南雲奏音

「ホントもう、馬鹿やっちゃったよ」

 そう言って自虐的に笑う朝霧に、南雲奏音は少しだけ心が痛んだ。

 WAPの関係者と知り合いなら、紹介してもらえたら──そんな、比較的軽い気持ちで声をかけたのだが、話の内容は予想より遙かに深刻だった。

 朝霧とは単なるクラスメイトで、まともに話をしたことさえない。

 クラス名簿を見た時に、自分と同じように名前に「音」という漢字が入っている──その程度の認識でしかなかった。

 ここ数日、姿を見ていないことには気付いていたが、魔族に襲われ入院していたというのは、いま初めて知った。

 確かに、朝霧の話を聞いた限りでは、夢と考えるのが自然かもしれない。

 でも──。

「朝霧くんはそれで納得できたの?」

 奏音の問いがあまりにも意外だったようで、朝霧は驚きの色を顔に貼り付けて動きを止めた。

「納得もなにも、ウィッチアイドルのSIZUKIは、姉とは別人だったわけだし──」

「記者会見をしたSIZUKIさんの方が、別人だとしたら?」

 奏音がすぅっと目を細めて言った。

「いやまさか、どう見たって本人だったし──」

「別人をSIZUKIさんと思わせるのなんて簡単だと思わない? 大勢の人から、お姉さんのことだけ忘れさせるのに比べたら」

 朝霧が息を呑み、口を閉じた。

「ほら、ね? 全然納得できてない」

 奏音は諭すように言うと、

「だったら納得できるまでやってみたら? それでもし無駄骨だったとしても、やらなくて後悔するよりずっといいと思うけど?」

 それはいつも自分に向けている言葉でもあった。

 朝霧は大きく息を吐き出すと、吹っ切れたような表情で頷く。

「そだね」

「じゃ、そうと決まったら、あたしに協力してね」

「協力? なんの?」

「あたしがウィッチアイドルになるための──に決まってんじゃない」

「はあ? なんでまた?」

「だって、あたしがウィッチアイドルになれば、堂々とWAPの中に入れるわけだし、SIZUKIさんに会うのだって簡単じゃない? つまり利害が一致するわけよ」

「それが狙いか」

 苦笑した朝霧は、

「まあ、でも他に方法も思いつかないし」

 わざわざそう前置きをしておいてから、

「いいよ、出来る限りの協力はするよ」

「交渉成立ね☆」

 満足げな笑みを浮かべる奏音。

「で? 何をすればいいの? あそこで一緒に歌うとかだったら勘弁してほしいんだけど」

 朝霧は若者達が自分をアピールする広場に視線を向けた。

「ああ、それもうやめた。普通の歌手には興味ないし」

 キッパリ言う奏音。

「ははは……」

 相槌に困った様子で、とりあえず笑顔を選択する朝霧。

「じゃ、なにをするの?」

「ウィッチアイドルがする事といったらなんでしょう?」

 問いに問いを返す奏音。

「魔族退治?」

 そう答えた朝霧は、

「まさか、魔族を倒して実力を見せるとか言い出さないよね?!」

「んー、それも考えたんだけどね、さすがに無謀な気がするのよ」

「考えたんかいっ!」

 朝霧のツッコミをスルーした奏音は、

「だから、魔法の方をやってみようと思ってね。実際に使ってみせれば、WAPだって素質を認めざる得ないじゃない?」

「さすがにそれこそ無理なんじゃない? 魔法はWAPが完全に独占してて、ウィッチアイドル候補者にならないと教えてもらえないんでしょ? だから、今まで歌ってたんじゃないの?」

「そうなのよ、結局あたしもウィッチアイドルになりたいとか言っておきながら、歌ってただけなのよ。それじゃただの歌手じゃない? ウィッチアイドルになりたいなら魔法の一つも使ってみせないと」

