従者の憂鬱 〜もしも勇者がいるのなら、頼むからうちの馬鹿王子を討伐してくれないだろうか〜

佐倉 杏

今日の会議、欠席します。

第1話 丑三つ時

「さて……と」


 時刻は深夜二時を回った。たしか遠い東の国では、草木も眠る丑三つ時とか言うんだっけ。化物が跋扈する時間だとかで、その時刻には、誰もが外出を控えるらしい。

 僕に言わせれば、それはナンセンスだ。せっかく化物が彼らの方から歩いてきてくれるのだから、菓子折りでも持って、こちらから挨拶しに行くべきだとは思わないのだろうか。僕なら行くね。誰になんと言われようと、絶対行く。


 それはさておき。

 そんな刻限に、僕は眠るどころか、いそいそとベッドから這い出した。

 シルクの寝間着を脱ぎ捨て、ダボついた真っ黒な服に着替える。それから長い金の髪をまとめて、フードにしまい込んだ。あまり格好がいいとは言えないが、まあそれは、どこかで適当な服を買って、着替えればいい。


 全ての用意を終えると、部屋に置かれた大きすぎる鏡にその身を晒す。その中には、世界で一番美しい容姿を持ち、賢者さえ嫉妬するほどに利発な若者が映っていた。


「完璧」


 準備は万端。さて、ここからだ。

 今、僕の護衛を務めている男、スヴェンは、僕の予想以上に優秀だった。何がすごいって、この僕相手に、一切の容赦もためらいもしないことだ。

 今日だって彼は、この扉の向こうに数々の罠を仕掛けている。


「ふふ……。でも、この程度で僕を止めようだなんて、まだまだだね」


 この僕を止めたいのなら、罠を仕掛けたことに、気付かれないようにしないと。彼は、罠がある時点で僕が諦めると踏んだのだろうが……その考えは甘すぎる。

 僕は罠があると知りながら、鼻歌交じりに扉を開け放……


「おっと」


 違和感があった。僕が慣れ親しんだ城のドアノブにしては、いささか光沢が弱い。よくよく見てみると、これがスヴェンの罠であることが分かった。更によく見ると、それは二重、いや、三重トラップになっている。


「ははあ……。少しは彼も学習してるってわけか」


 でも、まだまだ。三重の罠を用意したのには頭が下がるけど、隠蔽方法に緩急をつけるべきだったな。これじゃあ、一つでも三つでも変わらない。僕は懐に隠し持っていた工具であっさりとノブを解体すると、扉を開け放った。

 物音に反応し、部屋の前に設置してあったクリスタルが僕の方を向く。しかしクリスタルには、目の前にいる僕を見つけることはできない。

 僕特製、ステルス機能付きパーカーのおかげだ。

 そのまま目の前を通り過ぎようとして、ふと、悪戯心が疼いた。


「良いこと、思いつーいたっ」


 僕はクリスタルの前にしゃがみ込む。クリスタルの背部には、命令を書き換えることができるスイッチがあるはずだ。無論ロックくらいかかっているだろうが……。


「僕にかかればそれくらい、文字通り朝飯前ってね」


 青筋を立てて怒りをこらえる、スヴェンの姿が頭に浮かぶ。


「……ふふっ」


 スヴェンはどのくらいで、僕を見つけることができるかな? たっぷりヒントをあげるつもりだから、是非とも頑張って欲しいものだ。

 僕はにっこりと、満面の笑みを浮かべた。

 ああ……楽しくなってきたじゃないか!

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