第3話 情報収集
「金髪碧眼の優男? ああ、それなら見たよ。街の端の方に歩いて行ったな」
「ええ、知ってるわ。目立つ風貌だったからよく覚えてる。あっちは治安が悪いからって、止めたのだけどね」
街で情報収集を始めてから、まださほど時間も経っていないというのに、王子の目撃情報がこれでもかと集まってきた。スヴェンは丁寧に礼を言うと、新しく入った情報を手元のノートにメモする。
こんなに簡単に事が進むなら、わざわざクリスと別行動をとる必要さえなかったかもしれない。正直、情報など全く入ってこないのではないかと思っていたので、いささか拍子抜けだ。
スヴェンはノートの情報を見返しながら、ここいらで一度情報をまとめようかと考えていた。スヴェンの頭の中だけでは、そろそろ対処しきれない情報量になっている。
スヴェンは街を見回した。
治安が悪いと聞いていたが、さすがに中心街は活気があり、小綺麗な喫茶店なども多く見かけた。スヴェンはカバンから小さなガイドブックを取り出す。どうせなら、評判の良い店で甘いものでも食べながら情報をまとめたい。
ガイドブックには『海特集』と書かれていて、季節感が合わない事から、その情報が最新版ではない事がうかがえる。実際、これは半年ほど前に購入したものだ。特集の内容は、海馬に乗るマリンスポーツやら人魚ウォッチング。本来なら、そろそろ天馬とか雪女の特集が始まる季節だろう。
しかしスヴェンの目的は、いつどこに出没するかも不明な海馬や人魚ではなく、まだ時期には早すぎる天馬や雪女でもない。いつ行こうと確実に幸福をもたらしてくれるスイーツだ。
スヴェンは凶悪な面構えのせいで、無骨な印象を持たれることが多いのだが、実は甘いものに目がない。パラパラとガイドブックをめくり、黄色い付箋が付いているページで手を止めた。そこには、スイーツ特集という見出し文字が書かれていた。
今いる場所から数分のところに、クレープが美味しいと書かれた店を見つけた。苺のアイスクリームを挟んだものが、看板商品らしい。この辺りは苺の産地としても有名で、スヴェンのようなスイーツ愛好家には有名な地域だったのだ。スヴェンは以前から、この地を訪れる事があるならば、苺は必ず食べておこうと心に誓っていた。
二つ先の角を左。次を右。それからしばらく歩くと、道路の反対側に目当ての店が見えてきた。
店はカフェ風で、持ち帰る人間よりもその場で食べる人間の方が多いようであった。看板商品がアイスクリームを熱いクレープ生地で挟んだデザートだから、放っておくとすぐに溶けてしまうのだろう。平日だというのに店は結構繁盛していて、ひっきりなしに客が出入りする。
この店の最大の特徴はオープンテラスだろうか。ほとんどの店が室内に席を用意しているのに対し、この店は表にも客席がある。日差しを防ぐためのカラフルな庇には、洒落たフォントで店の名が記されている。その下で見目の良い人間がハーブティー片手に読書でもしていれば、それだけで宣伝になりそうだ。
しかし今、その最高のスペースを陣取っているのは、どこかで見たことのある茶色い頭であった。
スヴェンはそれを見た途端、無言のまま走り出した。ひょいと柵を越えてテラスの中に飛び込むと、勢いそのままに、テラス席で気持ちよさそうに昼寝をするクリスの頭に膝を叩きつけた。
「ぐぺっ!」
スヴェンの渾身の一撃を脳天に叩きつけられて、クリスは悲鳴をあげながら飛び起きた。つむじのあたりを押さえながら、人目もはばからずに地面を転がる。
「ぎゃあああっ! 割れる! 割れるぅっ!!」
突然起きた珍事に、周囲の人間があっけにとられている。明らかに引いている人間も多い。しかしスヴェンはそんな視線を気にすることなく、何事もなかったようにクリスの向かいの席につく。
クリスはようやく復活すると、涙目になりながら、よろよろと体を起こした。
「……隊長、知ってます? 人間の頭って割れることもあるんですよ」
