第14話『甘美なるとき』

 お昼ご飯は俺の作ったざるうどんと、優那の作った玉子焼き。

 初めて成功した玉子焼きを俺が食べることになり、優那は自分と姉ちゃんの分を作った。一度成功したことでコツを掴んだのか、優那は2人の分の玉子焼きも上手に作ることができた。

 俺の食べた初めて成功した玉子焼きはとても美味しかった。

 昼食を食べ終わって、ようやく優那と一緒に俺の部屋へ行くことに。


「じゃあ、お姉ちゃんは自分の部屋で大学の課題やってるから。何かあったら遠慮なく声かけてきてね」


 姉ちゃんはそう言って自分の部屋に入っていった。てっきり、俺と優那を2人きりにはしないために俺の部屋にいると思ったんだけれど。優那ならいいのかな。それとも、俺に気を遣ってくれたのだろうか。


「優那、こっちが俺の部屋だよ」

「うん、お邪魔します」


 ついに、俺の部屋に優那が足を踏み入れる。まさかこんなときが来るとは思わなかったな。しかも、彼女と2人きりだなんて。


「へえ、これが颯介の部屋か。結構広くて綺麗だね。さすが、掃除が好きなだけはある」

「優那が来るから、昨日の夜に掃除しておいたんだ」

「ふうん。そんなこと言って、えっちな本とかDVDでも隠したんでしょ」


 そう言って、優那はニヤニヤしながら俺の部屋を見渡し、特に本棚やベッドに備え付けられているクローゼットを覗いている。初めて来た部屋だと、今のようにがさ入れするのかな。


「……全然ないんだけど」

「俺の部屋に18禁のものはないよ。ただ、中学生のときに、姉や年上キャラがヒロインの過激な本を姉ちゃんが置いていくことがあったけれど」

「な、なるほどね。さすがは颯介を溺愛しているだけはあるわ……」

「だから、優那の求めるお宝は見つからないと思う。ほら、紅茶が冷めちゃうよ」

「そうね」


 そう言うと、優那はテーブルの側にあるクッションに正座する。さっき俺が淹れた温かい紅茶を飲むと、まったりした表情に。


「美味しい」

「それは良かった」


 俺もクッションの上に腰を下ろして紅茶を飲む。最近はコーヒーが多かったけれど、紅茶も美味しいな。


「それにしても、男の子の部屋って緊張するなぁ。親戚以外では初めてだから」


 部屋に入ってすぐにがさ入れしておいてよく言うよ。あと、今だって紅茶を飲んで柔らかい笑みを浮かべているじゃないか。


「まさか、高校に入学してから10日くらいで、好きだって告白してくれた男の子の部屋にいるなんて。何だか不思議な気分」

「そっか。俺もこんなに早く優那とこうした時間を過ごせるとは思わなかったよ。月曜日にあんなことがあったから、今は凄く嬉しい」

「……そう。颯介って喋らないとクールで感情をあまり出さないイメージだけど、喋ると結構柔らかい雰囲気で、ポジティブな方の気持ちは意外と出すよね」

「そうか? まあ、優那に告白したからね。そのことで気持ちが開放的になっているのかも。あと、女の子と話すのは、姉ちゃんや姉ちゃんの友達のおかげで慣れているから」


 姉ちゃんが小学生のときは、よく姉ちゃん達に付き合わされていたな。トランプやゲームで遊ぶだけでなく、おままごとをしたり、姉ちゃん達の服を着させられたり。一時期は男子よりも女子の方が喋ったり遊んだりしていたな。


「なるほどね。お昼ご飯に菜月さんは颯介のことを楽しそうに話していたし、颯介と姉弟としての思い出をたくさん作ってきたんだなって思った。それがちょっと羨ましいなって思えるよ」


 そう言うと、優那は俺から視線を逸らしながらはにかんだ。そんな彼女を見ていると、出会ったときと比べて心の距離が縮まってきたのかなと思える。


「そういえばさ、颯介。今日はありがとね。結果的に失敗作ばかりで、それをほとんどあなたが食べてくれて。失敗が続いて萎えていたけれど、颯介と菜月さんのおかげで何とか頑張れたんだよ」

「そうか」

「……それでね、颯介にお礼がしたいの。何かしてほしいこととか、一緒にしたいことってある? 何でもいいよ。ほしいものを買うっていうのでもいいよ。あまり高いものはさすがにダメだけれどね」

「えっ! そ、そうだな……」


 いきなりそう言われると、何をお願いしようか迷っちゃうな。

 ただ、好きな人と自分の部屋で2人きり。

 家には両親がおらず、隣の部屋で大学の課題をやっている姉ちゃんだけ。

 そんな状況で、何かしてほしいことや一緒にしたいことがあるかなんて言われたら、さすがに俺も色々と想像してしまう……ああっ。


「どうしたの、颯介。深刻そうな表情をしたと思ったら急に頭を抱えちゃって」

「……厭らしいことも考えてしまって罪悪感が」

「まあ、好きな人と自分の部屋に2人きりで、あたしから何かしてほしいことや一緒にしたいことはあるのかって訊かれたら考えちゃうよね。颯介なら妄想はしても実行には移さないって信じているから、そういう風に訊いたんだけれど」


 優那は微笑みながらそう言った。

 優那が俺のことを信頼してくれることはとても嬉しい。何としても、その信頼に応えなければ。理性よ、本能に勝ってくれ!


