第18話『こはるびより-前編-』

 翌日からはまた平穏な学校生活に戻った。

 小春も何かに恐がったりすることもなく、いつも通り笑顔を見せるようになった。むしろ、日曜日に俺とデートをする予定になっているからか、これまで以上に笑顔が多くなっていると思えるほどだ。

 ちなみに、小春は前川と冨和さんにストーカー撃退のお礼として、好きな飲み物を1本ずつ奢った。優那にはケーキ屋さんでスイーツを1つってことを考えると、俺への1日デートというのはかなり贅沢な気がする。

 そのデート、小春は映画に行こうと考えているので、どんな作品を観たいか訊いてきた。今の時期に公開している映画と、この前の喫茶店で話したことを思い出して、毎年この時期に公開している推理アニメの劇場版を一番観たいと伝えると、小春も観てみたかったそうですぐに決まったのであった。



 小春とデートすることを姉ちゃんに言ったら面倒臭そうになりそうだけれど、隠すわけにはいかないので正直に言うと、


「優那ちゃんじゃない女の子とデートってどういうことなの? あと、お姉ちゃんも颯ちゃんとデートしたい! 大学生になってから、休日に颯ちゃんと一緒にお出かけできてないもん!」


 予想通り駄々をこねられた。大学生の姉の反応ではないと思うけれど、こうじゃないと姉ちゃんじゃないよなと安心しているのも正直ある。

 今回のデートはストーカーを捕まえたことのお礼であることと、デートの相手である小春の写真を見せると、


「そういうことだったんだね。それにしても、類は友を呼ぶって言うのかな。可愛い優那ちゃんの親友はとても可愛いのね! 彼女とも会ってみたいな」

「その機会はいずれ作るから、日曜日にこっそりと後を付けるとかしなくていいからね」

「そんなことしないって。じゃあ、日曜日はデートを楽しんできてね」


 姉ちゃんは笑顔でそう言うけれど、何だか不安だな。ただ、昔に比べると姉ちゃんも俺が女の子と一緒にいることに寛容になった気がする。優那も小春も姉ちゃん好みの可愛い女の子だからかもしれないけれど。

 姉ちゃんと優那に楽しかったって言えるような1日になればいいなと思う。



 4月22日、日曜日。

 いよいよ、小春とのデート当日となった。天気は快晴で、穏やかに吹く春風が気持ち良く、絶好のデート日和と言えるだろう。

 午前9時45分。

 俺は小春との待ち合わせ場所である真崎駅の改札前に到着した。日曜日の午前中ということもあって、家族連れやカップル、何人かの友人グループとかが多いな。

 待ち合わせの時間は午前10時だからか、まだ小春の姿はない。今回もこの相手を待っている時間を楽しむことにしよう。


「まさか、2週連続で週末に女の子と待ち合わせすることになるとは……」


 高校に入学する前は想像もしなかったな。このデートがストーカーを捕まえたことのお礼であるということも。小春の考えたデートを楽しめればいいな。


「颯介君!」


 改札の方を見ると、淡い水色のワンピース姿の小春が、俺に向かって手を振ってきた。俺と目が合うと楽しげな笑顔になって。


「小春、おはよう」

「おはよう、颯介君。今日は晴れて良かったよ。優那ちゃんから、早めに行っても颯介君がいるかもとは聞いていたけれど本当だったね」

「早めに会えるのもいいし、待っている時間も好きだからね。5分くらい前に来たかな。それにしても、そのワンピースとても似合っているね。爽やかで可愛いよ」

「ありがとう、とても嬉しいよ。颯介君もジャケット姿、とてもかっこいいです」

「ありがとう」


 服装を褒められるのは嬉しいな。小春も同じなのか、顔を赤くしながらとっても嬉しそうにしている。


「颯介君さえ良ければ、私のこの姿の写真を撮ってもいいよ」

「じゃあ、お言葉に甘えて」


 俺は小春のワンピース姿をスマートフォンで撮った。この写真を姉ちゃんに見せたら凄く喜びそうだ。


「今日はよろしくね、颯介君」

「うん、よろしく。一緒に楽しい一日にしよう」

「そうだね。まずは映画。颯介君なら分かると思うけれど、ショッピングモールの近くにある映画に行くよ」

「あそこか。スクリーンも大きくて音もいいから好きな映画館だよ。じゃあ、行こっか」

「うん! ……これはデートだから、颯介君と手を繋ぎたいって思っているんだけれどいいかな?」 

「もちろんいいよ」

「良かった。ありがとう!」


 俺にそうお礼を言うと、小春は俺の左手をそっと掴んでくる。そのときの彼女の照れた様子はとても魅力的だ。

 俺と小春は映画館に向かって歩き始める。こうしているとまさにデートだな。


「私、今日をずっと楽しみにしていたの。颯介君と2人きりでデートするのは初めてだから緊張もするけれど。颯介君は普段とあまり変わらない感じがする」

「俺も多少は緊張しているけれど、今日は小春と一緒に楽しい時間を過ごせればいいなと思って」


 個人的に、緊張していたらあまり楽しめないのかなと思うし。小春がプレゼントしてくれたデートをたっぷりと楽しみたいから。


「そっか。それだけじゃない気もするけれど。やっぱり、お姉さんがいるから?」

「それもあるかな。前にも話したけれど、姉ちゃんとはショッピングモールとかへ一緒に出かけることが多くて。特に俺が小学生くらいまでは、こうして一緒に手を繋いで歩いていたから。だから、懐かしくて安心できるかな」

