魔族討伐
河原に大きな水柱が上がる。
少し遅れて、吹き飛ばされた水や砂利が川面に降り注ぐ。
そこには粉々に砕け散った魔族の破片が紛れていた。
「なっ……」
橘川の緩んだ口元から煙草が落ちた。
「ん?」
奏音は首を捻った。
「できた?」
ウィッチアイドルの魔弾と重なってしまって、どうなったのかよくわからない。
あまりの一瞬の出来事に、魔弾ができたのかさえ怪しく思える。
「あの、橘川さん──」
聞いてみようと思って呼びかけたが返事がない。
「橘川さん?」
「ん? あ、ああ」
2度目の呼びかけで橘川は我に返ったらしく、落とした煙草を拾い上げると、それを携帯灰皿に押し込みながら、
「お見事、命中だ」
「あたしのが当たったんですかぁ?!」
「彼女の魔弾をよけた所へ、上手い具合に嬢ちゃんのが行ったよ。意図的にやったんならたいしたモノだけど──」
「あははは、たまたまです」
奏音は苦笑して言った。謙遜ではない。
「──だろうね」
橘川も口元に笑みを浮かべる。
「たまたまでもすごいって! 魔法を使えたんだよ!」
興奮気味に朝霧が言う。
「ああ、そか、あたし、魔法を……」
ようやく魔法が使えたという実感が沸いてきた。
「しかも、ウィッチアイドルでもないのに魔族を倒すなんて、南雲さんが初めてじゃないかな!?」
付け足された言葉で奏音は凍り付く。
彼に悪気がないとか、自分はまだまだだとか、いろいろわかってはいるけど、せっかくの実感はきれいさっぱり相殺されてしまった。
「いちおう、そのウィッチアイドルを目指してるんだけどね……」
引きつり気味の笑みを浮かべながらボソリと呟く奏音。
「それにしても、まさかねぇ……」
「なにかマズいことでも?」
朝霧が複雑な表情の橘川に気づいた。
「いや、そういう意味じゃない。俺の予想を遙かに越えてきたんで驚いているんだ」
「そう──なんですか?」
いまいちわからないという表情の朝霧。
「魔力というのは拡散しやすくてね、ムリヤリ例えるなら煙の塊を遠くに飛ばそうとするようなものなんだ。だから通常の魔弾はそれほど射程距離が長くない。
そこで魔力を練って拡散しにくくしたり、弾丸とか物体を作り出して飛ばしたりと工夫をするわけなんだが、そんなのは魔弾ができた後の話だからね。
正直、あの子の所まで届けばたいしたものだと思っていたんだ」
橘川は顎でウィッチアイドルを指した。
「それを越えるどころか、さらに先の魔族にまで届かせた上、粉々に砕く程の威力まであった。弾速だって恐ろしくあったし、まったくどれだけデタラメなんだか……」
「どーせあたしは、ヘンですよぉだ」
驚きを通り越して呆れた様子の橘川に唇をとがらせてみせた奏音だったが、夢が実現不可能ではない喜びは隠しきれない。
「フッ、魔法を扱うという才能だけみたら、嬢ちゃんはそこらのウィッチアイドルよりよっぽどあるかもしれないな」
橘川は笑みを浮かべると、新しい煙草を咥え火を付ける。
大きく息を吸い込み、ゆっくりと煙を吐き出すと、
「それにしても、あのまま家で試し撃ちをしていたらと思うとゾッとするね」
冗談ぽく付け足した。
「あははは……」
その状況を思い浮かべ苦笑した奏音は、
「ん?」
ふと、握っている左手の違和感に気づいた。
「なにこれっ?!」
思わず叫んでしまった。
開いた手の平は、炭を素手で掴んでしまったかのように真っ黒になっていた。
「ほぅ、許容量を超えたか」
それを覗き込んだ橘川が目を細めて言った。
「許容量?」
奏音が首をかしげる。
「限界を超える魔力が一気に流れてストローが壊れた──って感じかな」
「なんか燃えた跡──みたいな……」
朝霧は率直な感想を漏らすと、
「手は大丈夫?」
「うん、全然熱くなかった」
「熱さを感じる間もなく一瞬で燃え尽きたか、熱を発しない燃え方をしたか──俺もこんなになるのは初めて見るけど、魔族石が絡んでいる時点で普通じゃないからね」
そこまで言うと、橘川は煙草をもみ消し、
「しかし魔弾1発でこの調子じゃ、この術式では呪歌までは厳しいかも知れないな」
