第17話『瞳の奥の情』

 青髪の女子生徒がしゃがみ込んだまま泣き続けている。

 時折、泣き声が大きくなり、見るに堪えない光景になってきたので、俺は前川と一緒に彼女を近くにある椅子に座らせる。今度は机に突っ伏して泣く。


「何でここまで泣くのかなぁ。小春のことを恐がらせたくせに」

「優那ちゃんの言うことも分かるけど、きっと彼女にとってはここまで泣いちゃう深刻な理由があるんじゃないかな。つきまとっていたのが小春ちゃんにバレて嫌われちゃったんじゃないかとか……」

「それは自業自得じゃない! まったく……」

「怒る気持ちは分かるけど、少しは落ち着こう、大曲」


 プンプンと怒っている優那に対して、冨和さんと前川は落ち着いた様子。今は青髪の彼女が泣き止むのを待つしかないかな。

 今回の被害者である小春は、ストーカーの正体が分かってからずっと複雑そうな表情をして俯いている。さっきと同じように、俺は小春のすぐ側に腰を下ろす。


「優那の作戦、上手くいったな、小春」

「……それは良かったって思ってるよ、颯介君。てっきり、犯人は男の子だって思っていたから、女の子だったのには驚いたけれど。捕まえられてほっとしている気持ちもあるし、つきまとわれたことの怒りもあるよ。ただ、つきまとっていた人が目の前で号泣し続けているのを見ると、何とも言えない感じになってくる」


 そう言うと、小春は俺の制服の袖を掴んだ。

 確かに、小春の言うようにここまで号泣し続けられると、単に怒るのは可哀想な感じはする。つきまとって小春を不安な気持ちにさせた事実は変わらないけれど、まずはこの青髪の女子生徒から話を聞くべきかな。

 そんなことを考えていると、青髪の女子生徒はようやく泣き止んだようだ。涙を拭った後の彼女の目元はとても赤くなっていた。


「ようやく泣き止んだようね。さあ、ここからは小春の親友であるあたしがたっぷりと尋問を――」

「優那。ここは俺が話を聞くよ」


 優那に任せてしまったら、青髪の女子生徒をまた泣かせてしまうかもしれないし。

 優那は真剣な様子で俺を見てくる。


「颯介がそう言うなら、あなたに託すわ。でも、しっかりと話を聞きなさい」

「ああ、任せてくれ」


 俺は青髪の女子生徒と向かい合うようにして椅子に座る。すると、青髪の彼女は俺をチラチラ見てくる。


「俺は1年3組の真宮颯介といいます。あなたは?」

「……追田亜美おいだあみ。2年1組です」

「2年生の先輩でしたか」


 だからといって、特に態度を変えるつもりはないけれど。


「追田先輩は、小春のことを好きになってストーカーをするようになったそうですが」


 すると、追田先輩は急にはっとした表情となり、


「ス、ストーカーじゃない!」


 大きな声で否定すると、両手で机を激しく叩いた。


「先週の月曜日に、こちらの可愛い天使様に一目惚れをしたの。それからは、彼女が危険な目に遭わないように……そう、見守っていたの! 1人で歩いているところとか、電車に乗っているところとか。休日にお買い物をしているときとか! でも、もっと彼女を見たくなっちゃって、今日は朝から霧林駅で天使様のことを見守っていたの! さっきも、下駄箱に天使様の靴があったから、学校中を探して図書室で見つけることができたんだ!」

「それを世間ではストーカーって言うのよ!  あなたがそうしたことで小春が苦しんだ! さっき颯介も言っていたけれど、今朝の小春の様子を見ていればそれも分かることでしょ! 小春をずっと見守ってきたんだったら! 小春に謝りなさい!」

