第19話『こはるびより-後編-』

「面白かったね! 颯介君」

「うん。今年も期待通りだった」


 俺達が生まれる前から始まっている探偵アニメの劇場版シリーズだけど、ここ数年になって人気が拡大し、興行記録を塗り替えているのが納得できる内容だった。来年に次回作の公開が決定したので、必ず劇場で観よう。


「颯介君。最後の方、ごめんね。興奮して颯介君の腕をぎゅっと掴んで」

「ううん、気にしないでいいよ。ラストに活躍した刑事さん格好良かったもんね。あの緊迫したラストには俺も興奮したよ」

「そうだよね!」


 メインで活躍していた男性刑事さんの終盤のシーンがとても格好良く、小春のように興奮して黄色い声を上げている女性がたくさんいたな。

 上映時間が2時間以上あったので、今はもう午後1時過ぎか。


「小春、これからどうしようか? 時間的にはまずはお昼ご飯かなって思っているんだけれど」

「うん。ショッピングモールの中に美味しくて評判のパスタ屋さんがあるから、そこでお昼ご飯にしようかなって思ってるの」

「パスタ屋さんっていうと……あそこかな? 前に家族や友達と食べに行ったことがあるけど、美味しくてオススメだよ」

「そうなんだ。さすがは地元の人だね。そこでお昼ご飯を食べたら、ショッピングモールやその周りをお散歩しない? 優那ちゃんから逢川までお散歩したときの話を聞いて、私も颯介君とゆっくり歩いてみたいなって思っていたから」

「それいいね。今日みたいな日は散歩すると気持ち良さそうだ」


 映画で2時間以上座っていたので、色々と歩いてみたいなとは思っていた。晴れていて本当に良かったよ。


「じゃあ、それで決まりだね。まずはお昼ご飯を食べに行こうか」

「そうだね」


 俺は小春と一緒にショッピングモールの中にあるパスタ屋さんへと向かう。もちろん、このときも彼女と手を繋いで。

 日曜日のお昼だからか、学校帰りに優那と3人で来たときよりもショッピングモールの中は人が多くいる。そんな中を小春の温もりを感じながら一緒に歩いているというのは、何だか特別な感じがした。


「ここだよ、颯介君」

「……おっ、さっき話した美味しいお店だ」


 お昼ご飯のお店はやはり、以前に来店したことのあるパスタ屋さんだった。俺は明太子パスタ、小春はナポリタンを頼んだ。このお店のパスタは変わらず美味しい。

 小春の提案で、お互いに頼んだパスタを一口交換し合った。他のお客さんがいるからちょっと恥ずかしかったけど、こういうことをするのは姉ちゃんで慣れてはいるし、何よりも小春は嬉しそうだったのでよしとするか。きっと、こんなことをする俺達を、周りの人はカップルだと思っているんだろうな。


「評判通り、凄く美味しかった。明太子パスタ一口くれてありがとう」

「いえいえ。それに、俺はここのナポリタンは大好きだから、一口食えて良かった。姉ちゃんに食べさせられたことを思い出したよ」

「そっか。だから、私が一口交換していいって頼んだとき、二つ返事でいいよって言ってくれたんだね。やっぱり、颯介君って結構なお姉ちゃんっ子だよね」

「……姉離れしていると思ったんだけれどなぁ。でも、思い出話で一番多くネタがあるのは姉ちゃんだから、少なくとも昔は姉ちゃんっ子だったかな」


 今の言葉、絶対に姉ちゃんに聞かせたくないな。調子に乗ってくるだろうから。思わず周りを見るけれど、姉ちゃんらしき人の姿はどこにもなかった。

 ふふっ、と小春は楽しげに笑う。


「颯介君可愛い。ほんと、第一印象はクールな感じだったけれど、話すととても柔らかい人だよね。優那ちゃんもギャップがあるって言ってた」

「そんなこと言ってたんだ」

「うん。颯介君のことを話す優那ちゃんはとても楽しそうだった。……今度は優那ちゃんと3人でパスタを食べに来たいよね」

「そうだね。きっと、優那も気に入るんじゃないかな」

「絶対に来ようね。じゃあ、ショッピングとかしながら適当に歩こっか」

「うん」


 それからはショッピングモールを中心に小春と散策する。

 途中、本屋や文房具屋で買い物をしたり、ゲームコーナーにあるクレーンゲームで、小春の欲しがる猫のぬいぐるみを一発で取ったり。そんなとき、小春は俺の側で楽しそうにしていて。これが俺へのお礼だったのかなと思った。

 外も歩いてみようという話になり、俺達はショッピングモールを出て近くにある公園まで散歩することに。陽も傾き始め、映画を見終わったときよりも涼しくなっていた。ただ、これまで歩いて体も温かいのでこのくらいがちょうどいい。

 公園に入り口近くのベンチに、俺達は隣り合って座る。ショッピングモールや映画館の雰囲気もいいけれど、緑もある公園の景色も結構好きだ。


「今日は楽しかったね、颯介君」

「ああ。小春のおかげで、今日は楽しい一日になったよ」

「それなら良かった。……ちょっと話したいことがあるんだけれどいいかな」

「もちろん」


 話したいことって何なんだろう? 改めてストーカーを捕まえたことのお礼を言ってくれるのかな。

 小春は映画を観ているときのように俺に手を重ねてくる。そのことにドキッとした。


「この前はストーカーを捕まえてくれてありがとう。もちろん、颯介君だけじゃなくて優那ちゃんや前川君、奈々子ちゃんのおかげでもあるんだけれど。ただ、優那ちゃんの言うように颯介君が一番頑張ってくれたって思ってる」

