第13話『ふわふわ』

 キッチンに行き、優那はさっそく自前の青いエプロンを身につける。エプロン姿の優那もとっても可愛いな。青色なので爽やかな印象も。家のキッチンで見られるなんて幸せだ。玉子焼きの作り方を教わることが決まってから、優那のエプロン姿をずっと楽しみにしていた。


「あらあら。颯ちゃんったら、お姉ちゃんのエプロン姿だと、そんな笑顔を見せたことは一度もないのに。何だか嫉妬しちゃう」

「姉ちゃんのエプロン姿も可愛いけれど、優那のエプロン姿はとっても可愛いからね」


 思ったことを素直に言うと、それが恥ずかしかったのか優那は頬を赤くしてチラチラと俺を見てくる。


「……あ、ありがとう。そう言ってくれるなら、この姿の写真を撮ってもいいよ。ただ、変なエプロン姿とか想像しないでよね! 裸エプロンとか!」

「安心してくれ。それじゃ、写真を撮るよ」


 俺はスマートフォンで優那と姉ちゃんのエプロン姿を撮る。姉ちゃんとのツーショット写真も撮ったし、後で2人と小春に送っておくか。

 写真で見てみると、優那のエプロン姿はとても可愛いと改めて思う。優那が裸エプロンって言っていたからか……モ、モザイクをかけないと罪悪感が。


「それでは、これからお姉ちゃん特製の玉子焼きの作り方を教えます!」

「よろしくお願いします!」


 ついに、姉ちゃんによるお料理教室が始まった。

 あと、姉ちゃん特製と言っているけれど、その姉ちゃんに玉子焼きの作り方を教えたのは俺だ。

 エプロン姿の優那と姉ちゃんが一緒に料理を作る光景は、今まで想像も付かなかったけれど、こうして実際に見てみると凄くいいな。


「じゃあ、まずはお手本として私が玉子焼きを作るからね。しっかりと見ていてね。見ている中で大切だと思ったことはしっかりとメモをするように。もちろん、分からないところがあったらいつでも質問してね」

「はい、分かりました」


 こうして見てみると、姉ちゃんも先生っぽいな。

 姉ちゃんは要点を伝えながらお手本の玉子焼きを作っていく。メモを取りながら、その様子を見る優那が微笑ましい。

 玉子焼きのいい匂いがキッチンの中に広がっていく。食欲がそそられる。


「これで完成だよ」

「うわあっ、とってもふんわりしていて美味しそうですね! 木曜日に颯介からもらった玉子焼きを思い出します。一口食べてみてもいいですか?」

「もちろん! 熱いから気を付けてね」

「はい。いただきます。……うん、すっごく美味しいです! 颯介のお弁当に入っていた玉子焼きよりも美味しいかも……」

「出来立てが一番美味しいよね。ところで優那ちゃん、何か質問はあるかな?」

「大事だと思ったことはメモを取りましたし、まずは一度チャレンジしてみてみようと思います!」


 ピンと右手を挙げ、大きな声で返事をする優那。かなりのやる気が伝わってくる。


「そっか。じゃあ、まずは一度作ってみようか」

「はい! さっそくやってみます」


 いよいよ、本格的に練習開始か。一度で上手に作るのは難しいと思うけれど、頑張ってほしいな。

 優那は緊張した様子で玉子焼きを作り始める。

 さっきと同じように、玉子の甘い匂いがしてくる。


「あっ、崩れちゃった……」

「難しいよね。最初はそんなものだよ。今、見ていたけれど、巻くタイミングが遅かったかな」

「なるほど、巻き始めるのはもうちょっと早めの方がいいんですね。……あっ、焦げちゃってる部分もある……」


 意外とすぐに終わるかなと思った矢先、雲行きの怪しい臭いがしてくる。

 思い返せば、あのときに食べさせてくれた玉子焼きは黒い部分が多かった。もしかしたら、今日のお料理教室はかなり長い時間になるかもしれないな。


「はい、颯ちゃん」

「えっ?」


 気付けば、俺の前には所々に焦げ目のある崩れた玉子焼きが置かれていた。炒り卵と言ってしまった方がいいくらいに崩れているな。


「颯ちゃん、卵料理は好きだもんね。だから食べてくれるかな。見た感じ、食べられないっていうほどの失敗じゃないから」

「そういうことか。うん、いいよ。卵は大好きだから」


 俺は失敗作を食べる係ってことか。卵を使った料理は好きだし、よほどの失敗作でなければかまわないけれど。それに、これは優那が作ったもの。そう思えば、大抵のものは食べられるだろう。気持ちは最高の調味料。


