第15話『何処かからの眼』

 日曜日は明日提出する課題をやったりするなど、部屋でゆっくりと過ごしていた。

 そんな中、小春からメッセージが。


『優那ちゃんが玉子焼きを作ってくれたんだけど、とても美味しかったよ!』


 優那、さっそく練習の成果を小春に披露したのか。

 その後、2人から送られてきたメッセージや写真によると、優那は小春を自宅に招いて、姉ちゃんに教えてもらった玉子焼きをさっそく作ったとのこと。美味しく作れたので、小春は涙を流してしまうほどに感動したらしい。重曹入りの玉子焼きからよくここまで成長できたね……と。

 そのことを姉ちゃんに報告したら、優那が美味しい玉子焼きを作れるようになったのは、自分の教えのおかげでもあるからご褒美がほしいとせがまれた。なので、姉ちゃんをぎゅっと抱きしめるのであった。



 週が明けてからの優那は、俺や小春と一緒にいるときを中心に、学校でも楽しそうな笑顔を見せることが多くなった。あと、俺と目が合うと頬がほんのりと赤くなるときも。そんな優那はもちろんのこと、彼女をすぐ近くで優しく見守っている小春も印象的だった。

 まだ、優那から告白の返事はもらえていないけれど、これからも彼女達と楽しくて平和な学校生活を送れるだろう。


 そうなると信じていた。




 4月18日、水曜日。

 今日の真崎市の天気は一日中曇りで、強い北風が肌寒く感じると予報されている。晴れないのは残念だけれど、雨が降る心配がないだけマシかな。


「うわっ、寒いな……」


 思ったよりも寒いので、真崎高校を受験したときのことを思い出す。

 あの日、校舎のどこかに優那や小春がいたかもしれない。そう考えると、そのときに出会いたかったなと思う。中学時代の制服姿の優那も見てみたかったし。そのときに出会っていたら惚れていたのだろうか。もしものことを考えながら歩いていると、身も心をも温かくなっていった。

 学校に到着して、教室へ真っ直ぐに向かうと、いつも通り前川が既に登校していた。


「前川、おはよう」

「真宮、おはよう。今日は寒いな」

「寒いよなぁ。急に寒くなると朝練も大変じゃないか?」

「俺はそうでもないかな。確かに、急に寒くなるのは嫌だけれど、体を動かせば温かくなるし、夏に比べたらマシだよ」

「それなら良かった。ただ、汗を掻いて体を冷えさせないように気を付けろよ」

「ああ。そういえば、奈々子や山本先輩にも同じことを言われたなぁ」


 ははっ、と前川は爽やかな笑みを浮かべる。その瞬間に女子達からの黄色い声が聞こえてきて。きっと、中学までもこういった感じで女子から人気があったのだろう。


「おっ、大曲と岡庭が来たぞ。おはよう」


 後ろに振り返ると、そこには優那と小春の姿が。


「おはよう、颯介、前川君」

「……おはよう、颯介君、前川君」

「おはよう、優那、小春」


 優那はいつも通り元気そうだけれど、小春の様子がおかしいな。笑みは見せているけれどぎこちないというか。作り笑顔にも思える。


「小春。いつもよりも元気がないように思えるけれど、大丈夫か?」

「確かに、真宮の言うように普段より顔色が悪そうに見えるな」

「……うん、今は何とか大丈夫かな。ただ、急に寒くなったからあまり体調が良くないっていうか」

「霧林駅であたしと会ったときから、あまり顔色が良くなかったもんね。寒いから、学校に着くまでずっと、小春はあたしの腕を抱いていたんだよ」

「そうだったんだ。今日は冬みたいに寒いもんな。あまり無理はしないでね。何かあったら俺や優那、前川とかに遠慮なく言うんだよ」

「分かった、ありがとう」


 そう言うと、小春はさっきよりは柔らかい笑みを見せるように。今日は小春を気に掛けていった方がいいな。

 急に寒くなったこともあってか、今日は体調不良で3人欠席していた。午前中に男女ともに外で体育の授業があるから、小春の体調が悪化しないといいけれど。

 いつもよりも不穏な気持ちを抱えながら、午前中の授業を受ける。

 体育も、体を動かしていくうちに温まったので俺は辛くなかった。

 たまに小春の様子を見ると、調子が良くないのか校庭の側にあるベンチで休んでいた。ただ、授業を受けている優那達を見るのでもなく、俯くわけでもなく、校舎の方を見ていることが多いのが気になった。

