそうなんだけど、こんな強引なやり方で避難させてるってのが、なんか気になっちゃって」

 言われてみると確かに、させられた方としてはあまり気分が良いものではない。

 むしろこれで緊急でも何でもなかったら、逆に文句の一つも言ってしまうかもしれない。

「行こう」

 完全に心配が感染した。

「だから、待ってってば」

 朝霧が少し慌てる。

「僕ひとりの方がいいと思うんだよ」

 そういえば、さっきからそう言っていた。

 ようやく彼の意図が頭の中まで浸透する。

「そっか、あたしが行っても役に立てないか……」

 自虐のつもりはない。

 魔族石がないので魔弾も撃てないし、応援をして魔力を提供することもできない。

 仮に魔族石があったとしても、この間はじめて魔弾を撃った自分が魔力をもらうより、現役のウィッチアイドルにあげたほうが遙かに戦力アップになると思う。

 ウィッチアイドルを目指す者としては、戦力外通告は全くショックではない──ワケではないが、人の命に関わるかも知れない状況で張っていい意地ではない。

 そう判断しての言葉だった。

 ただ──朝霧に気をつかわせないように笑顔を作ったのが失敗だった。

「いや、だから、そうじゃなくて──」

 もう、どんな表情をしても変に取られそうなので、

「わかってるから、早く行って」

 顔を見せないように朝霧の後ろに回り込むと、急かすように背中を押す。

「う、うん」

 少し後ろ髪を引かれている様子ではあったが、すぐに人の流れをかき分け始め、姿が見えなくなる。

 残された奏音はとりあえず端に移動し、壁に背中を付けて大きめに息を吐いた。

「さて、どうしよう……」

 自分にできることを考えてみるが、なまじ魔法を使って魔族を倒してしまったため、それしか思い浮かばない。

 ここは専門家に助言を求める方が得策かもしれない。

 奏音は携帯端末を取り出すと画面に触れた。

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