流行りの刺し方 赤毛の話

 エンビコ親方の刺繍工房は静謐とまではいかないが、静かだ。それは親方があまり弟子をとらないからではない。話をしながら手を動かすやつがいない訳でもないが、こつこつと針を動かしていると、口を動かすことを少し忘れてしまうからだ。会話、と呼ぶにはいささか独白に近いことを淡々と続けるくらいしか、刺繍をしながらできることではない。しかも話の種はすぐに尽きてしまうのだ。このスラプーという町にいるからには。

 その日アマディは、他の弟子たちとは別の作業場でエンビコ親方と肩を並べて作業していた。エンビコ親方はいつみても筋骨隆々として、ふさふさの髭を蓄えた、大きな男だ。アマディは最初こそ、鍛冶屋の方が似合っているんじゃないかと思ったが、そのごつごつした指先から生み出される刺繍の構図はスラプーでも有名だった。アマディは先日見せてもらったメリカンドの新しいチーフの刺し方を親方に話していた。花びらを繊細に表現するために、何度か糸を重ねてふっくらとさせている方法について、親方が知っているかを確かめたかったのだ。

「そりゃ、知っているさ。俺の親方が考えた方法だからな」

「なんだ、知らないのかと思ったのに。だって、ぜんぜんその方法は使わないからさ」

「糸をたくさん使うからな。あんまり無駄なことはしちゃならなくなったからよ。今の領主様のお達しでな」

「領主代行様でしょ?授業でやったよ」

 アマディの冷静な指摘にエンビコ親方は頭をぽりぽりかいた。このところこうやってやりこめられることが多くなっている。親方は弟子の成長を髭の後ろ側でにやりと受け入れた。

「前の領主代行様の時にその刺し方が流行ったらしいな。小鳥なんかを刺すとかわいらしいんだ。ふっくらしてな。前の方がぽっくり亡くなられた後、今の領主代行様がいらっしゃったが、最初はそりゃもう不作で。着任してから節約しろって言わなかった日はないんじゃないか、あの方は。無駄遣いをするな、脱穀した麦の殻から、残ってしまった実を全部拾い上げろ。獲物の皮をはぐときはできるだけ傷つけないように慎重に。酒はできるだけ飲むな。冬場は領主館に集まって、燃料を節約しろ、だとかな」

「ふうん、だからその刺し方も見咎められたって事?」

「みとがめ・・・とういうわけじゃないが、ともかく流行らなくなった。この商売は人気が全てだからな。お前も流行には気を付けろ?乗れれば注文がひっきりなし、乗れなきゃハサミが錆びつくことになる」

 アマディは軽く唸って返事の代わりにした。

「なんでメリカンドはあんなの家の下女からもらうんだろ。親方もおかしいと思わない?だってお金がないから働くんだろ?なんでお金が無い奴が自分の仕事先にあんなにいいチーフを上げるんだ?」

「メリカンドはなんて言っていたんだ?」

「うーん、なんか、挨拶代わりだろうって・・・」

「それでこの前お前が縫った奴を付けないメリカンドに腹を立ててるわけか?」

「うーん、いや、・・・なんていうか・・・よくわかんない」

 エンビコ親方はふと手を止めてアマディに目を向けた。こんな風に話し込み、眉根を寄せるアマディはしかし、手元に狂いがあるわけでもなく黙々と決められたステッチを繰り返し、パターンを作っていく。

「お前が言うほど、そのチーフの刺繍は見事だったのか」

「ああ、そうだよ。本当に、花弁がいい膨らみだった」

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