 朝とさほど様子が変わらないまま、昼休みになった。今日も俺は優那と小春と一緒にお昼ご飯を食べる。


「やっとお昼だよ。体育もあったからお腹が空いた」

「頑張っていたもんね、優那ちゃん。もし良かったら、私のお弁当のおかずをいくつか食べて。私、そんなに食欲ないから……」

「ありがとね。それにしても小春、まだ体調が戻らない? 体育は見学していたけれど、外にいたから体が冷えちゃったかな」

「……それもちょっとある、かな」


 小春は何かを考えながら言っているように思えた。もしかして、急に寒くなったこと以外に元気がない原因があるのかな。


「2人には話すべきかも」

「うん。颯介やあたしに言ってみて」

「実は、最近……誰かからずっと見られている気がするの」


 小春は俺や優那の眼を見ながらそう言った。


「……そっか。いわゆるストーカーってやつね。いたなぁ、色々とあたしのことを嗅ぎ回ったりした奴」


 そういったときのことを思い出しているのか、優那は怒った表情に。

 恋愛感情が原因のストーカーか。もしかしたら、そういう経験があったから、俺が告白の現場を隠れて見たことについてキツく怒ったのかもしれない。あのときのことを思い出し、ちょっと罪悪感が。


「小春、心当たりはあるの? もしあれば、そいつのところに行って徹底的に問い詰めてやるけれど」

「優那の気持ちは分かるけれど、もう少し平和的に解決するように心がけよう」

「そんな心がけなんて必要ない。例の嗅ぎ回った奴も、止めてって言っても止めなかった。だから、みぞおちに拳を一発入れたら、ようやく止めさせることができたの」

「な、なるほどね」


 経験に基づいた意見だったか。そこまでのしつこい人間はごく一部であってほしいところ。あと、さすがに武力行使はしない方がいいのでは。


「話が脱線しちゃったけれど……小春。誰か心当たりはあるの? 小春だって中学のときは男の子に告白されたことがあるじゃない」

「確かに告白されたことは何度もあるけれど、丁重にお断りしたし、その子達は別の高校に進学したよ。真崎に進学した子の中に、私への好意がある子がいないとは言いきれないけれど。多分、私の知らない人からの視線だと思う」

「なるほど……」


 優那のように、小春も何度か告白された経験があるのか。小春は可愛らしくて優しいし、お淑やかな子でもあるからそれも納得かな。


「小春。その視線はどこで感じるの? 例えば、家の近く、行き帰りの電車の中、あとは……この真崎高校の中とか」

「最初に視線を感じるなって思ったのは、優那ちゃんと颯介君が仲直りした日かな。霧林駅に向かう電車の中で」

「あの日か。普段はあたしと一緒だけれど、あたしは颯介と一緒に逢川の方へ散歩に行ったもんね。あたしに気付かれるかもしれないから、小春が1人でいるときを狙ってストーキングするか」


 ストーカーの立場を考えたら優那の言う通りかな。気付かれたら終わりだし。


「思い返すと、1人でいるときの方が視線を感じることが多かったよ。土曜日、霧林駅の近くでショッピングをしているときや、昨日、文芸部の部室へ行くときとか」

「部室に行くときにも感じたってことは、小春につきまとっているのは真崎高校の関係者ってことになるわね」

「そう考えて間違いないだろうね、優那」


 真崎高校にいる人だって分かったから、小春は体育の授業を見学しているとき、校舎の方を見ていることが多かったんだ。授業中でも、自分のことを校舎の窓から見ているかもしれないから。


