魔法の実験
「手を出してくれるかい」
橘川に言われ南雲奏音は息を飲んだ。
容器の蓋を開けながら言われたら、何をしようとしているのかは容易に想像できる。
少し躊躇いながらも両手を伸ばして受け皿を作る。
「いいかい、飛び跳ねたりすることは絶対にないから、取り扱いだけは注意してくれ。君は大丈夫だけど、俺や彼には命取りになりかねないからね」
緊張した面持ちで顎を引くと、橘川がゆっくり容器を傾けていく。
「うっ……」
左の手のひらに落ちた硬く冷たい感触に思わず声が漏れてしまった。
右手を添えるほどの大きさも量もないのだが、なんとなく怖くて受け皿を崩せない。
──表面に無数の見えない触手がある。
橘川から聞いたことが脳裏に蘇り、ヒンヤリとした部分が蠢いているような気がしてむず痒い……ような気がする。
知らない時は、平気で触っていたというのに……。
ふと、朝霧と視線がぶつかった。
「な、なに?」
「応援──なんだけど、どう?」
「あー、うん、ありがと」
そう微笑んだものの魔力が提供されているかどうかは正直わからない。
橘川を見ると、彼は彼で魔族石をじっと興味深げに見つめていた。
「あ、あのぉ、橘川さん?」
「ん? ああ、すまない」
奏音に声をかけられ返事をしながらも、魔族石からは目を離さない。
「それにしても本当にすごいな、魔族石が全く反応しない」
改めて橘川は感心する。
「反応されたら困るんですけどぉ」
顔を引きつらせる奏音。
「それもそうだ」
橘川が軽い口調で言って笑った。
(だぁかぁらぁ、笑い事じゃないっ!)
内心ツッコミを入れつつ、
「それで、どうしたらいいんですか?」
「ん──」
橘川は表情を引き締めて喉を鳴らすと、
「まず、ウィッチアイドルにとって最も重要となるのが──」
奏音は橘川をじっと見つめ、次の言葉に全神経を傾ける。
「ステージ衣装だ」
「はあ?」
あまりの突拍子のなさに唖然となる奏音。
「冗談で言っているんじゃないぞ」
真剣な表情で続ける橘川。
「ウィッチアイドルのステージ衣装は
「あれって魔法でできているんですかっ?!」
言葉の途中で朝霧が驚きの声を上げた。
「ああ。飾りなんかが魔族によく切り落とされたりするけど、そういうのは地面に落ちる前に跡形もなく消えてしまうんだ。恐らく魔力の供給が絶たれると形が維持できなくなるんだろうね」
「じゃあ、下手すると着てるモノが全部消えちゃうってこともあるんですか?」
奏音は思わずその姿を想像してしまい、魔族石の乗った左手を握りしめ右手と一緒に胸元に引き寄せた。
さり気なく朝霧を視界の隅に入れると、なんともいえない複雑な表情を浮かべていたが、その頬にはほんのり朱が差されていた。
同じ想像を彼にもされてしまったと思うと、カーッと顔から火が出そうになった。
「さすがに、そういう状態になったウィッチアイドルは見たことはないね」
橘川は苦笑すると、さらに付け加える。
「まあ、攻撃を受けて際どい格好になるのは大抵がセクシー路線の子で、しかも深夜帯に限っているから意図的だろうね。
そもそも魔法で編んでいるということは、注ぎ込む魔力次第で強度を上げることも、その場で修復することも可能なんだ。つまりは魔族の攻撃から身を守るための鎧のような役割も担っているわけで、そう簡単に壊れたりはしないよ。よほどの規格外な魔法攻撃を受ければ別だけどね。
まあ、飾りなんかはなくてもかまわないから壊れやすいんだろう」
「だったら、最初から付けなければいいのに」
身も蓋もないことを言う奏音。
「いや、見た目というのも重要なんだ」
諭すように説明をする橘川。
「ウィッチアイドルのステージ衣装は一般のアイドルと違って、あまりライブ毎に変えたりしないのは知っているかい?」
「「確かに」」
