工房にて 赤毛の話

 アマディは職人一家の三男坊だ。きれいな金髪をもって産まれた、出来のいい兄二人と違って、何も期待されていない赤毛っこであることは小さいときから感じていた。だからこそそれまで気ままに過ごすことができたが、徒弟に入らなければならないスラプーの掟には逆らえない。学校が終わると渋々工房に足を運ぶ。どんなに天気が良くて、釣りや狩りに行きたくても、走り回って家畜をからかってみたくても、埃っぽい工房の部屋に、親方と肩を並べて一刻は座っていなければならない。

「フィオニクスの蹄に誓って、こんなのは馬鹿げてる」

 またぶつくさ言い始めたアマディにエンビコ親方は厳しい。

「山神様のお名前をくだらんことに使うんじゃない!お前も広場のルブン樹にされちまうぞ!」

 アマディは首をすくめた。スラプーの親達が子供によく使う脅し文句だ。まぁ、大人達自身、自戒を込めて言っているのだろうが。

 ルブン樹はかつて山神がその御身にたてついた人間を罰し、姿を変えてしまったのだという。迷信だ、とは簡単に言い切れない。山神はその時、もう一つの呪いを残したのだ。

「そのルブンの実は甘く、果汁を使えば良い酒ができるだろう。しかしそれ以外の材料では酒を造ってはならぬ。その酒はどんなに苦労しても総じて酢に変わってしまうからな」

 そうしてスラプーではお酒を造るにはルブンの実に限られるようになった。もっとも酢を作るには間違いようがないため、暑気払いに良い飲み物はよく作られる。ここらでエールといえば、かなり酸っぱいが苦みのある強精剤みたいな飲み物を指すのだ。

「親方は山神様ってどう思うの」

「そりゃお前、おっとろしい方さ」

 エンビコ親方はこともなげに言い放つ。

「会ったこともないのにか?」

「会わずに死ねりゃ、一番いいと思うがね。山神様だけでも十分おっとろしいが、他にもいろいろいるだろう。たまに、本当にたまーにだがな、感じることがあるだよ。何か大きなもんの存在を」

 エンビコ親方はぶるりと体をふるわせると、ごまかす様に首を回した。

「親方みたいな大男がなにを大げさな」

「そもそも、俺がどうしてここで刺繍なんてしているのか、お前は知っているか?」

「いや、知らないけど。親方も徒弟に入ったんだろ。俺みたいにさ」

 エンビコ親方は大げさに鼻をならした。そして針から手を離して一本指を立て、アマディの目の前で振って見せた。

「お前の目は節穴だな、アマディ。俺のことを大男と言うなら、なぜ大男になれたのか考えなければならない。お前自身をよく見てみろ。年がら年中工房で刺繍をさせられているやつの顔を。日に灼けなくて真っ白じゃないか。腕っ節も強くはなさそうだ。そんな生活を続けていて、自然と俺のようになれる自信があるのか?」

 アマディは意表を突かれて、ぐっと黙り込んだ。そしてそれまで目を離すことのなかった布地と針から、目を上げて親方をじっと見た。

「この話はいつかしてやる。お前がもう少し習熟するのを確認したらな」

 エンビコ親方はいつものように、アマディに集中しろとこえをかけると、隣の薄暗い部屋に行ってしまった。エンビコ親方が取り組んでいた布には素晴らしく精巧な山羊の意匠が縫い上げられていた。

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