第23話『はじまり』

 優那が帰る前に母さんと姉ちゃんが帰宅したので、母さんに優那を紹介し、恋人として付き合い始めたと伝えた。

 母さんはとても喜び、帰宅途中の父さんに電話をし、両親から優那に俺のことを末永くよろしくと伝えていた。

 姉ちゃんは小春と一緒にこの前3人で行った喫茶店に行き、俺や優那のこと、真崎高校や姉ちゃんの通っている関東女子大学のこと、互いの弟妹のことなどをたくさん話したらしい。優那と同じくとても気に入ったそうで。仲良くなって安心した。

 夜になってから、前川や冨和さんに優那と付き合ったことをメッセージで報告すると、2人からおめでとうのメッセージをいただいた。2人とも、前から俺を応援してくれていたこともあってかとても嬉しかった。

 寝る前に優那におやすみとメッセージを送ると、可愛らしい寝間着姿の自撮り写真を送られてきて。幸せな気分に浸りながら眠りにつくのであった。




 4月24日、火曜日。

 今日は朝から雲一つない青空が広がっている。優那と恋人になってから初めて迎える朝としては最高だと思う。

 優那と恋人として付き合ったら、何かが変わるのかなと思っていたけれど、今のところは……学校に行くのがより楽しみになっただけで、それ以外は今までと変わっていない。

 ――プルルッ。

 学校へ行こうと自分の部屋を出ようとしたとき、スマートフォンが鳴った。確認してみると、優那から新着のメッセージが1件届いていて。その通知を見て胸が高鳴る。


『颯介、おはよう! それだけなんだけどね。また学校でね!』


「……ははっ」


 今までと違うことがさっそくあった。おやすみのメッセージは昨日までに何度もあったけれど、おはようのメッセージはこれが初めてだ。


『おはよう、優那。学校で会おう。気を付けてね』


 これが正解かは分からないけど、そんなメッセージを優那に送った。


「今日も一日頑張ろう」


 俺は家を出発して学校に向かって歩き始める。4月も下旬になり、温かい日が多くなってきたけれど、朝はまだ涼しい。今の時期は好きだな。

 清々しい気分になりながら登校し、教室へと向かうとそこには前川と冨和さんがいた。


「おはよう、前川、冨和さん」

「おはよう、真宮」

「おはよう、真宮君」

「冨和さんが一緒なんて珍しいな」

「今日は悠斗君の朝練がなかったから一緒に学校に来たの。あと、付き合い始めた2人の顔が見たくてね。良かったね、真宮君」


 前川と冨和さんに拍手を贈られる。そのことで周りの生徒から注目を浴びてしまって恥ずかしいけれど、嬉しいことに変わりはない。


「ありがとう。昨日の放課後に俺の家で2人きりで過ごしたけれど、凄く幸せだったよ。ドキドキもしたけれどね。前川と冨和さんも付き合い始めたときはこんな感じだったのかなって思った」

「そうだな。僕も、恋人になってから初めて奈々子を僕の部屋に連れてきたときは緊張した。でも、一緒にいるだけで幸せな気持ちになれるんだ。もちろん、幸せな気持ちになれるのは今でも変わらないけれど」

「嬉しいことを言ってくれるね、悠斗君。ドキドキするけれど、同じ空間に悠斗君と一緒にいるだけで何だかいいなって思えるんだよね。恋人になる前はあまりそう思わなかったけれど」

「そうなんだね」


 仲のいい前川と冨和さんを見ていると、俺までほんわかとした気分になれる。俺も優那とそんな関係になっていけるように頑張らなければ。


「おっ、お前の恋人と岡庭が来たぞ。おはよう」

「おはよう、優那ちゃん、小春ちゃん」


 振り返ると、そこには優那と小春の姿が。2人とも笑顔で俺達に手を振ってくる。

 恋人になったからなのか、優那の雰囲気が昨日までとは違うような気がする。入学した頃と比べるとかなり柔らかくなったような。


「おはよう、みんな。……颯介」


 優那はバッグを自分の机に置くと、嬉しそうな笑顔を浮かべて俺をぎゅっと抱きしめてきた。


『えええっ!』


「あの大曲が男子にデレデレする日が来るとは……」


「相手は真宮君だからね。クールそうだけど、話すと物腰が柔らかいから、大曲さんも好きになったのかも」


「真宮君のこと、いいなって思っていたのになぁ」


 クラスメイトも驚きの声を上げているな。優那のひねくれが有名な証拠か。さすがにここまで注目されると、興奮よりも恥ずかしい方のドキドキが勝る。


「みんなおはよう。優那ちゃんったら、駅で会ってからずっと颯介君のことを楽しそうに話していたの。ここまでデレデレになるとは思わなかったよ。さすがは颯介君」

「俺も予想外だよ」


 それだけ、俺と恋人同士になったことが優那にとって大きかったんだろうな。昨日、キスをしたことで心が軽くなったと言っていたし。


「優那ちゃん。真宮君と仲良く付き合っていってね。付き合う上で悩み事があったら、私が相談に乗るからさ」

「私にも言ってきてね、優那ちゃん」

「うん! ありがとう、奈々子、小春」

「真宮も何かあったら、俺とか奈々子に相談していいからな」

「ああ、ありがとう」


 付き合うことを祝福し、サポートしてくれる人がすぐ側にいるのは嬉しくて、とても有り難いことだ。今も抱きしめている優那の頭を撫でながらそう思うのであった。



 恋人が隣の席にいるというのはとてもいい気分になり、これまで以上に勉強する気になる。授業中も優那のことをたまにチラッと見てしまうけれど。そのときに優那と目が合うと、彼女は可愛らしく微笑む。それがとても可愛らしく、幸せをもたらしてくれる。今も夢を見ているんじゃないかと思ってしまう。