「ただ、今朝は霧林駅で優那ちゃんを待っているときにも視線を感じて。怖くなっちゃって。だから、今日は優那ちゃんの腕をずっと抱いていたんだ。優那ちゃんの温もりや匂いを感じていたから、何とか学校まで来ることができたんだよ」

「そういうことだったんだね。顔色もあまり良くなかったし、あたしはてっきり急に寒くなったから体調が優れないんだと思っていたわ」

「……ごめんね、優那ちゃん。あのときにストーカーについて話せていたら、心配掛けずに済んだかもしれないのに」


 そう言うと、小春は涙を流し始める。ストーカーへの恐ろしさもあるだろうけど、優那への罪悪感が一番の理由かもしれない。

 ざっくりとだけれど、小春の置かれている状況は理解できた。問題はこの状況をどう変えていくか。


「小春。このことを御両親や先生には話した?」

「ううん、今、颯介君と優那ちゃんに話したのが初めて。でも、学校の中でつきまとわれているんだから、まずは先生に言った方がいいよね」

「そうだね。ここは大人の力を借りるべきだと思う」

「でも、小春を苦しめた奴をあたし達の手で捕まえて、一発、みぞおちに拳を入れてやりたいんだけど」


 さっき、自分がストーカーされた話をしたとき以上に怒っている。親友が苦しんでいるし、優那の性格ならここまで怒るのは当然かな。


「優那の気持ちは分かるけれど、小春をつきまとっている人間はかなり危険な奴かもしれない。ストーカーは犯罪だ。警察が動くようなことなんだよ。小春だけじゃなくて、優那まで危険に晒すようなことはできない」

「それは分かってる。でも、あたし……ピンと来ちゃったんだよね。ストーカーを捕まえるいい方法が」

「そ、そうなの? 優那ちゃん」


 優那のことだから、突拍子もない作戦かもしれない。


「……とりあえず聞いてみるか。どんな作戦なんだ?」

「ええとね……」


 優那にストーカー捕獲大作戦について説明してもらうことに。すぐ近くに犯人がいるかもしれないので、俺達3人のグループトークにメッセージを送る形で。


「どう? あたしの作戦。これをさっそく今日の放課後にやりたいの」

「……何とも言えないかな。成功しそうな感じはするけれど、小春にかなりのリスクを伴うやり方だ。小春はどう思う?」


 まずは、小春がこの作戦をいいと思わないと始まら――、


「優那ちゃんの作戦……凄くいいと思う。やってみたい。それで、こういうことは二度としないでほしいって言いたい。優那ちゃんと颯介君が協力してくれるなら大丈夫な気がするの。2人のことは信頼しているから」


 小春は今日の中では一番いい笑みを浮かべながら俺達にそう言ってきた。親友の優那が作戦を考えてくれたのが嬉しいのか。それとも、この作戦なら成功すると思っているのか。小春がここまで前向きなのは予想外だけれど、いいことだと思う。


「小春がこう言ってくれているのよ。やってみる価値はあると思うの」

「……そうだね。放課後にやってみようか。ただ、もう少し人数が多い方がいいと思うから、前川と冨和さんにも協力してもらえるかどうか頼んでみるね」

「じゃあ、あたしが奈々子に伝えるから、前川君には颯介から言ってくれるかな」

「分かった」


 俺は前川に小春がストーカーに付きまとわれており、そのストーカーを今日の放課後に捕まえるので協力してくれないかとメッセージを送る。

 すると、すぐに前川から協力するという旨の返信が届いた。山本先輩に話してサッカー部の方は遅れて参加するとのこと。優那も冨和さんから協力させてほしいと返信をもらえたそうで。



 今のところストーカーについて分かっているのは、真崎高校の関係者である可能性が非常に高いということだけ。全貌が見えていない人間を、優那の考えた作戦によって俺達は捕まえることができるのだろうか。何にせよ、精一杯やるしかいないか。

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