「む、無理して食べなくてもいいんだからね、颯介。あたしの失敗作なんて」

「ありがとう。お腹を壊さないように気を付けるよ。じゃあ、いただきます」


 玉子焼き失敗作第一号を一口食べてみる。


「……うん、味はいいよ。ただ、焦げているところがあるから、ちょっと苦いなって思うけれど。焦がしちゃった炒り卵って感じで、朝食とかのおかずとして十分に食べられるよ。優那も一口食べてみる?」

「そう言われると、どんな感じなのか気になるな。じゃあ、あ~ん」


 一口食べさせると、優那はすぐに微笑んだ。


「本当だ。菜月さんに教えてもらったレシピで作っているから味はいい。自分で言うのはアレだけど、木曜日に作ってきた玉子焼きに比べるとかなりいいと思う。だからか、崩れちゃったのがとても悔しい。菜月さん、もう一度やってみます」

「うん、その意気だよ。卵はたくさん買ってあるからどんどんやってみよう! 失敗したら颯ちゃんが食べてくれるから」


 自分が食べないから、そこまで気合い十分に言っているのかな、姉ちゃん。


「なるべく、卵がムダにならないように気を付けます。颯介のお腹を壊させたくないですし。あと、卵を用意してくださってありがとうございます」

「いいんだよ。それに、優那ちゃんとこうして楽しい時間を過ごせているからね。妹と一緒にお料理をしているみたいで楽しいよ。じゃあ、もう一度やってみようか」

「はい、頑張ります!」


 その後も、優那は失敗を繰り返しながらも、少しずつ姉ちゃんの玉子焼きに近づけてゆく。

 たまに、俺も姉ちゃんと一緒に横から見守るけれど、一生懸命になって玉子焼きを作っている優那の横顔はとても素敵だった。ひねくれ者とは思えないくらいの真っ直ぐさが感じられて。こういう姿を、これまで優那をひねくれていると言った人達全員に見せてやりたいくらいだった。


「ほらっ、颯介。多少焦げちゃったけれど、結構上手にできたから食べてみてよ。あ~ん」

「えっ? 食べるのはいいけど、優那に食べさせてもらうのは恥ずかしいな」

「何よ、さっきはあたしに崩れた玉子焼きを食べさせたくせに」


 ムッとする優那。そんな顔をされると断りづらくなってくるよ。


「確かにそうだね。ただ食べさせてもらうならまだしも、姉ちゃんが俺達にスマホのレンズを向けているからさ」

「いいじゃない、颯ちゃん。思い出を写真という形で残したいの!」

「……分かった。写真を撮るのはいいけれど、あまり人には見せびらかさないようにしてね。そんなことをされると恥ずかしいから」

「分かってるって」

「ふふっ、颯介も恥ずかしがることがあるんだね。は~い、颯介。あ~ん」

「……あ~ん」


 優那に玉子焼きを食べさせてもらう。その瞬間に何度かシャッター音が聞こえた。姉ちゃんのことだから、きっと、大学で友達や知り合いに可愛い弟と未来の義妹とか言って見せびらかすんだろうな。

 肝心の玉子焼きは、


「うん。最初に比べると大分良くなったね。多少焦げているところがあるからか、苦いって感じるときはあるけれど、味も食感も姉ちゃんの玉子焼きに近いよ。俺の感覚では、失敗ではないと思うよ」

「お姉ちゃんも食べてみるね。……うん、颯ちゃんと同じ意見だね。練習の成果がしっかりと出たね、優那ちゃん」

「そう言っていただけて嬉しいです。あたし的には、あと一歩かなって思います」


 多少の焦がしはご愛嬌だと思うけど、あくまでも優那の目指す玉子焼きは綺麗でふんわりとした黄色い玉子焼きということか。

 再び、優那は玉子焼きを作り始める。これで成功させたいと思っているのか、かなり気合いが入っているように見える。


「よし! どうですか?」

「うん! さっきよりも良くなったよ!」

「颯介はどう思う?」

「……うん。綺麗でふんわりしていそうな玉子焼きだね。姉ちゃんが作ったって言われたら信じるよ。でも、これは優那が自分で作った。よく頑張ったね」


 きっと、この玉子焼きを作ったら小春も驚くんじゃないだろうか。

 すると、優那はとても嬉しそうな笑みを浮かべて、


「ふふっ、色々とコメントしてくれるじゃない。あなたは主にあたしの失敗作を食べただけなのに。それでも、美味しいって言ってくれたけれど。あと、颯介もあたしを見守ってくれたね。とても嬉しかった。菜月さん、颯介、ありがとうございます」


 姉ちゃんと俺にお礼を言ってくれた。そのことで彼女にまた惚れる。こういう感覚になったのはもう何度目のことだろう。

 ちゃんとできたと小春に報告するために、成功した玉子焼きを乗せた皿を持った優那の写真を撮った。その写真に写る優那はとても可愛らしく、こういう彼女の姿をもっと普段から見られるようになればいいなと思うのであった。

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