「ううっ……」


 先輩相手でも小春にストーカーをしていたからか、優那は強い口調で怒る。それもあってか、追田先輩は再び目に涙を浮かべている。


「追田先輩の気持ちはちょっと分かりますね。僕も奈々子と付き合うまでは、好きな彼女の姿をなるべく見ていたかったので」

「悠斗君……」


 そういえば、前川の方から冨和さんに告白したことで2人は付き合い始めたんだっけ。クールだけれど、冨和さんに関してはとても熱い男なのだと今一度思う。


「ただ、真宮や大曲の言うように、好きな人の気持ちを少しは考えるべきだったと思います。その人の気持ちを考えようとせず、自分本位に動いてしまったらその人のことを傷つけてしまうだけです。現にあなたがつきまとったことで、岡庭を怖がらせてしまった。それについて、彼女に謝るべきだと思います」

「彼の言う通りだと思います。実は、俺も好きな女の子のことが気になってしまったあまり、隠れて告白の現場を見てしまったことがあります。ただ、それは彼女にとってとても嫌なことでした。それを知ったとき、彼女に嫌われたこともそうですが、何よりも彼女を傷つけてしまったことがショックで。その彼女とは仲直りできましたが、そのきっかけは心から謝ることでした。……お互いのために謝るべきかと、追田先輩」


 好きな人のことを見ていたいという追田先輩の気持ちも分かるんだ。

 ただ、前川の言うように、相手の気持ちを考えずに行動してしまったら、その人のことを傷つけてしまう。それについてはしっかりと謝らなければいけない。


「このまま謝らなければ、きっと、先輩にとっての天使様に見放されてしまう未来しかないと思いますよ」

「……真宮君の言う通りかもね」


 追田先輩はゆっくりと椅子から立ち上がって小春の前に立つ。

 そんな追田先輩のことを未だに警戒しているのか、優那は小春のすぐ横に立って手を握りながら、追田先輩のことを睨んでいる。

 当の小春は真剣な表情で追田先輩に視線を向ける。


「岡庭小春さん。今まであなたをつきまとって、怖い想いをさせてしまって本当にごめんなさい。そして、あなたのことをずっと崇めさせてください! あわよくば、私と……恋人として付き合ってください!」


 追田先輩、目を輝かせているな。

 謝るだけじゃなくて告白もしたか。一目惚れしたって言っていたからもしやとは思っていた。俺も優那に謝ったその流れで告白してしまったので、追田先輩がそうするのも理解はできる。

 あのときの優那と俺の状況に似ているけれど、果たしてどうなるのか。


「ごめんなさい。追田先輩として恋人と付き合うつもりは全くありません」


 小春は真剣な様子で追田先輩にしっかりとそう言った。失敗してしまったか。


「今後、つきまといや盗撮などの行為を一切しないと約束すれば、今回のことは不問にします。ただ、その約束を破ったらすぐに先生や警察に言いますからね。あと、私を天使として崇めることは……ご自由に」

「ありがとうございます。岡庭さんの温情に感謝いたします」


 小春、優しいな。あんなに恐がっていたのに、追田先輩がちゃんと謝ったからか今回のことを不問にするなんて。


「あと、最後に言っておかなければならないことがありますね」


 すると、小春はいつもと変わらない優しい笑みを浮かべて、


「こんなことをした追田先輩のことは大嫌いです。少なくとも、私が高校を卒業するまでは私の前に姿を一切現さないでください」


 追田先輩にそう言ってのけたのだ。優那のように怒るよりもよっぽど恐かった。普段優しい人ほど怒ったときは恐ろしいとは聞くけれど。これには、さっきまで怒っていた優那も驚いた様子を見せていた。 


「ううっ、ごめんなさああい! もう二度としません!」


 追田先輩は号泣しながらそう叫び、多目的スペースから走り去ってしまった。自業自得かな。それだけ、小春を傷つけてしまったということで。同時に、優那は俺があのときにしてしまったことをよく許してくれたなと思った。


「岡庭、追田先輩が走って行ったけれど……」

「追いかけなくていいよ、前川君。今回のことはもう解決したから」

「……岡庭がそう言うならいいか」

「それにしても、さっきの小春ちゃんは凄かったね! あの先輩のつきまといに怯えていたとは思えないくらい」

「ああいう人は、はっきりと嫌だって言われないと止めないと思ったから。そうしたら、あんな感じになっちゃって。まあ、本当に嫌な人だと思ったし、姿も見たくないって思っていたから、結果的にあれで良かったかも」

