親方の推理 赤毛の話
「ふうむ、なるほどな。ならそういうことだろう」
エンビコ親方はひとりでぶつぶつと呟く。自分で聞いておいて、勝手に理解して教えてくれないなんて、とアマディは頬を膨らませた。
「なんだよ、分かったことがあるなら教えてくれよ」
「教えてください、だろう。坊主」
さっきのやり取りをやり返されたようだが、エンビコ親方の顔は優しいままだ。きっと根に持っているわけではないのだろう。アマディの予想通り、親方はすぐに自分がどんな結論をだしたのかを話してくれた。
「あまり知られてないが、モチーフには決まりがある。スラプーのどこに住んでるか、誰の妻か、誰の子供か、そういう決まりをまもって刺繍を施していく訳だ。もちろんお前がメリカンドに刺したような、モチーフに縛られないやり方もある。だが、花のモチーフはメリカンドの生家のもんじゃない。だからメリカンドの為に作られたものじゃない」
そこでエンビコ親方は言葉を切った。アマディは神妙な顔をして聞きいる。手元は止まったままだ。彼の頭の中ではメリカンドが言っていた言葉がぐるぐるしている。メリカンドはクラリッサが自分のために縫ってくれたものだと言っていたし、彼女は下女からわざわざ取り上げるような性悪さはない。だからクラリッサがどこで手に入れたのか、どういう意図でメリカンドに渡したのかが分からない。
「その花のモチーフは、メリカンドの家の分家のものだ。花弁の縁が薄紅色で、ふっくらした形ならおそらく、ひなげしだろう。ひなげしの家は代々浪費家で有名で、メリカンドのおやじさんはひどく煙たがっていたな。下女がどういう経緯でそのモチーフの入ったチーフを手に入れたのかはわからんが、きっと渡した方には明確な目的があるんだろうな」
「ど、どういうこと?」
「わからないか、色男。お前はメリカンドの婚約者だから、分かってしかるべきだろう。メリカンドの家は資産家だ。なのにお前を娘の婚約者として早い内から囲っている。つまりその資産はお前の手に入るはずなんだ。それを面白く思わない奴がいるってことだよ」
アマディには正直とうてい頭が追いついていけないような話に思えた。第一、メリカンドと結婚することで資産を手に入れるなんていうのも、幼いアマディの頭では想像がつかない。その資産で何ができるのかも分からない。だから自分の存在が面白くないと思っている人間がいるという事実が驚きだった。
「お前とメリカンドが仲違いすればいい。あわよくば婚約破棄までいけば儲けものだ。特にお前は刺繍工房の弟子だから、メリカンドが新しいチーフを使っているか位は、すぐに気づくだろう。まぁ、その下女は単なる好意で、奉公先のお嬢さんにプレゼントしたのかもしれないがな」
「なんだよ、それ・・・。なんでそんなの着けてるんだよ、メリーは・・・全く女ってのは分かんねぇ・・・」
アマディは呆れとむかつきに顔をしかめた。それを見てエンビコ親方は豪快に笑う。そんなやり取りをしながらも、親方の手元に狂いはないのだから、それはそれで腹が立つ。赤毛の少年は顔を赤くして抗議した。
「なんだよ、笑うなよ!第一、親方だって男なんだから、俺と立場は同じだろ!分かるのかよ、女の気持ちなんて」
「ああ、もっちろん、わかるさ。分かるとも。当たり前だ、分からないはずがない。メリカンドは婚約者様に一番いい自分を見せたいんだろう。それがどんな意図で自分のものになったとしてもな」
まだ喉の奥でくっ、くっと笑いながら親方は指先で目元に滲んだ涙を払った。その様子がこの前見た、メリカンドの仕草にダブる。まさか、とアマディは息をのんだ。
「なんだ、色男。自分のためにメリカンドがおしゃれをすることが、そんなに驚くことか?お前も彼女に会いに行くときくらい、ちゃんと顔を洗ったりするだろう。同じ事だ」
からかうような口調を崩さない親方の脇で、アマディは自分の刺繍を見下ろす。いつの間にか力が入ってしまっていたのか、刺繍している布の端に皺がよっている。それを膝の上でのばしながら、アマディはどう口を開けばいいのか迷っていた。
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