「そう言ってくれるのは嬉しいな。でも、優那が作戦を立てて、前川や冨和さんが陰で支えてくれて。何よりも、ストーカーを撃退しようって小春がやる気になったからだと思う。小春がまた楽しく学校生活を送れるようになって本当に良かったよ」

「……そう言ってくれるなんて、颯介君は本当に優しいね」

「小春や優那ほどじゃないよ」


 入学してからの2人をすぐ側で見てきて俺はそう思っている。優那はひねくれたりしているときもあるけれど。


「そういうことを言う人が一番優しいって思うよ。……そんな颯介君だから、追田先輩を捕まえる前の告白の演技を最後までやってくれたら良かったのに。それが……演技じゃなくて本当だったらいいなって思っているんだよ」

「……それって、もしかして……」


 重ねられた手から伝わる温もりが強くなった気がした。それとも、ドキドキして俺自身が熱くなっているのか。

 小春は切なげな笑みを浮かべる。


「うん。私は……今、とても酷いことをしようとしている。颯介君は優那ちゃんに告白して返事を待っているのに。優那ちゃんも颯介君と仲が良さそうだし。ただ、ストーカーの一件を通して抱いたこの想いを、このまま心の中に留め続けられそうにないの」


 小春の笑みが可愛らしいものになり、俺のことを見つめ、


「颯介君のことが好きです。私と恋人として付き合ってくれませんか」


 想いを告白して俺にキスしてきた。

 キスはこれが初めてだからか、時間が止まったような感じがした。そんな中でも小春の優しい温もりや柔らかさ、匂いはちゃんと分かって。小春の抱く俺への想いの強さは相当強いのだと思い知る。

 気持ちが温かくなっていくけれど、同時に揺さぶられる。

 やがて、小春の方から唇を離した。そこにいるのは、顔を真っ赤にしながらもさっきよりも嬉しそうな笑みを浮かべる小春だった。キスしたからか、そんな彼女がとても艶やかな気がして。


「ファーストキス、颯介君にあげることができて良かった。キスっていいね」

「……俺も初めてだったよ」

「……そっか。颯介君のファーストキスをもらっちゃったんだ。嬉しい」


 そう言いながらも、小春の笑みは控え目なものになる。


「……どうかな? 私からの告白の返事は。時間が必要かな」


 小春に好きだと告白され、ファーストキスもされ。そんな俺の気持ちは――。


「もう答えは決まっているよ。……告白してくれて嬉しかった。キスされて、正直、ドキドキもしたし、心も温かくなった。だけど、俺は小春と付き合うことはできない。俺が恋人として付き合いたいって思うのは優那しかいないんだ。だから、小春の気持ちに応えることができません。ごめんなさい」


 小春は優しくて、お淑やかでとても素敵な女の子だと思っている。告白をされて、正直、キュンともなった。

 それでも、俺にとって一番好きなのは優那であり、彼女と恋人として付き合う未来を歩みたいという気持ちは変わらなかった。むしろ、その思いがより強くなったほど。その証拠なのか、キスされたとき、優那の顔が思い浮かんだ。


「……分かった。颯介君にとって、一目惚れしてからずっと優那ちゃんが一番好きなんだね。それがとても悔しい。でも、想いを伝えることができて良かったって思ってる。ごめんね。こんなときに告白しちゃって」

「気にしないでいいよ。俺はまだ優那と付き合っているわけじゃないんだし。想いを伝えてくれたことはとても嬉しかったから。……今日がより素敵な一日になったと思うよ、ありがとう」

「……そう言われちゃうと、颯介君の好意を無くせそうにないよ」

「そっか。これは個人的な考えだけど、フラれたからって好意を無くす必要もないと思う。好きな気持ちがあることで元気に過ごせそうなら」

「……うん。ただ、今は悔しくて泣きたいから……ちょっと、ごめんね」


 涙を流し始めた小春は俺の右腕を抱きしめて、小さく声に出して泣いた。

 周りにはちらほらと人がいて、こちらを見ている人もいるけれど、今はこうして小春の側にいることが、告白を振った人間として今できる責任の取り方だと思った。

 それでも、俺は時々、優那のことを考えてしまう。俺に告白されたとき、ああいう感覚になったのかと。告白されてから俺と一緒にいるとき、どんな気持ちを抱いているのかと。俺が小春とデートをしている今、どうしているのかと。

 公園を吹き抜ける夕刻の風がとても冷たい。俺のせいで泣いている彼女の温もりが心地よく思えてしまうほどに。


「……颯介君」


 そう俺の名前を呼んでくれたのは、泣き始めてからどのくらい経ってからだろうか。

 小春の方を向くと、彼女は微笑みながら俺を見ていた。そんな彼女の目尻はとても赤くなっていた。


「……泣いたら結構スッキリしたよ。颯介君のこと、応援するね。今日は色々な意味で忘れられない一日になりそうだなぁ。でも、こうして颯介君と2人でデートできて本当に良かった。こっちがご褒美をもらった気分。本当にありがとう」

「小春がそう言ってくれて良かった。俺にとってもいい一日になったよ、ありがとう」

「いえいえ。……じゃあ、そろそろ帰ろっか」

「そうだね。駅まで送っていくよ」

「ありがとう。まだデートは終わっていないから、最後に駅まで手を繋ぎながら歩こうよ。それでもいいかな?」

「もちろん」


 それまでよりもゆっくりとした速さで、俺と小春は手を繋いで真崎駅に向かった。

 駅の改札口で別れ、俺に見せる小春の後ろ姿はどこか悲しげで。それでも前向きになろうとしているように思えた。きっと、明日になったらまた、あの穏やかで優しい笑みを見られるだろう。

 小春の姿が見えなくなったのを確認してから、俺は自宅に向かって歩き始めるのであった。

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