真夜中の神話 もじゃもじゃの話
「昔々、大神がおりました。
大神はとても強い神様で、全てのものに通じていましたが、独りぼっちでした。
だから大地のかけらを集め、自分の血を混ぜ合わせて、泥人形を作りました。そしてその人形に命を与えました。それが地神となりました。
もう独りぼっちではなくなった大神でしたが、地神は怒りに満ちていました。大神に創られるということは、大神から切り離されることだったからです。
地神は怒りにまかせて大神を打ち破りました。大神は粉々になって姿が見えなくなりました。
地神は怒りが引いていくのと同時に悲しみにおぼれるのを感じました。そうして自然と地神の目から涙がぽろぽろと落ち、その涙が集まって水神になりました。
水神はその力で大地に自由にひろがりました。
砕け散った大神は時間をかけてまた姿を現しました。そして水神の力と美しさを目の当たりにし、水神を自分の思うままにしたいと感じました。しかしどんなに強い力を持ってしても、水神は自由の神であり、縛ることができません。
大神は考えました。そして新たな神を創ることにしました。自分の歯を種として地に埋め、植物のように生まれたのが穣神です。
穣神は地に種を蒔き、次々と命を芽吹かせていきました。それは地の力を吸い上げることにもなったのです。
地神はたまらず大神に抗議しました。すると大神は地神に、水神を自分のものにできるよう取りはからえと命じました。そうでなければ地神の力を穣神に吸い尽くさせると。
地神は大神の命令に従うことにして、水神を呼び出しました。水神は大神の望むことなら、と大神とつながりを持とうとしました。
でも水神は大神にふれることができません。大神の内には大いなる火があったからです。
大神は自分ではどうすることもできない、と思いました。そして地神になんらかの方法を考えるように命じました。
すると地神は水神にいくつか言付けると地面に吸い込まれていきました。水神は情けない気持ちになりながら、地神を大神の搾取から守るため、必死になって地神の消えた大地を掘り返しました。すると中からしわくちゃの小さな神が出てきました。自らを金神と名乗った神は大神の内側から大いなる火を取り出しました。その火は地に落ちても燃え続け、少年の様な姿になりました。少年は火神という神でした。
大神は水神を我がものにするために、自らの力を削ぐことを厭いませんでした。大神の中にはもう火は燃えておらず、ただ御身そのものがまばゆいばかりでした。
水神は大神と契りを結ぶにあたり、条件を出しました。それは穣神に搾取され続ける地神に力を取り戻すため、力の輪廻を回すことでした。すなわち、地神、火神、金神、穣神、水神の力を巡らせ、一方的に搾取し続けることのないようにしたのです。土は火から生じるため、火神が生まれたことで疲れ切って一気に年老いたはずの地神には力が戻りつつありました。
そしてその輪廻の中心には大神がまばゆい力を注いでいくことを、契りの中に付け足しました。
大神はその条件を受け入れ、水神と契りを結びました。その契りのあかしとして、火神には燃え続ける蔦の冠が、地神には頂点に火を内包した杖が、金神には大地から削り出された鎚とやっとこが、水神には金属で創られた水差しが、穣神には水の光で織られた腰紐が贈られました。そうして、神々の力は巡り、世界に満ちていくこととなったのでした。」
話終わったゴッチェは男がいびきをかいて寝ているだろうと思っていただけに、声をかけられて身体をびくつかせた。
「なかなか、お前、悪くない読み手だったな」
ラスコーはまた焚き火に木を足した。
「それで、おまえ自身はどうなんだ?今の話をどう思った?」
どう思うかなんて、ゴッチェは考えたことがなかった。正直神話の内容をちゃんと理解しているか、というのも怪しい部分があった。難しい言葉が多いからだ。それに彼にわずかに残る子供っぽさが原因だったのだが、彼は修道院での暮らしの中で、神に対して何かを思うことを放棄していたことに気づいた。そしてそれはラスコーにはできれば知られたくない、恥ずかしいことに思えた。
「一杯いるなって思った」
「ん?なんだって?」
「だからさ、大神の他にもたくさんいるじゃないか。五人もいる。でも俺たちの前には誰も出てきたことなんか無い」
ラスコーは一瞬驚いて目を丸くすると、すかさず大声で笑い始めた。その笑いには侮蔑の陰はちっとも感じられなかったため、ゴッチェは安心してラスコーの声を聞いていられた。これも修道院では滅多になかったことだ。
「悪いな、ははっ、お前が神に会いたがってるとは思わなくてな。あはっ、まぁ、いいんだ、気にしないでくれ。そうか、そうか、神に会ってみたいのか。神に会ってお前は何を望むんだ?」
「え?俺が?」
「そうさ、会いたいなら、会いたいなりの理由があるだろう。何で神に会いたいんだ?」
ゴッチェは唸った。あまり軽々しく望みを言うべきでは無いような気がしたからだ。ラスコーはそれをじっと見つめ、せかすそぶりも全く無い。ゴッチェはまじめに考えた。もし神に会えるなら、何を望むのかを。そしてやはり原点に立ち返っている自分に気がついた。
「幸せって何なのか聞きたい」
ラスコーは応えなかった。しかしゴッチェは構わず続けた。と言うよりも言葉が勝手にあふれ出てきてしまうのだ。これまで寡黙だった彼に、口を閉じている様に意識するのは難しく、泉の様にあふれ出る言葉に酔っているような気分になった。
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