「いや、だから──」

「それを気付かせてくれたのは朝霧くんよ。ホント感謝しているわ」

「なんか、会話が噛み合っていないような気がするんだけど……」

「そんなわけで」

 言いながら奏音はポケットから携帯端末を取り出すと、画面を操作して朝霧に渡した。

「月刊ウィッチアイドル?」

 そこに表示されていたのは、電子媒体の情報誌だった。

「これが?」

「その中に、ウィッチアイドルの魔法を特集している記事があるでしょう?」

 電子書籍のページをめくる朝霧。

 「徹底解析! ウィッチアイドルの魔法・第13回」という記事を見つけた。

 魔法の特徴が写真付きで解説されており、魔族との戦闘を記録した動画も付いていた。

「その記事を書いている人がね、むかしオカルト専門の記事を書いていたらしくて、呪術とか陰陽道、西洋魔術なんかもすごく詳しいらしいのよ」

「まさかこの記事を書いた人から魔法を教わろうとか考えてる? さすがにウィッチアイドルの魔法とオカルトとじゃ、レベルが違いすぎると思うんだけど?」

「レベルなんて関係ないじゃない? 魔族を倒すような魔法はウィッチアイドルになれば教えてもらえるんだし、ようは魔法っぽいモノが使えるってことを証明できればいいのよ」

「ああ、なるほど。確かにオカルトでも知識がないよりは有利かもね」

「でしょお? ただ問題はね、その人に連絡を取る方法なのよ。出版社とかに聞けば、教えてくれると思う?」

「うーん、それはちょっとわからないけど、もしかしたら、調べることはできるかも」

「え? なに? 何かあてがあるの?!」

「まあ、そっち系ではないんだけど、両親が音楽関係の仕事をしていて、音楽雑誌の人とは面識あるから、いろいろ教えてもらうことはできると思う」

「すっごぉい!」

「言っておくけど、あまり期待はしないでよ。ジャンルが違うからダメかもしれないし、そうしたら計画を立て直さなきゃだし」

「ぜんっぜん平気っ! あたし独りだったら、出版社に乗り込むしかなかったもの」

 冗談とも本気ともとれる奏音の言葉に、朝霧は苦笑した。

「ところで、『音楽関係の仕事』って、もしかして歌手?」

「ううん、父が作曲家で母が作詞家」

「ホントにぃ?! あたしもオリジナルを作詞作曲したりするから、今度アドバイスしてもらいたいなぁ」

「うちの両親は普通の歌だけで、ウィッチアイドルの呪歌は専門外だよ?」

「いいのいいの、作詞作曲は趣味みたいなものだから、ウィッチアイドルとは別」

 そう言った奏音は、朝霧の正面に立つと少し大げさに深呼吸をしてみせた。

 それから、祈るように胸の前で手を組むと、目を閉じ歌い始めた。

 奏音の完全オリジナル曲。

 じんわりと心に染み込んでいくような、懐かしくしっとりとした旋律。

 清らかな川のせせらぎのような、澄んだ美しい歌声。

 思わず目を閉じ、聞き入ってしまう。

 まるでその場所だけ、別世界のようだった。

「ふぅ……」

 歌い終わった奏音は、小さく息を吐いた。

 それから頬を紅く染めつつ、うつむき加減になってから目を開け、

「こんな感じ」

 恥ずかしそうに笑ってみせる。

 途端に巻き起こる歓声。

「おわぁ、なになに?」

 驚きの声を上げ、あたりを見回す奏音。

 いつの間にか、たくさんの人達がふたりのまわりで足を止めていた。

「すごいよ!」

 顔を真っ赤にして叫ぶ朝霧。

「歌手でなら、すぐにでもプロデビューできるよ!」

 それが彼の、思いつく限り最高の称賛なのだということはわかったが──。

 奏音は複雑な気持ちで、引きつった笑みを浮かべた。

「だから、単なる歌手には興味ないんだってば……」

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