第25話 援軍

「頼むからもう少し、ちゃんと戦ってくれねえかな!?」

「えー? 俺、やるべきことはやってますよ?」


 王子の言いつけ通りに東門を解放したあと、スヴェンは開口一番にそう言い放った。怒鳴られた当の本人は、甚だ遺憾だと言わんばかりに眉を顰めている。

 スヴェンの周囲には戦闘不能になった野菜の山が転がっていた。一方クリスはというと、最低限の敵だけ倒し、残り全てをうまくスヴェンに誘導したため、彼の足場はいたって綺麗だった。


「だって、東門を開けたのは俺ですよ?」

「結果的にはな! この俺を囮にしておいて、よくまあ減らず口が叩けるもんだな」

「適材適所。戦略ってやつですよ。怒らないでください、怖いなあ」


 なんで俺の周りにはこんな奴ばっかりなんだろう。本気で転職したくなってくるが、それは今考えるべきことではない。スヴェンは大きなため息とともに余計な考えを脳から追い出した。


「……まあ、いい。

 それで、東門を開けて、一体何が起こるってんだ」


 いまいましげに開かれた門の向こう側を覗く。双方こちらに、兵はほとんど配置していなかったため、開け放たれた門から入り込んでくる者など一人もいない。(正確にはジャガイモが二個向かってきたが、門を潜った直後に芽を除かれて、今はあっちで伸びている)潜る人間のいない門など、何の役にも立ちはしないではないか。


「王子の考えなんて、俺にはわかりませんよ」


 はなから考える気などないのだろう。クリスは門の外を見もせずに、大きく伸びをした。しかしすぐにびくりと体を震わせると、小動物のように全身を強張らせた。


「た、隊長、聞こえます? 感じますか?」

「何がだ?」

「地響きですっ。やばいですよこれ! すぐに城壁に登りましょう!」


 クリスはスヴェンの胸ぐらを掴んで揺すると、ぱっと身を翻して城壁を駆け上った。何が起きたのかわからないが、クリスの五感はスヴェンのそれより圧倒的に優れている。同じ人間とは思えないくらいだ。たぶんこいつは、野の獣とのハーフとかだと思う。

 そのクリスが、顔を青くして一目散に逃げている。スヴェンは素直にクリスに従い、城壁を上へ、上へと進んでいった。

 城壁の上にたどり着くと、クリスが全身を乗り出して、目を東の山に向けていた。目を細めて睨みつけている先をスヴェンも見やる。


「援軍じゃないか!」


 何かは、わからない。けれど、何かがいた。山の上から何かの大群が降りてきている。立ち上る土煙の量だけが、大群の存在を示していた。あの馬鹿王子め、援軍は呼ばないと言っておきながら、結局は数の力押しじゃないか。


(いや、まあそれはいい。結果的にうまくいったとはいえ、この状況で俺たちだけで城門を破るのは難しかった。信頼の置ける貴族にでも援軍を頼むのは、間違った判断じゃない。

 それより、あの土煙はどこの騎馬隊だ……?)


 東の山はかなり急な斜面になっている。ほぼ崖と呼んでも差し支えない。あれを騎乗して駆け下りるなど、自殺行為だ。

 しかしスヴェンの心配をよそに、土煙は山の斜面へと向かって、一切速度を落とすことなく進んでいく。

 スヴェンの口から、悲鳴と感嘆をごちゃ混ぜにした声が漏れた。


「嘘だろ、あの斜面を駆け下りた……!」

 騎馬隊から目を引き剥がし、クリスの方を振り返る。

「おい、クリス。あれはどこの騎馬隊だ? このあたりに、あんな崖を降りられる馬を持った軍はないはずだろ?」


 問うスヴェンの口調が固い。それもそのはず、もしこれが王国の軍隊や、貴族お抱えの軍でなかったのだとしたら、王子の私軍ということになる。だが王太子という立場上、王子は私軍を持つことが許されていない。