「なるほどね。私も妹と一緒に出かけるときは手を繋ぐことが多くて、優那ちゃんともたまに登下校のときに手を繋ぐよ。安心できるっていう気持ちも分かる。この前も思ったけれど、颯介君の話を聞いていると、お姉さんと気が合いそうな気がする。……いつか、お姉さんと会わせてくれるかな」

「もちろんだよ。むしろ、今日のことを姉ちゃんに話したら、小春が可愛いから姉ちゃんの方が会いたがっているくらいだ。きっと、今の話を聞いたら姉ちゃんも喜ぶと思う」

「そう言われると何だか照れちゃうな」


 えへへっ、と小春は柔らかい笑みを見せる。この笑顔を俺達は追田先輩から取り戻したのかなと思った。

 映画館が見えてきた。日曜日であることや、俺達が観るつもりの映画を含め、話題作がいくつも公開中だからか、映画館の方に向かう人が多い。


「ここまで人が多いとチケットが買えるか心配だなぁ」

「俺達が観ようとしている作品のスクリーンは一番大きいし、たぶん大丈夫だと思うよ」


 スマートフォンで空席の状況を確認してみると、残り半分か。11時からという観やすい時間だから観る人が多いのかも。

 若干の不安を抱えながら映画館に到着。券売機には長蛇の列が。


「列が凄く長いね。霧林にも映画館があるけれど、こんなに混んでいることはないよ。小さくて地元の人以外はあまり行かなそうな感じなんだ」

「そういう映画館も雰囲気があって良さそうだね。ここはショッピングモールの近くで人は多く来るし、特に今は人気作がいくつか上映されているから。でも、全員が俺達と同じ映画を観るわけじゃないだろうからきっと大丈夫だよ」


 不安になっている小春を励ましながら、ついにチケットを買う番になった。


「後ろの列で真ん中の席はさすがに埋まっているね」

「そうだね。……あっ、この2人だけが座れるブロックが空いているよ。端だけれど、ここにしてみる? 颯介君」

「おっ、いいじゃないか。2人だけの席なら落ち着けるし、後ろの方だから見やすいよ、きっと」


 運良くいい席が空いていた。1人だったら避ける場所だけど、小春と2人のデートなら最高の場所じゃないか。


「うん! じゃあここにするね。チケット代は……お礼のデートなんだし私が奢るよ!」

「気持ちだけ受け取っておくよ。チケット代は割り勘にしよう。ただ、映画を観るときにポップコーンを食べたいから、それを奢ってくれるか?」

「颯介君がそう言うなら、それでいいよ」


 さすがに映画のチケットを奢ってもらうのは気が引ける。それに、みんな飲み物や食べ物を奢ってもらったから、俺もそういうのがいいなと思って。

 目当ての2人席のチケットを無事に購入。上映開始する間近までは俺が買った映画のパンフレットを見ながら、誰が犯人なのかを予想するなどして談笑した。

 入場できる時刻が迫ってきたので、約束通りに小春にポップコーンを奢ってもらう。一粒食べてみると……うん、香ばしくて美味しい。塩加減もちょうどいいな。

 入場開始時刻となったので、俺達は上映スクリーンへと入場した。


「ここで正解だったね、颯介君」

「うん。予想通り、後ろの方だから見やすいね。小春と2人きりだから落ち着けそうだ」


 混んでいたからこそ見つけられた席だったかもしれない。非常にラッキーだ。

 壁側に俺が座り、右隣の通路側に小春が座ることに。学校では右隣に優那が座っているので何だか新鮮な気持ちになれる。


「左隣に颯介君が座っているってこういう感じなんだ。教室での優那ちゃんの気分を味わっているみたい」

「学校だと席はくっついていないけどね。きっと、優那はそういう感じなんだろうな」

「颯介君の後ろ姿もいいけれど、颯介君の横の姿……もっと言えば横顔か。それもいいなって思う。優那ちゃんがちょっと羨ましい」

「そうかい。小春の横顔も可愛いよ」

「……嬉しいな」


 小春ははにかみ、視線をちらつかせる。そんなところも可愛らしかった。

 そんな話をしているうちに映画の予告編が始まった。気付けば、満員とも言えるくらいに人が座っていた。

 個人的にはさほど存在価値を感じられない冒頭の予告編が終わり、映画本編がスタートした。

 人気の劇場版シリーズということもあってか、安心して観ていられる。そんな作品を観ながら食べるポップコーンはとても美味しい。小春に奢ってもらったからか、今までで一番美味しいかもしれない。


「ふふっ」


 小春の笑い声が聞こえたので彼女の方を見てみると、彼女は穏やかな笑みを浮かべてスクリーンの方を見ていた。

 何だか右手が温かいなと思って見てみると、俺の右手の上には何と小春の左手が置かれているではありませんか。手を繋いで映画館まで来たこともあってか、さほど驚きはなく、むしろこの優しい温もりが心地よく思えるほどだった。


「どうしたの、颯介君」

「小春も楽しそうで良かったと思って。そうだ、ポップコーン食べる?」

「うん、いただきます。あ~ん」

「はい、あ~ん」


 小春にポップコーンを2、3個食べさせると、小春は嬉しそうな笑顔を浮かべながら食べている。


「美味しいね」

「でしょ? 遠慮なく食べてね」

「ありがとう」


 本当に小春とデートらしいことをしているなと思いながら、その後も小春の隣で映画を楽しむのであった。

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