「そうか。もし割れたら反省するよ」
「割れる前に反省してくださいよ!!」
「黙れ、サボり魔。悔しかったら仕事しろ」
恨みがましいクリスの言葉もどこ吹く風で、スヴェンは引き気味の店員に苺アイスのクレープを注文した。
「隊長だって、クレープ頼んでるじゃないですか」
「俺は仕事もしてるんだよ」
ほら、とスヴェンは先ほどから集めに集めた王子の目撃情報を見せた。クリスはさして興味もなさそうに、スヴェンのノートに目を通す。一枚二枚とページをめくり、その枚数が増えるごとにクリスの目が大きくなる。
「目撃情報、多くないですか」
「多いな」
「嫌な予感がするんですけど」
「奇遇だな。俺もだ」
スヴェンはこの仕事に就くまでは、一度も王子に会ったことはなかった。だからスヴェンの赴任より前から副隊長をしていたクリスは、スヴェンよりも王子との付き合いは長い。とはいえ、たったこれだけの情報で、クリスはスヴェンの懸念に気がついた。
(本当に、能力値は高いんだがな)
それだけに、彼の精神面での問題点が残念でならない。
スヴェンは懐から煙草を取り出して火をつけた。重い煙が肺を満たす。細く長く、彼の口元から白い煙が登っては霧散していく。やめようやめようと思うのだが、とうに中毒になった体は、なかなか煙草なしにはいられない。特に王子と関わるようになってからは、顕著に本数が増えた気がする。
スヴェンはこの町の地図を広げた。
「王子の目撃情報の場所をまとめるぞ。手伝え」
「え。俺がですか?」
「お前以外に誰がいるんだよ」
「隊長。」
「とっとと手伝え給料泥棒」
スヴェンはクリスの椅子を蹴飛ばした。椅子はかなり揺れたが、クリスはわざとらしく「おっと」と言いながらも、危なげなく椅子に座ったままだ。
スヴェンはノートのページを何枚か千切って、その束をクリスの方に放った。
「お前の分だ」
「うげえ」
クリスは嫌そうに口を歪めて文句を言おうとしたが、その何倍もの情報量を処理し始めたスヴェンを見ると、文句も言えなくなってしまったらしい。ぐっと言葉を飲み込んで、いかにも嫌々といった様子でペンを握った。
二人は黙々と作業を進めた。さっきまでの騒がしさが嘘のように、ペンが紙の上を転がる音だけが響く。
スヴェンが注文したクレープが届き、それが着実になくなっていく。時折クリスが横から手を伸ばしているが、大目に見てやることにする。
「終わりましたぁ……」
やがてクリスがペンを放り投げ、たくさんの書き込みがされた地図の上に体を放り出す。
「ご苦労だった。もう少し休んでいて構わないが、そこはどけ。邪魔だ」
スヴェンがノートから目を離さないまま言った。さすがにクリスの方が早くノルマを達成したようだ。
クリスは上半身をゴロゴロと転がして、地図の上から退いた。
しばらくすると小さな寝息が聞こえてきた。彼の神経の太さには、毎度のことだが驚かされる。普通上司を前にして、しかも上司が仕事をしているのに、堂々と昼寝をするだろうか。
それからいくらも経たないうちに、すべての情報が地図上に書き込まれた。スヴェンはクリスに声をかけた。
「おい、起きろ」
「うーん、あと五分……痛っ!」
「とっとと支度しろ」
スヴェンの拳骨を脳天に受け、クリスはまたしても頭を押さえて呻くことになった。全くもって、学習という言葉を知らない男だ。
「うー……。
で、隊長? どこに向かうんです?」
「ここだ」
スヴェンは地図の一点を指差した。それを見たクリスは眉をひそめる。
「何もないじゃないですか。ただの森ですよ」
「そうだ。おそらくここに、盗賊団のアジトがある」
「盗賊ぅ?」
クリスの呻きに、スヴェンは実に痛ましげな表情で頷いた。
「どうやら……王子はここにいるらしい」
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