 この国で王太子が軍を持つことを禁じているのは、王への反乱を防ぐためである。その法を破ったとあれば、反乱の意思ありと見做され、いくら王子でも厳罰が下る可能性がある。

 しかしクリスは城壁の上に座り込んで、気の抜けた表情をぶら下げていた。ゆっくりとスヴェンを見上げると、乾いた笑い声をあげた。


「大丈夫です。隊長が心配しているようなことには、なりませんよ」

「お前、あの騎馬隊を知ってるのか?」

 クリスはゆっくりと首を振った。

「知りませんよ。っていうか、あれ騎馬隊じゃないです」

「どういうことだ。歩兵じゃあんな速度は出ないだろ」

「違うんですよ。根本的に違うんです。

 ははっ……。さすが王子。馬鹿だけど、最っ高に頭が切れますね。俺じゃあ、逆立ちしてもあの発想は出ない」


 眉をひそめるスヴェン。クリスはその表情を見て苦笑した。

「猪です、隊長。あれ全部、山に生息している猪ですよ」

「はあ!?」


 言われて、急ぎ土煙の方を見る。しかしスヴェンの目には、まだあれが猪なのか馬なのか、それを判断することはできない。


「数が足りないなら増やしてやればいい。それが仮に人間でなくても。ってことですね」

「確かに農作物からしたら、猪は天敵だな。特に最近は猪が増えすぎて飢えてるって話だし、援軍としては最適かもしれん」


 未だ半信半疑ながら、スヴェンはクリスの言葉に乗った。猪が援軍なんて何の冗談かと思うが、敵がベジタブル連合軍であることの異常さに比べれば、相手が動物なだけマシだ。


 やがて土煙がスヴェンらのいる城壁前まで迫ってきた。ここまで近づけば、スヴェンの目にもそれが猪の大群であることがはっきりとわかる。

 猪らの後ろから、群れを追い立てるようにして、君影隊の中でも機動力に優れた数人が、げっそりした顔で付いてきていた。彼らが乗っているのは馬だ。もしかして彼らは馬であの崖を降りたのだろうか。……何人か死んでなければいいけど。


 猪が押し寄せると、ベジタブル連合軍は見るからに浮き足立った。人間を相手取っていた時の無駄な自信はどこに行ったのか、もはや剣を手に取ることもなく逃げ惑っている。

 断末魔の聞こえない蹂躙は、戦争にしては静かであった。だが地鳴りの大きさは普通の戦争にも劣らない。クリスに付いていってよかった。もし下にいたら、猪に踏み潰されていただろう。


 そのとき、植物にしてはなかなか賢しい知恵を働かせる野菜が、スヴェンの目に映った。


「なるほど、俺たちの次の役割はこれか」


 スヴェンが城壁の隅に立てかけてあった弓を手に取った。戦の最中なのだから当然だが、幸いなことにいつでも使える状態だった。王子が言っていたように、矢は腐るほどある。弓に矢をつがえ弦を引き絞り、放つ。


「……張りが弱い」


 スヴェンの口から漏れ出た文句とは裏腹に、矢は唸りを上げて飛んでいく。猪による捕食から逃れようと城壁へ登ろうとしていた玉ねぎが、表面数枚の皮を失い、城壁から落ちた。何のドラマか知らないが、大根が落ちる玉ねぎに向けて、必死にひげ根を伸ばしている。


「しかし、彼らの手が届くことは永遠になかった。

『玉ねぎーっ』『大根……お前だけでも、生きろ……!』」

「寒いからやめろ」

「はーい」


 変なアテレコをしていたクリスは、スヴェンに叱られると同時に矢を射った。それは狙い違わず、玉ねぎを失ったばかりの大根を粉砕する。


「結局それ狙うのか」

「まあ、一番近いんで。それに一緒に朽ちるなら、彼らも本望じゃないですか?」

「悪役のセリフだなぁ」


 ぼやきながらも、スヴェンは次々に矢を放つ。

 研究所から野菜たちが一掃されるのに、そう長くはかからなかった。

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