力のありかた、男と女 赤毛の話
アマディの暮らすスラプーでは男女で明確に違いがあると認識されていることがあった。それは体の違い、というものではなく魔術を使えるか否かということだ。
スラプーでは領主の方針で富む者も貧しい者も、必ず八歳から学び舎に通うようになる。そして十歳にもなれば、女子だけが受ける授業と男子だけが受ける授業がでてくるのだ。魔術を使える女子と、魔術の使えない男子と分かれて。
その日、木製だが練習用の剣を使って、男子の授業は行われていた。剣術は成人したら帯刀を許される男子にしか教えられない授業だ。そこで自分と同い年の、同じくらいの背丈の男子とぶつかりあった反動で、アマディは激しく尻餅を付いた。
「アマディ!何をやっている、もっと踏ん張らんか!」
先生役の剣士は、日頃領主館の護衛をしている護衛団から何人か派遣される。ここで筋の良い奴らを後々護衛団に勧誘するためだ。もっともアマディは絶対に勧誘されることはないだろうが。
「全く、腰が高いと何度も言っているだろう!もっと重心を低く、体を前のめりにするんだ。お前はよくやったぞ、なかなか覚えが良い」
アマディを厳しく叱り飛ばしながら、相手の少年を褒めるのは同級の中での優劣をはっきりさせるやり方だ。少年の口の端に優劣感に満ちた笑みが浮かんで、アマディは胸のうちで悪態をついた。
そのとき刻を告げる鐘が鳴り、女子たちが部屋からぞろぞろと出てきた。尻餅をついたままのアマディがにっこり笑いかけて手を振ると、女子達は我が笑いかけられたのだと嬌声を上げた。
アマディは自分で隠すこともできないくらい、非力だ。足も早くはない。それに加えて赤毛といえば、頑固者や怒りっぽいと思われがちだ。しかしアマディにはその短所を補って余りあるほどの長所があった。
それは顔の造形と笑顔だ。
その笑顔は雪の時節が長いスラプーで太陽のきらめきのように心を温め、夏でも輝きが褪せることはない。。アマディが微笑んだだけで、大人も子供も、特に女達は彼の思う通りに取りはからってくれることが多かった。だからこそ、今も自分の地に落ちた評価に別の方向から光を当てるべく、その力を存分に発揮した。
彼が優雅に立ち上がりズボンの埃を払ってから、もう一度微笑む。女子達はまた嬌声を上げたり、くすくすと笑いさざめきながら別の教室へと足を進めた。彼は女子達を追う目の端で、それまでのいきさつを口を開けて見ている男達を確認した。ここスラプーでは腕っ節が強いことが過度に評価されることはない。各が自分の武器で戦うのだ。先生役の剣士までが動かないのを良いことにアマディは木製の剣をさっさと片づけると、学び舎の建物の中に駆けていった。
「ねぇ、アマディ!アマディったら」
「・・・なんだよ、ちょっとくらい目をつぶらせてくれよ」
机に突っ伏すアマディの周りに、同級の女の子が自然と集まってくる。中にはアマディが寝ているのを良いことに、露わになった首に腕を回してくる者もいた。
「ねぇ、さっきの授業ってなんだった?」
「お前等見ていたんだろう、剣だよ剣。吹っ飛ばされて俺が尻餅着いてるの、笑ってみてたじゃないか」
アマディは顔だけを横に向け、口を尖らせて文句を言った。その姿にさえ、周りの女子達はくすくすと笑いかける。
「ねぇ、じゃあさ、あたし達のことを聞いてよ」
眠りたいアマディを起こすのは、自分が話したいからだ。そう気づいたときには、もう逃げられないようになっている。女とは恐ろしい生き物だ。
「なんだよ、何の授業だったわけ?」
彼は観念して頬杖をついた。何となく想像はつくものの、男女に分かれて行う必要がある授業とは何だろうか。
「なんだったと思う~?」
「当ててみてよ、アマディ」
「アマディの知らないことだよ~」
笑いながら語尾をのばして聞いてくる彼女達に悪気はない。でも聞いてくれとせがんだ割には当ててみよと命令する。その傲慢な側面はアマディをうんざりさせた。
「なんだろうな~、う~ん」
頭を掻きながら、一番近くで目の合った女子にだけ分かるようににっこりする。すると目に見えて女子の頬が赤くなった。
「この前授業でやった生理の話か?性変化のことをもっと詳しくしたとか?」
わざと間違いだろうと予想できる答えを口にしてみる。
「違うよ~」
「違う違う」
「アマディったら~」
頬を染めた女子を見ると気まずそうに笑いながら、アマディから目をそらしている。良い兆候だ。
「お産についてか?」
違うと言う間もなく甲高い笑い声があがる。きゃあきゃあ言いながら、お互いを牽制しているのだ。これは自分に言われたことだ、と。
アマディは机にもたれていた体を起こして、椅子に座り直した。
「お産じゃないか。生き物の時間にやったもんな。そうだな、そしたら後は・・・」
腕組みをしてわざと時間を稼ぐ。女子達の声が自然と落ち着き、彼の口元に注目が集まっているのが分かった。
「魔術かな。きっと。女の子にしかできない技だもんな」
「そう、そうそう!」
「そうなの、よくわかったね」
「魔術を習ったのよ!私かなり見込みがあるって」
「私も、先生に褒められたんだから」
「それなら私も!」
ここスラプーで魔術の力は珍しいことではないが、それは女にしか与えられない特殊な技であり、スラプーの暮らしに大いに潤いを与えてくれるものだ。特別な呪文を自分の魔力とともに五神に捧げ、五神がその願いを聞き入れることで魔術は発動する。そしてそれは女にしかできない御術だ。アマディはぺちゃくちゃと話す女子達を気の抜けた顔で見ながら、胸の奥にチリチリと何かが焦げるような感覚に戸惑った。
これは普通のことなのかな。
今日は工房に行ったら、刺繍をする傍らで親方に聞いてみよう。エンビコ親方はスラプーで唯一彼の話を誤魔化さずに聞いてくれる大人なのだから。
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