「そんなぁ、呪歌が歌えないウィッチアイドルなんて、ただのアイドルじゃないですかぁ」
「それはなんか、アイドルに失礼な気がするけど……」
奏音の言葉に苦笑してツッコミを入れた朝霧は、
「なんとかならないんですか?」
「血を使えばもう少しはいけるだろうけど、それでも今くらいのデタラメな魔弾ならそうはもたないだろうね。
魔力を少しずつ消費していくタイプの呪歌なら、あるいはなんとかなるかもしれないけど、そこは石の特性次第だし、仮にできたとしてもウィッチアイドルとして歌うならステージ衣装も必要になる。もし魔装衣が維持するだけでも魔力を食うような代物なら、その分も考えないといけない。
どのみち別の術式を探さないとダメだろうな……」
淡々と説明をして独り言のように締めくくった橘川は、
「まあ、呪歌も魔装衣もできないうちから心配することじゃないけどね」
自嘲気味に付け足した。
「あれ? どうしたんだろう?」
朝霧が異変に気付いた。
彼の視線を追って河原を見ると、いつの間にか運動着の女の子が増えていた。
最初から居た女の子と一緒に四つん這いになって何かを探している様子だった。
「おそらく魔族石を探しているんだろう。放置しておいたら別の動物や、下手をすると人に寄生するかもしれないからね。ただ、あれだけ粉々になって飛び散っていると容易じゃないだろうな」
橘川は完全に他人事の口ぶりだが、粉々にした張本人である奏音は責任を感じてしまう。
「あのぉ、手伝ったほうが──」
「いや待て待て、俺たちは魔族石の存在を知らないことになっているんだ、間違っても一緒に探そうなんて考えないでくれ」
少し大げさな慌てぶりで止められた。
「それに、じきに他の子やスタッフも──」
途中で橘川は口を閉じた。
「橘川……さん?」
彼は険しい顔で遠くの空へ視線を向けていたかと思うと、
「来るのか?」
苦々しく問いかけ──というか独り言に近い。
それが感知した魔力に向けられたものだということは容易に想像できた。
「さてさて、どうしたものか……」
あまり好ましくない状況のようだ。
「ウィッチアイドル……ですか?」
朝霧が不安と緊張の面持ちで問いかける。
「ああ、待機していた現役の子だ。こっちに一直線に向かって来ている」
「南雲さんの魔弾がバレたんですか?」
「さてね。魔族石の回収より優先するとなると──なきにしもあらずだな。かなり距離はとったんだけど──あれだけ遠くから魔弾の魔力を読み取ったのか?」
最後の方はまた独り言になる橘川。
「移動……します?」
「いや、無駄だろうね。君や俺の魔力で簡単に見つかってしまうよ。下手に動いたら逆に勘繰られる」
「あ、あのぉ、『現役』って、誰……ですか?」
深刻なやり取りに奏音は遠慮がちに割って入った。
不安と緊張は奏音にもあったが、それ以上の別の感情が躊躇をさせる要因となっていた。
──好奇心。
そして、おこがましいかもしれないけど──ライバル心。
もちろん魔族石や魔法を使ったことを隠さないといけないことはわかっている。わかってはいるけど──どうしても橘川や朝霧とは違った意味で現役のウィッチアイドルが気になってしまう。
「それはわからないな。実習訓練の主役はあくまで練習生だからね。情報開示は必要最小限、隠せるモノはとことん隠すってのがWAPのスタンスだ。下手な質問をしようものなら締め出しを食らうことになる」
橘川はそう説明をしたあとで、
「まあ、誰が来るかわかったところで、どうにかできるモンでもないさ。とにかくここは腹をくくって何も知らないふりに徹するしかない」
奏音の問いをはき違えたのか、それとも敢えてそうしたのかはわからないが、少し投げやり気味に話を戻した。
「もしボロを出しそうだったら黙って首を振るだけでいい。あとは俺がなんとかする」
奏音が無言で顎を引くと、息もぴったりに朝霧と行動がシンクロした。
予行演習──というわけではないのだが、なんとなくそうさせる空気が漂っていた。
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