奏音と朝霧の声が綺麗にハモった。
「ステージ衣装を見れば、どのウィッチアイドルのモノかわかるだろう? フィギアやコスプレを見ただけでも、元になったウィッチアイドルが思い浮かぶ。と、いうことは──」
「魔力が提供される!?」
朝霧の答えに、橘川は満足げな笑みを浮かべた。
「魔力の仕組みがだいぶわかってきたね。
そう、全てはそこに繋がってくるんだ。だからステージ衣装に特徴を持たせるというのは非常に重要なのさ、飾りも含めてね。
あと、イメージカラーなんかも重要だね。もし色を見ただけで連想されるまでに定着すれば、魔力の集まり方は桁違いになる」
「そっか、白銀とか……」
朝霧の呟きに、奏音の脳裏にSIZUKIが浮かんだ。
「そういえば、SIZUKIの活動休止の波紋は大きいね。同じイメージカラーのウィッチアイドル達が、ここぞとばかりに後釜を狙って壮絶なアピール合戦を始めているよ」
さすがウィッチアイドルの記事を書いているライターらしい物言いをする橘川。
「あのぉ、ステージ衣装が大切なのはわかりましたけど、結局それはどうやればいいんですか? 魔法ってことは、チクチク縫ったりとかじゃないですよね?」
奏音が話を戻した。
「それがわかれば苦労はしないさ」
笑いながら軽い口調でさらりと言う橘川に、
「じゃあ、これは何をするために持たせたんですかぁ!」
思わず奏音は叫びながら、握りしめた左手をぶんぶん振り回した。
「あ、いや、ごめんごめん」
橘川は両の手のひらを奏音に向けて軽めに謝ると、
「ステージ衣装は重要だってことを、先に言っておきたかったんだ」
それから表情を引き締め、
「とりあえず、さっき俺がやってみせた魔法を試してみようか」
話しているうちに期待を膨らませすぎて、その反動でつい大声を出してしまったが、よくよく考えてみると魔法が使えるだけでも、かなりウィッチアイドルに向けて前進だ。
途端に恥ずかしさがこみ上げてきた奏音は気持ち顔を下に向けると、
「そ、それで、どうやればいいんですか?」
上目遣いで、控えめに問いかけた。
「見せた通りさ、実にシンプルな魔術なんだ。対象物に人差し指を向ければいい」
「それだけ? ──ですか?」
拍子抜けする奏音。
「人差し指を向けることが意識を向けることであり、つまりは魔力を向けることになる。魔術の理に適っているだろう?」
「なるほど」
話の脱線も意味があったのだと、奏音は妙に納得してしまった。
「あとは、イメージだな。指先に魔力が集まり、それが弾丸となって飛び出し対象物に命中、破壊する。俺がさっきやってみせたのを思い出すのも効果がある。あとはその様子をどれだけ強く、どれだけ細かくイメージできるかで、威力、弾速、射程距離、命中精度も変わってくる」
「イメージ……ですか?」
そもそも「魔力」というものが良くわからないのだが、とりあえずやってみようと、魔族石を握っている左手はそのままにして、右手で橘川がやったように人差し指と親指を立てた。
橘川は、床に転がるひしゃげたペットボトル──ではなく、その隣に転がる別のペットボトルを、「これを狙え」と言わんばかりに机の端に置いた。
奏音はそのペットボトルに人差し指を向けると、
「ばぁん!」
──しばしの沈黙。
何も起こらないので、もう一度──。
「ばんっ!」
変化なし。
「ばん! ばーん!」
三度、四度も不発に終わり、
「ばあぁーんーっ!」
破れかぶれに叫んで一呼吸後、ようやくペットボトルは吹き飛ぶ──というよりは、机の端からコトンと床に落ちた。
「やったぁ!」
「なんか、動いた時の振動で落ちただけのような──」
ボソッと呟く朝霧を、やけくそなままの視線を向けて黙らせる奏音。
橘川が思わず吹き出すと、今度はそちらにゆっくりと恨めしそうな目を向ける。
