女の子だったら 赤毛の話
「メリーはすごいんだな。いいよな、うらやましい。俺にはできないことだもんな、魔術って」
「そうね、うちのお父さんだってできないんだから、男の人なら仕方ないじゃない。アマディが女の子になったら別だけどね」
メリカンドは自分の言った言葉が面白かったようで、くすくすと笑い始めた。最初は調子を合わせて笑っていたアマディは、次第に笑い続ける彼女にむっとした。
「そんなにおかしいか?」
「だって、アマディが女の子って・・・!」
メリカンドのくすくす笑いは収まるようすもなく、次第にお腹を抱える引き笑いになっていく。
「おい、お前そういうの失礼だって言われなかったか。あのエジリア先生だけじゃなくてさ、授業で言ってただろ。人の性別について、どんな些細なことでも笑ってはいけませんって」
「たとえ話だもん。アマディは女の子になったりしないでしょ。できないでしょ。だって私と結婚するんなら、アマディは男の子のままよ」
目尻に滲む涙を指先で払いながら、メリカンドはようやく落ち着いたようだった。お腹を抱えながら引き笑いに苦しみ、なんとか深呼吸しようとする様子は、一般的に見ればかわいらしいはずだった。アマディの目にはそう映らなかっただけで。
「そりゃそうだけどさ。性転換のこと、最初学校で男子の笑い話に出たら、先生が血相変えて廊下を走ってきて、挙げ句にひっぱたかれたぞ」
「そりゃそうよ。だって男子の話はバカ話ばっかりだし。あたしは大丈夫だから」
「勝手だな・・・」
あきれた様子で両手で頬杖をつくアマディを見て、メリカンドは焦りを感じた。
「だってそうでしょ?アマディがあたしと婚約をやめて、他の誰か男の人と結婚しないと、あんたが女になることは絶対ないんだよ?あんたは絶対にあたしとの婚約をやめたりなんかしない。あんたのお父さんも怒るし、あたしのお父さんはきっともっと怒るわ」
「あり得ないことを考えて面白がるのはしょうがないけどさ、実際性変化した人なんて珍しくないんだから、誰かに聞こえたら自分が笑われてるのかもって思うだろ」
「そんなの考え過ぎよ。こんな村のはずれの方で」
メリカンドは話し相手を挑発するように、足先で水を蹴った。水しぶきは太陽を捕まえてきらきらと光り、また川の流れに戻っていった。
「俺だって想像つかないよ、自分が女の子になるなんて。無理無理、一生そんな日がこなきゃいいとは思う。なんといっても辛そうだしな、毎月血がでるのが」
「生理のこと?」
「俺、あれを授業で聞いてて気持ち悪くなっちゃってさ、先生に言った時ったらなかったな」
エジリア先生はそれまで淡々と説明していたはずが、その表情を一転させた。額からは角が生え、口元からは牙がのぞくかのごとく、恐ろしい形相になって言ったのだ。
「そんなもの、生理からくる女性の体調不良に比べれば、なんでもありません。後ろに立っていなさい」
そんなことがあってアマディはエジリア先生を好きになれなかった。女子には尊敬と羨望を集める大人の女性のはずだが、自分にはどうも理解できない。それは先生が必ずどんな時も男女を分けて考えるからかもしれない。
「エジリア先生は当たり前のことを言っただけよ。本当に生理の時期は辛いもの。先生は女子みんなの気持ちを代弁されて言ったのよ、きっと」
そうだとしても納得がいくわけはない。女子が体調不良で休むことは許されても、男子は簡単に許してもらえないなんて。男子だから許さないということはつまり、相手を性別以外の要素で見ていないのではないか。
「女子全員の気持ちってさ、俺よくわかんないよ。俺ら男子がつらい思いしてたら、女子の体調が楽になるわけないだろ」
「そりゃ、そうだけど」
メリカンドが考え込むようにうつむく。二人はまだ十三歳で、こんな深淵な話題を話し合うには語彙と経験が足りなかった。ぽつぽつと言葉が切れ始め、やがてメリカンドが小川から足を上げ、帰り支度を始めた。それをみてアマディは今日も婚約者に優しくできなかったことを悟った。胸の内でため息をつく。婚約者であるという理由だけで、お互いに楽しくない時間を過ごさねばならないのが歯がゆい。
「ごめんね」
あまりにも小さく、アマディはせせらぎを聞き間違えたのかと思った。しかしメリカンドはこちらに顔を向けて、目をみて謝ってきた。
「ごめん、アマディ。さっきは笑ってごめんね」
「うん」
「あたしは女の子だから、アマディが女の子になるなんて想像できない。でも誰かがそれまでの自分じゃないほうの性別になるの、先生におかしいことじゃないって教えられたもんね。なんか、まだあたし子供だから・・・」
「いいよメリー。俺も子供だもん」
アマディは照れたように笑った。他のどの子供にもできない、いやスラプー中で一番の笑顔を。メリカンドは思わずめまいを覚えた。それなのにアマディは自覚なしに、照れ隠しの延長でつぶやいた。
「メリーが笑ったみたいに、俺が女の子なんて考えられないよな。メリーが男になるのと同じくらい考えられないよ」
二人はその後、手を取り合って帰り道を歩いた。話したのは他愛もないことだ。道ばたの花のかわいらしさや、小鳥のさえずり、変な雲の形など。そんな話しかしなかったのはメリカンドが胸の内で何回も反芻する思いがあったからだ。
「あたしが、男の子になったら」
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