友達はいらない もじゃもじゃの話
そんな実際家な一方で、ゴッチェの心はいつも空っぽで何かを必要としていた。しかも実際に自分がなにを必要としているのか、何度考えても分からないままだった。
親が居ないことがそんな気分にさせるのだろうか。
「そんなはずねーし」
ゴッチェは唇を尖らせて呟いてみる。
うーむ、似合っていない感じがする。
ともかく心がうつろなのは親がいないせいじゃない。なぜなら親が居ないことを悲しめるほど、彼は親のありがたみを知らなかったからだ。
そのせいか、彼は自分に突っかかってくる他の子供達と距離を感じていた。友人同士の馴れ合いが、どうしても受け入れられないのだ。友人同士で意味のない取り合いをするのも嫌だった。それ夕食の献立でも、大人からの注目でも。
「友達なんて、クソ食らえだ」
もちろん、一度は努力した。
そばかすだらけのヘイリーと仲良くしようと手を差し出したのだ。そして簡単に裏切られた。
その日、ゴッチェはお遣いを頼まれて、一人で市場に行ったのだ。市場の活気は悪くない。魚臭いのだけは嫌らしいが。
お遣いを済ませて戻ろうとしたとき、誰かがおもいっきりぶつかってきた。
お互いに尻餅をついたが、相手が同じくらいの背丈の子供だということはわかった。汚ならしい格好だ。顔は泥に汚れて造作がわからない。そして相手がニヤリと笑って、被っていた汚い帽子をゴッチェに投げつけた。それはヘイリーだった。
ゴッチェが呆気にとられている間にヘイリーは駆け出した。とその下っ端は掏摸まがいの悪さをしたあげく、ゴッチェを突き出したのだ。自分の代わりに泥をかぶれと。
ゴッチェは辛くもその場をしのいだ。そして教会に戻ってヘイリーの謝罪の言葉を期待した。
「なんだ、戻ってこれたのか。じゃあ、今度からお前を連れて行ってやるよ。」
ー危なくなったら、お前を置き去りにするから、うまくやれよ・・・。
そんな言葉の裏に気づいてゴッチェは悟ったのだ。こんな奴に時間を割く意味がない。友人を作るのは自分に弱点を作ることだ。こんなに弱点だらけの自分に、新しく足を引っ張るものなど、必要ない。
そう断じてからは心が軽かった。相変わらず空っぽだったが。
そしてヘイリー達はゴッチェと対立するようになり、ゴッチェはそれをかわすことを覚えていった。投げつけられる暴言は無視する。からかわれても、挑発されてもそれには乗らない。優しい言葉をかけられても、真に受けない。簡単なことだ。暇さえあれば深く考える癖は変わらなかったので、質問されても返事がおろそかになることがたびたびあった。それは教会に住む子供達はおろか修道女達からも、彼が知恵遅れではないかと疑われていたほど頻繁だった。子供達からすれば、大人に声をかけてもらえるのに返事をしないなんて、馬鹿のやることだと決まっていたから。
おかげでヘイリー以外にも子供達に意地悪をされることが多かった。しかも大勢に一度にかかってこられることが多かった。ゴッチェの体が他よりも大きいからだ。
ゴッチェは自分の腕っ節を試すように殴って、殴って、殴りまくった。それこそ毎日汗塗れになりながら、彼は同じ教会に住まう子供達と喧嘩をした。もちろん子供の腕力には限度があるし、殴った後に別の方向から殴られるとたまったものではない。そうして彼は威嚇したり、怒鳴ることを覚えた。あまり話さなかった彼の声は最初こそ掠れ気味だったが、次第に腹に力を込めた声が出せるようになった。
それは子供達や修道女達にとって大きな衝撃だったため、ゴッチェが子供達の喧嘩に巻き込まれることはかなり少なくなった。
一方で彼は町中で破落戸に絡まれることは増えていった。彼の容姿が子供よりは大人びて、金を持っているように見えたのかもしれない。カツアゲ目的というのがすぐに分かるような絡まれようだった。そんなときゴッチェは一矢報いるようにして、むしろ喧嘩の腕を上げていった。彼の拳はすでに何回も怪我をしながら育ち、岩のごとき堅さを誇っていた。その拳を信じてゴッチェは破落戸たちを蹴散らそうとした。毎回上手くいくわけではなかったし、その危険さをよく知る修道女たちは口を酸っぱくして逃げるだけにしなさい、と諭していたにも関わらず。おかげでゴッチェは十歳にして、教会の誰よりも太い腕と敏捷な逃げ足、チャンスを見逃さない目を身につけた。それは彼にとって、これから誰よりも頼りにするものだった。
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