結ぶ絆 赤毛の話
「そんなことで、俺はニコルと絆を結ぶことになった。最初のうちは、何ともなかったんだがな、次第に体が大きくなって、男の体に作り替えられていった感じだった。大人たちは驚いていたよ、すっかり男になってから気づいた訳で、なにをどうすることもできないがな」
「ニコルは?女の子はどうなったの?」
「ん?ああ、ニコルは見た目はぜんぜん変わらなかったよ。ただ、元気になったし、丈夫になった。生理がきても、死にたくなるくらい具合が悪くなることはなくなったよ。それは俺と絆を結んだからだと思うが、治療師は首を傾げていたよ。単に成長によって体が強くなっただけなのかって」
「え、じゃ、じゃあ、親方はニコルと結婚したって言ってなかったの?」
アマディは自分が気づいたことにひどく驚いて、針を指に刺してしまった。器用な指に真っ赤な血が滲んでくる。親方はなにも言わずにその指を薬草を混ぜ込んだ蝋引包帯で手当してくれる。その様子をみながら、アマディは必死で混乱した頭を整理しようとしていた。
「お前は結婚だと言ってくれるがな、アマディ。俺がニコルと結んだ絆は結婚とは認められなかったんだよ。あれは結婚だった。結婚したと言い張ったけどな。そうじゃない、子供の遊びで、事故だと。それでエブリンは男になって、エンビコという名前になったが、それだけだ」
「ニコルは?親方は?そうじゃないって言わなかったの?だってさ、山神がそうしろって言ったんでしょ?」
「アマディ、あいつは俺に道を示しただけだ。愛は優先されなければならないが、そうしろとは言っていなかった。あくまでも俺が選び、ニコルはそれに同意しただけ」
「そんなの、おかしいじゃないか!だって、ニコルの体を治す方法を教えてもらったんだろう?なのにそれは結婚と認められないなんて・・・!」
アマディは別の指も刺してしまいそうなほど興奮していて、親方は素早く彼から縫い物を取り上げるとギュッと肩を抱き寄せた。親方の体は筋肉質で硬く、しかしとても温かく、強い鼓動が体中の血を巡らせているのがわかった。それを聞きながら、アマディはどうして自分がそこまで混乱し、動揺してしまったのかを考えた。
「アマディ、お前の気持ちはよくわかる。でもな、それで良いと、私たちは思ったんだ。結婚と認められなくとも、俺とニコルの間には確実な絆があった。俺が性変化してもニコルは相変わらず懐いてくれたし、俺もニコルを許される限り可愛がった。周りの人間がどう思おうとも、ニコルを愛していたし、ニコルも俺を愛してくれていたように思う。それで十分だったよ。アマディ、さっきも言っただろう、人は経験のないことを想像することはできないし、人の気持ちはわからないものだ」
肩を強く抱く親方の手は力強く、アマディはそれが女の手だったことを想像することができなかった。でもエンビコ親方が辛くなかったはずがないことを思うと、自然と熱い涙が頬を伝うのがわかった。
その日はそれ以上刺すのが難しいだろうと、家に帰らされ、アマディはなんとなく親方とその話をする機会を逸してしまった。
毎日工房に通うものの、親方は何事もなかったかのように刺繍の出来に文句を言い、時には褒め、やり方を丁寧に教えてくれた。
アマディも同じように文句に憎まれ口をたたき、ふくれっ面をしながら刺繍に取り組み、うまくできた時には自慢げに親方に見せた。
それでも二人の間には明確な言葉こそなかったが、あの話を共有した、同志のような感情が間違いなく育っていった。
もじゃもじゃと赤毛 木原 美奈香 @minakakihara
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