第31話

 王家の墓地は、一般人の出入は基本的に禁じられている。特別な公開日のみ、厳重な警護の下、参列が許される。この日は当然公開日ではないから、王子一行以外に人はいないはずだ。


(……ナディアが王子暗殺を諦めていれば、だが)


 スヴェンは胸中だけでこぼす。

「ん? スヴェン、何か言った?」

 朝食が美味しかったという理由で、すっかり機嫌のよくなった王子がスヴェンに向かって首をかしげる。いつも思うんだけど、なんで心の声読まれてんの? そんな顔に出てる?


「何も言ってませんよ」

「えー、本当?」

「本当です」

「……ふーん」


 そのまましばらく、木々の生い茂る丘を歩く。道中、少しずつ君影隊が散開し、不審者の捜索にあたった。


「中での警護は、スヴェンとクリスだけでいい。エミールは残りの隊員を率いて、出入り口を見張ってくれ。誰も入れないようにね」

「王子、それは」

「賊が中に侵入しているなんてこと、ありえないんだ。中はそれなりに広いけど、道は狭いし、ぞろぞろ率いても仕方ない。これが最善だろう」


 王子はそう言って、胸元の宝石を取り出した。これは王家に伝わる魔石である。王族一人一人に与えられ、その人間が亡くなると、砕かれて主人とともに墓地に入る。この石は、城の宝物庫や機密書類の入った書庫、そしてこの墓地などに入るための鍵となる。

 全ての鍵の所在は把握されているため、賊が内部に侵入することは不可能である。


 クリスが不満げに眉をひそめた。王子の言い分は間違ってはいないが、賊が王家を凌ぐ技術を持っていないとも限らない。

 王子を守る役、敵を退ける役、外に知らせる役。せめてもう一人、エミールだけでも連れていくべきではないのか、と言いたいのだろう。

 しかし王子のこの提案は、スヴェンにとって渡りに船であった。


(王子を襲ってくるとしたら、十中八九ナディアだ。ナディアが王族の鍵を持っているとは思えないが、万一ということもある。その場合、目撃者は少ないほどいい)


 スヴェンは王子の案におとなしく頷いた。

「隊長!?」

 クリスが素っ頓狂な声を上げた。スヴェンはあえてそれを見下す。

「諦めて素直に従うのが、一番いいんだろ?」

「そりゃ、そうですが……でも……」

「でも?」


 クリスは極めて深刻そうな表情で、スヴェンを見上げる。あまり見ないその表情に、スヴェンの気が引き締まる。

「隊長までボケ始めたら、いったい誰がツッコミに回れば……」

「そう思うならお前がやれよ! 違う違うそうじゃない。漫才師じゃねえんだよ、ボケもツッコミもあるか!」

 少なくともさっきのセリフはボケでも冗談でもないのだ。しかしクリスはやる気のない拍手でスヴェンの怒りに火を注ぐ。

「おー、ノリツッコミ」

「本当お前泣かせたい」


 真剣に聞いた俺が間違いだった。そうこうしているうちに、王子が墓地の結界を解除していた。


「ほら、行くよ。コンビ・真面目と不真面目」

『人違いです』


 スヴェンとクリスの声がハモった。色々と突っ込みどころは山積みだったが、とりあえずコンビ名がくそダサいから、却下だ。






「結構暗いんですね」

「まあ、普段は誰も出入りしないからね」


 薄暗く湿り気のある洞窟に、声が響く。地下墓地に明かりが常備されているはずもなく、頼りになるのは各人が持つトワイライト鉱石の光だけだ。

 王子は何度も訪れているらしく、それなりに入り組んだ迷路になっている墓地を、迷うことなくすたすた進む。スヴェンは手に持った地図を見ながら、必死になって道を覚えていた。道も分からない状態では、万一はぐれたら目も当てられない。


 ふと、物音がした気がして振り返る。

「どうしたの?」

 王子が立ち止まってこちらに声をかけた。スヴェンは鉱石を枝分かれした道にかざすが、あまり遠くまでは見通せない。暗殺にはもってこいの環境だった。


「向こう、ちょっと見てきます。王子はそこを動かないように。クリス、見張ってろ」

「はーい」

「ねえ言い方。見張るって。もうちょっとどうにかならない?」


 スヴェンは腰の剣を抜いた。いつもの大剣よりも短く、やや薄い武器だ。洞窟の中を通ることを考えると、スヴェンの武器もクリスの武器も、持ってきても重いだけなのだ。


(その点あいつは、むしろ自分の武器を最大限に発揮できる戦場だ。油断は命取りだな)


 彼女はこれだけの狭い空間であれば、天井や壁をも足場にし、まるで空を飛んでいるかのような動きができる。あれは厄介だ。


 そろりと、松明のようにした鉱石を翳し、細い道の先を伺う。すると、まるで鏡を覗き込んだ時のように、向かいから何かが顔をのぞかせた。それの顔は土色で、生者が持つべき気配の一切を持っていない。目と思しき球体は、半分眼窩から飛び出して、顔の前でぶら下がっている。


「…………」

「…………」


 互いに無言で、しばしの間見つめ合った。

 えっ?