「まあ、万が一厭らしいことをされても、颯介なら……嫌だと思わないかもしれないけどね」

「そ、そうなんですかぁ……」


 頬を赤く染めて、俺のことを見つめながらそんなことを言われたら、本能が勝ってしまいそうじゃないか!

 優那も俺も満足しそうなことって何かないだろうか。もちろん、厭らしくない方向で。


「ふふっ、必死に悩んでいる颯介って可愛いね」

「ドSか!」

「ふふっ、ほらほら言ってみなさいよ。言うだけなら何でもいいからさ」


 そう言って、ニヤニヤしながら優那が立ち上がり、俺に近づこうとしたときだった。


「きゃあっ!」


 足を滑らした優那が俺の上に倒れ込んできたのだ。そんな彼女を俺はとっさに抱き留めるものの、


「いたっ!」


 優那の倒れ込む勢いが良すぎて、後頭部から背中に掛けて、床に強く打ち付けてしまった。そのせいで視界に光が走り、目が回ってしまう。


「だ、大丈夫?」

「……頭と背中が痛くて、ちょっとクラクラするけれど、たぶん大丈夫だと思う。優那の方はどこか痛いところはある?」

「颯介が抱き留めてくれたおかげで大丈夫だよ。でも、どうしよう。このことで颯介が死んじゃったり、重い障害を持ったりしたら」

「そんなことにはならないと思うよ。クラクラも痛みも少しずつ和らいでいるから」

「それなら良かった……」


 優那は涙目になりながらもほっとした笑みを浮かべていた。

 普段はひねくれていたり、ツンツンしたりしているところもあるけれど、優那には優しい一面もあるんだと再確認できた。それに、抱き留めたときに彼女の温もりや匂い、柔らかさをしっかり感じられたので、この痛みも難なく乗り越えられそうだ。

 ゆっくりと起き上がったこともあってか、頭のクラクラはなくなった。


「良かったよ、大事にならなくて」

「このくらい大丈夫だって」

「でも、鈍い音もしたし、颯介も痛いって言っていたから」

「心配掛けさせちゃったね、ごめん。……そうだ、優那が言っていたお礼のことなんだけれど。優那を抱きしめさせてくれないかな。さっき抱き留めたとき、優那を感じられて嬉しかったし、家に来たときに姉ちゃんが優那を抱きしめているのを見て凄く羨ましくてさ……」


 もう一度、抱きしめる形で優那のことを感じてみたくなったのだ。

 すると、優那は頬をほんのりと紅潮させながらクスクスと笑って、


「何だか、颯介らしいお願いね。分かった、あたしを抱きしめてもいいよ。ただ、変なところを擦ったり、胸を揉んだりしたらダメなんだからね。菜月さんに比べたら、全然胸ないけれど」

「もちろん、そこは気を付けるよ」


 俺はベッドに寄り掛かる形に座る。そんな俺と向かい合うようにして座る優那のことをそっと抱きしめた。さっきよりも、優那の温もりや匂い、柔らかさを強く感じる。


「どう? あたしを抱きしめた感想は」

「最高だよ。いつまでもこうしていられる」

「大げさだなぁ」


 呆れ気味に笑う優那も可愛らしい。きっと、幸せというのはこういうことを言うんじゃないだろうか。


「小春や菜月さんほどじゃないけれど、颯介にこうして抱きしめられるのも……悪くはないかな。ドキドキするけれど嫌じゃないっていうか。今日に限っては、あたしもずっとこうしていられる……かな」


 上目遣いで俺を見ながらそう言う優那は更に可愛らしい。悪くないとか、嫌じゃないっていう言い方も彼女らしくて好きだな。


「……そうだ。さっき、あたしを抱き留めてくれたお礼もしなくちゃね」


 そう言うと、優那は俺の左頬にキスをしてきた。

 これが優那の唇の感触なのか。初めてということもあってか、心の奥底まで響く。心臓が激しく鼓動し始める。それは優那も同じようだった。

 唇が離れると、優那はこれまでの中で一番と言っていいほどの赤面になっていた。


「我ながら凄いことをしちゃったなって思う。でも、嫌だとか後悔したっていう気持ちは全くないから」

「……そっか。俺も優那に凄いプレゼントをもらったなって思ってる。ありがとう」

「うん。そう言ってくれて良かった。でも、今は凄く恥ずかしい気分だから、少しの間……颯介の胸を借りるね」


 すると、優那は俺の胸の中に顔を埋めた。彼女の気持ちが落ち着くまではこのままにしておくか。そんなことを考えながら彼女の頭を優しく撫でた。

 優那の気持ちが落ち着いた後は、夕方まで録画した映画を観たり、課題を終わらせた姉ちゃんと3人でゲームしたりして楽しく過ごしたのであった。

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