「そんな目で見ないでくれ。君たちは分からないだろうけど、魔力の流れはしっかり発生していたぞ。つまり寄生されなくても魔法が使えるってことだし、やり方も間違ってはいない。あとは魔力を増やしてやればいいだけだ」
奏音をなだめる橘川の言葉に朝霧が反応し、申し訳なさそうに、
「すみません、僕の応援が足りなかったんですね……」
「いや、そうじゃない」
今度は朝霧をなだめた橘川は、
「確かに、頑張って応援すればそれなりに魔力提供量は増えるけど、それにも限界はある。
例えるなら、そうだな──ストローか。どんなに強く吸っても一度に口に入ってくる量は決まっているだろ? 満足いくまで飲むには、しばらく吸い続けないといけない」
そして奏音へ視線を戻すと、
「ウィッチアイドルのように何千何万とストローを束ねられるなら別だけど──」
「応援する人を増やさないといけないってことですか?」
「いや、そう急くなって」
早々に結論を口にする朝霧を、橘川は苦笑しながら止めた。
「それもゆくゆくは必要になるが、とりあえず後回しだ」
「ってことは応援する時間ですか? もっと長く応援し続けないといけない──とか?」
途端に橘川の顔が深刻になる。
「考え方としては間違っていない。ただ、それについては、ちょっと厄介な問題があるんだ」
「問題?」
奏音は橘川から視線を向けられて首をかしげた。
「さっきの例えでいくと、飲んだモノってのはとりあえず胃に溜まるだろう?」
橘川の「細かいツッコミはなしだ」と言わんばかりの問いかけ風な押しつけに、奏音は頷くしかなかった。
「この胃が大きければ大きいほど有利ってのはわかるかい?」
「たくさん溜められるから?」
奏音はあまり深く考えず、橘川の例えから抜き出して答えた。
「そうだ」
橘川は肯定すると、
「喉が渇いていない時に飲んでも溜めておける。だからWAPはできるだけ胃の大きい子をスカウトするし、ウィッチアイドルは普段から少しでも多く飲んでおこうとアイドル活動に勤しむ」
奏音の頭の中で橘川から聞いた話が組み上がっていく。
「その『胃』ってのが小さいんですね? あたしは……」
「小さいんじゃなくて、無いんだよ、全くね」
「な、無い──んですか……」
より理解が深まったことで、よりショックが大きくなった気がする。
「だから、いくら頑張って吸い続けても満足がいく量が溜まるということがない。その場その場でもらえる分の魔力しか魔法には使えないんだ。
つまり、こういう一対一の場合はストローの太さイコール魔力量と言ってもいい。単純に魔力を撃ち出すだけの魔弾はその影響が顕著に表れる。溜められないハンディはかなり大きいんだ」
橘川はそう言っておいてから、少し表情を和らげた。
「とはいえ悪いことばかりでもない。寄生されないのも、おそらくはそのおかげだろうし──」
「魔族にとって寄生する価値もないってことですか……」
これには橘川も苦笑混じりのため息を漏らし肩をすくめるしかなかった。
「あ、そっか、そこで補助を使うってことですね?」
朝霧が合点のいった顔をする。
「ご名答」
橘川がニヤリと笑ってみせる。
「補助?」
ちょっと沈んだだけで、すごく置いて行かれてしまったような気がして奏音は慌てた。
「なに? 補助って?」
朝霧に詰め寄らんばかりの勢いで説明を求める。
「ほら、さっき橘川さんが言ってたでしょ? 魔方陣とかの儀式って魔力の補助──とか、そんな感じのこと」
朝霧はそう答えておいてから、「ですよね?」と確認をする。
橘川はゆっくりと頷くと、
「ストローを太くして一度に飲める量を増やしてやろう──って話さ、魔術的な補助を使ってね」
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