「うおおおおおぉぉぁぁあああああああっ!!」


 腹の底から叫ぶと、一目散に逃げ出した。なにあれ、なにあれ、なにあれ!!

 スヴェンは混乱しながらも、肩越しに後ろを振り返る。すると後ろには、すっげぇ嫌な匂いのする、肉が腐り落ちた人型の何かがいた。両手を挙げて、思いの外速い速度で追ってくる。気持ち悪ぃっ。


「ぎゃああああっ! 隊長何引き連れてんですかああああっ!」

 クリスが叫ぶ。昆虫嫌いのクリスはこれもダメらしい。一方で蛾の化け物を飼ってる王子は冷静なものだ。

「ゾンビかな? 珍しいね、王家の墓地に出るなんて」

「冷静に分析してる場合ですか! 王子、あれ斬って大丈夫な奴ですか!?」


 スヴェンは王子に詰め寄る。もし王族の死体に過剰な魔素が取り込まれて動いているのだとしたら、あれを斬るだけで十分不敬罪に値する。下手をすれば死刑だ。だが王子の許可か命令があれば、始末書くらいで済むだろう。


「大丈夫、王族はきちんと火葬されてから埋められるから、ゾンビにはなれないよ。スケルトンにはなれるかもしれないけど。

 たぶんあれはアンデッドというより、墓地の土を材料に作られたゴーレムだね。なかなか粋なデザインだ」

「それなら遠慮なく!」

 スヴェンが振り返り剣を向ける。

「でも斬ったら魔素出てきそうだなアレ。わかってるとは思うけど、魔素はあんまり吸うと、正気を保てなくなるから気をつけてね」

「うおおおおおおっ! 逃げろクリス全力で!!」

「ひいいいいいいっ」


 王子、クリスの順でスヴェンに続く。

 魔素とは魔法を使う種族にとってなくてはならない存在で、力の源であるが、生来魔力を持たない人間のような種族にとっては毒となる物質だ。魔法種族は魔素がないと死ぬが、非魔法種族は魔素があると死ぬ。

 王子は人間離れしているが魔法種族ではない。だから魔素なんて、間違っても王子に吸わせていい代物ではない。


「王子! 道案内をお願いします! それから口を何かで覆ってください!」

「おっけー」

 王子が懐から薄いレースの白いハンカチを取り出した。なんでよりによってそんな薄いやつ。いやまあよく考えたら、礼服だし当然か。

「そこを右」

「右ですね!」

 指示通り右に曲がる。そこにはアンデッド(もどき)の大群がいた。

「ぎゃああああああっ!!」

 クリスの悲鳴が響き渡る。実はスヴェンもちょっと叫んだ。


 スヴェンが剣の腹でゾンビを殴り飛ばした。斬らなきゃいいんだろ斬らなきゃ!

 それからはもう悪夢だった。道を曲がればゾンビ。真っ直ぐ進めばゾンビ。後ろを見ればゾンビ。なんか進めば進むほどゾンビが増えていく気がする。なにこれ今日ってハロウィンだっけ?


「王子、まだ出口にはつかないんですか!」

 さすがのスヴェンにも疲れが見え始め、クリスに至っては叫びすぎで喉がガラガラになっている。ピンピンしてるのは王子だけだ。

「えっ、出口? なに言ってるの、向かってるのは兄上のお墓でしょ?」

「ああっ!?」

 立ち止まって胸ぐらを掴みたくなるのを必死に抑える。この状況でまだ墓参りのつもりかこの馬鹿王子。


「ゾンビ引き連れて墓参りする馬鹿がどこの世界にいるんですか!」

「失礼な。いるじゃん、ここに」

「あんた墓をうるさくしたくないからって、第二分隊置いてったんじゃなかったのか!」

「あー、タメ口。不敬罪適応案件だよスヴェン」

 ぷぷぷ、と笑いながら王子がスヴェンを指差してくる。そんなに死にたいなら、このまま墓に埋めてやろうか。幸い目撃者も一人しかいないし、両方埋めて帰れば完全犯罪成立だ。


「それにね、もう着いたよ。って、あれ?」

 王子の言葉とほとんど同時に、スヴェンたちは開けた空間に出た。そこは行き止まりになっていて、ちょっとしたスポーツができそうな空間と、巨大な墓石があった。墓石には、ヒメサユリの花の絵をモチーフにしたナサニエル王子の紋章がでかでかと描かれている。


 そして墓の前には、黒いフードの人影が一つ。……ナディアだ。

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