 あっという間に午前中の授業が終わり、昼休みに入る。


「ねえ、優那ちゃん、颯介君。今日からは2人で食べた方がいいんじゃない? 2人は恋人同士なんだし」


 柔らかな笑みを浮かべながら、小春はそんな提案をしてくる。


「小春のその気持ちは受け取るね。ただ、あたし達にそんな気を遣わなくてもいいんだよ。ね、颯介」

「うん。小春と3人で食べるのは楽しかったもんね。ただ、小春がしたいようにすればいいかなって思ってるよ。一緒に食べたい人とお昼ご飯を食べる。1人で食べたい日は1人で。それでいい気がするんだ」

「颯介の言う通りだね。あたしは小春と3人で食べたいと思っているよ」

「……じゃあ、これまで通り3人で。優那ちゃんや颯介君と一緒にお昼ご飯を食べるのは楽しいから」

「うん! じゃあ、一緒に食べよっか、小春」


 俺達はこれまで通り3人でお昼ご飯を食べることになった。

 今日の弁当も美味しそうだ。俺に恋人ができた記念だと言って、姉ちゃんがまた玉子焼きを作ってくれた。今日も黄色くふわふわとしていて美味しそうだ。


「うん、美味しいな」

「その玉子焼き、もしかして菜月さんが?」

「ああ。俺の告白が成功した記念だってさ」


 起きたら、姉ちゃんが気合いを入れて作っていたな。


「そうなんだ。本当に菜月さんは颯介のことが大好きだよね」

「私も同じことを思ったよ、優那ちゃん。昨日、3人で行ったあの喫茶店で菜月さんとたくさんお喋りしたの。優那ちゃんや颯介君のことはそうだし、この真崎高校のことや、弟妹がいるお姉さんトークとか。颯介君の話になると目を輝かせていたよ。菜月さんってとても素敵な女性だなって思う。憧れるなぁ」

「姉ちゃんも小春と話せて楽しかったって言っていたよ」


 姉ちゃんから聞いた話だと、3歳年下の弟妹がいるという共通点があるからか、小春ととても気が合ったようだ。弟妹については特に盛り上がったとのこと。

 俺への異常すぎる愛情を除けば、姉ちゃんはとてもいい姉だと思っている。優しいし、親身になって相談に乗ってくれるし。小春が憧れるのも分かる気がする。


「そういえばさ、颯介。今週末のことで提案したいことがあるんだけどさ」

「今週末ってことはゴールデンウィークか。うん、何かな?」

「……あたしの家に泊まりに来ない?」

「へっ?」


 予想外のことだったので、俺はそんな間の抜けた声が出てしまい、箸を机の上に落としてしまった。


「……確認だけれど、今、何て言った?」

「あたしの家に泊まりに来ないかって言ったの。まったく、変な声出しちゃって」


 優那と小春は声に出して笑う。さっきの俺の声が大きかったのか、周りにいる生徒も俺の方を見て笑っているし。ううっ、恥ずかしい。


「あたしの部屋に行ってみたいって昨日言っていたじゃない。実はお父さんが昨日、会社の人から今月末まで有効の温泉旅館のペアチケットをもらってきてね。それで、連絡したら今週末が空いているから、お父さんとお母さんで旅行へ行くことになって。1人だと寂しいし、颯介がうちに泊まりに来るといいなぁって」

「そういうことだったんだ。そりゃあ泊まりに行きたいけれど、優那の御両親がそれを許可してくれるかどうか……」

「お父さんもお母さんも許してくれたよ」

「へっ?」


 予想外のことをまた言われたので、間の抜けた声がまた出てしまった。そのことで、周りから聞こえる笑い声が大きくなる。


「颯介と付き合うことになったって報告して、彼を泊まらせたいって言ったら、まずお母さんが二つ返事で許可してくれて。お父さんも、これまでたくさんの人を振り続けた優那が付き合うと決めた恋人となら大丈夫だろうって許してくれたよ。颯介の写真を見せたら真面目そうだって言ってくれたし」

「……な、なるほど。御両親は俺のことをとても信頼してくれているんだね。じゃあ、その想いを裏切らないよう気を付けて、今週末は優那の家でお世話になろうかな」

「うん! 決まりだね! 楽しみだなぁ」


 優那、嬉しそうな様子でお弁当を食べている。今の話を聞くと、優那の御両親は娘に恋人ができたのがとても嬉しいんだろうなぁ。


「まさか、優那ちゃんが男の子を家に呼ぶときが来るなんてね。しかもお泊まり。何だかドキドキしてきちゃうな」

「どうして小春がドキドキするの」

「付き合っている2人がお泊まりのことを目の前で話したんだよ。しかも、2人きりの家で一夜を明かすなんて……」


 きゃっ、と小春は顔を赤くしながら興奮している。目の前で話されたら色々と想像しちゃうか。

 ただ、小春がそんな反応を見せるので、俺も優那との2人きりの夜を想像してしまう。優那と2人だからあんなことやこんなことを……ああっ、顔が熱くなってきた。


「まったく、2人とも顔を赤くしちゃって。こっちが恥ずかしいよ。でも、今週末にあたしの家で颯介と2人きりで過ごすんだよね。……楽しい時間になればいいな」


 結局、優那も顔を赤くしてニヤニヤと笑っている。

 まさか、優那の家に行くことがこんなにも早く実現するとは。しかも、優那しかいないときに、お泊まりという形で。優那の言うとおり、楽しい時間になればいいなと思う。胸を躍らせながらお弁当を食べるのであった。

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