「それでも、あの言葉を笑顔でさらりと言ったのは恐かったよ……」

「優那ちゃんと喧嘩してもああいう風にはならないもんね」


 さすがの優那も、小春と喧嘩してもあそこまでは怒らせないか。それほどに、小春にとっては追田先輩によるつきまといがとても嫌だったのだろう。


「岡庭のことが解決して良かった。じゃあ、俺はサッカー部の方に行ってくるか」

「じゃあ、部室の近くまで一緒に行くね」

「うん、分かった。じゃあ、3人ともまた明日な」

「また明日ね」

「うん。前川君も奈々子ちゃんも今日はありがとう。前川君は部活頑張ってね」

「またね、前川、冨和さん」

「じゃあねー」


 前川と冨和さんは手を繋いで俺達の元から去っていった。あの2人を見ると、俺もいつか優那と恋人として仲良く過ごしたいなと思う。


「優那ちゃんも颯介君もありがとう」

「いえいえ。親友のためですから。それに、あたしは作戦を考えただけで、一番の功労者は颯介だよ」

「確かにそうかも。颯介君、ここでの演技も上手だったし、何よりも図書室からずっと一緒にいてくれたから、安心もできたんだ。演技だって分かっていても、あのときはドキドキしたし……」


 小春はそう言うと、頬を赤らめて俺を見ながら笑った。こうした笑みは新鮮で可愛らしい。こういった姿を見て追田先輩は一目惚れをし、つきまといを始めてしまったのかなと思う。


「俺は優那の作戦通りに動いただけなんだけどな。小春の不安もこれでなくなっていくと思うと嬉しいよ」

「……うん。そう考えると、みんなに何かお礼をしたいな。リクエストってある?」


 その言葉を小春から聞いて、俺はこの前の土曜日のことを思い出す。ここに足が滑りそうなところはないから大丈夫かな。


「じゃあ、あたしは霧林駅の近くにあるケーキ屋さんで何か1つ!」

「分かった。じゃあ、帰りに買って私の家で食べようか。颯介君は?」

「そうだな……」


 特にお礼とかを期待して動いたわけじゃないし。ありがとうっていうさっきの言葉で十分なのが本音ではある。


「颯介は一番活躍したんだよ。小春に凄いお礼をしてもらったら? 厭らしいことはもちろんダメだけれど」

「そんなことはお願いしないと思うけどな。でも、優那ちゃんの言うとおり、颯介君が一番活躍したから、何でもいいよ」


 何でもいいと言われると、やっぱり思い浮ばないなぁ。でも、何か希望を言わないと小春も満足しないような気がするし。どうしようか。


「じゃあ、私とデートしようよ。日曜日って大丈夫かな?」

「デ、デート?」


 活発な優那ならまだしも、大人しい小春がデートに誘うというのは意外だ。


「日曜日は大丈夫だよ」

「良かった。じゃあ、今日のお礼に、今度の日曜日を楽しい一日にするね。私が予定を考えるから楽しみにしていて。どこか一緒に行きたいなって思ってる。もしかしたら、何度かメッセージか電話で希望を訊くかもしれない」

「分かった。日曜日を楽しみにしているよ」

「うん!」


 小春はとても楽しげな笑みを浮かべた。お昼頃までストーカーで悩んでいたのが嘘のようだった。

 デートと言われるとドキドキするけれど、ストーカーについて解決したお礼としてのデートだから気楽に過ごせればいいなと思う。もちろん、小春と一緒に楽しみながら。


「……驚いた。まさか、お礼でも小春が男子をデートに誘うなんて」

「颯介君ならいいかなって思ったからだよ」

「そっか。颯介は……信頼できるもんね。2人とも日曜日は楽しんできてね」


 そう言うと、優那はにっこりと笑った。ただ、小春の笑みとは何かが違う気がして。逢川への散歩をしたり、俺の家に来たりしたことはあったけれど、優那とも休日にどこか一緒にお出かけができればいいなと思う。

 俺達のバッグは図書室に置いてきてしまっているので、一旦、図書室へ取りに戻ってから学校を後にするのであった。

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